父が茨城県つくば市で内科の開業医として活躍していたこともあり、医師という職業は私にとって身近で、憧れの存在でもありました。研修後は、麻酔科の専門医として首都圏を中心とした大学病院や総合病院での急性期医療に取り組みながら、父と一緒に訪問診療の現場で患者さんやそのご家族と関わっていました。幅広い診療に対応するなかで、特にやりがいや必要性を感じ、魅せられたのが“在宅医療”の世界です。
在宅医療とは、自力での通院が困難な場合や住み慣れた自宅などの生活の場で医療を受けたい場合に、医師などが自宅などを訪問し、医療を提供するものです。また、医師だけではなく、訪問看護師、ケアマネジャー(介護支援専門員)、ヘルパー、リハビリテーション職などの多くの職種が、チームを作って患者さんの療養を支えるのが特徴です。
幅広い病状に対して複数の専門科が連携し、多くの患者さんの命を救う外来診療にも充実感を感じていましたが、在宅医療の現場では、患者さん本人の病気のケアだけではなく、患者さんの生活している環境や、その“ご家族の生活”にも密接に関わり、お一人おひとりの“大切にしたいもの”を守りながら適切な医療に繋げていくことも重要で、その部分に難しさを感じると同時に、強いやりがいを感じています。
たとえば、患者さんのご自宅に伺い一緒におしゃべりしながら日常の過ごし方をみていると、“病院嫌い”の患者さんの中には、闇雲に通院を嫌がっているのではなく、万が一入院をすることになった場合、一緒に暮らすペットのことが心配で外来への一歩が踏み出せない、といったケースがありました。
また、「日中ぼーっとして過ごしている時間が多く、夜眠れていない」という患者さんが、病院では「認知症」と診断され、不眠の訴えから睡眠薬が処方されている状況もあります。その後、通院が難しくなり当院の訪問診療に切り替えた患者さんの生活をよく観察してみると、たしかに夜眠れていないことが分かりましたが、実際は規則正しい睡眠リズムが取れておらず、昼夜逆転の生活をしているなか、睡眠薬の利用も相まって日中も眠気が強いということも分かりました。このような場合には「夜眠れない」からといって睡眠薬を処方するのではなく、睡眠リズムを整えるためにお昼寝の時間をコントロールしたり、昼間の活動量時間を増やすために近隣で通えるデイサービスを探したりするなど、いつもの暮らしを続けながら、睡眠不足を改善できる方法をご提案すべきだと判断できます。こういったケースは実際の生活も含めて診ることのできる訪問診療だからこそできた治療のアプローチだと思いますし、「在宅医療だからできる治療がある」と日々の診察の中で数多く実感し、その手応えも感じています。
訪問診療の道に進む前、私は麻酔科として麻酔科医の道を進んでいました。麻酔科を専門に選んだ理由はいくつかありますが、素直に「かっこいい!」と感じたことが正直な理由です。研修時代に現場で目の当たりにした、患者さんが危険な状態で一刻を争う事態が起きたとき、思い切っていちばんに駆け付けて冷静に対処する麻酔科医の先輩に、憧れていました。同時に、麻酔科医は、緊急時に機敏に動く瞬発力や集中力が必要な一方で、患者さんのつらく、苦しい不安な状況を柔軟に解決する気配りも大切な要素です。念願叶って麻酔科医としてペインクリニックに在籍し緩和ケアの勉強をしていたのですが、あるとき、父のサポートとして訪問診療に携わる機会を持ちました。
最初は「自分の麻酔科医としての経験や強みを、在宅医療の現場でどう活かせるだろうか?」と不安に思うこともありました。しかし、診療を重ねるうちに、麻酔科は患者さんのQOL(クオリティ・オブ・ライフ/生活の質)に関わる領域であることから、治療に対するその考え方は在宅医療と通じるものがあると実感するようになりました。患者さんの痛みや症状をコントロールする緩和ケアのサポートではペインクリニックの経験がとても役に立ちますし、麻酔科として大切にしていた機転や心配りは、訪問診療の現場でもとても大切なことだと気付きました。患者さんやそのご家族の生活に寄り添い、大切にしていらっしゃる物事や人生観に触れていくなかで、“傾聴”を大切にしたい、といった私のスタイルともマッチしていると強く感じており、今は自分が在宅医療に関わっていくことに強い自信を持っていますし、使命感も感じています。
私たちくじら在宅クリニックが診療にあたって大切にしていることはたくさんありますが、常に心がけていることは主に2つです。1つ目は、患者さんとそのご家族を“包括的”にみるようにすること。どちらか一方のお話だけを鵜呑みにすることや先入観から判断することを避け、全員に対してよりよい医療を提案するようにしています。
2つ目は、先ほども触れたように“共感”や“傾聴”を大切にすることです。患者さんのお話をよく聞き、心から共感することももちろんですが、同様にご家族に対してもその姿勢を貫いています。たとえば、物忘れをしてしまう患者さんに対して、ご家族がそれを強く指摘するような声かけをしてしまうことがあります。文字どおり、教科書どおりの対応ですと「物忘れを指摘することは症状の改善にはならないので控えてください」とお伝えするのですが、私たちの場合は訪問看護師、ケアマネジャー(介護支援専門員)、ヘルパー、リハビリ職がワンチームとして、たとえ声かけの1つでも、よりよい方法を考え、ご家族にガイドします。これらができてくると、患者さん、ご家族、医療チームの3者をつなぐ信頼関係が自然とできてよいサイクルが続いていくと思います。在宅医療を通して、そのような医療体験を皆さんに提供していきたいと思っています。
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