赤ちゃんに起こる“筋緊張低下”という症状をご存知でしょうか。
何らかの異常により全身の筋肉が柔らかくなった状態のこと
さまざまな病気が原因で起こることがあるが、早期診断が重要な場合がある
赤ちゃんは元々体が柔らかいため、特に初めての育児の場合などにはほかの赤ちゃんと比較ができず、なかなか筋緊張低下に気が付かないこともあります。
しかし、実は筋緊張低下のかげには、中枢神経の障害によって起こる脳性麻痺や末梢神経の障害によって起こる脊髄性筋萎縮症(SMA)という神経の病気、そのほか、筋肉の病気などが隠れている場合があるのです。
筋緊張低下とは、何らかの異常により全身の筋肉が柔らかくなった状態を指し、特に赤ちゃんの筋緊張低下では
・関節がうまく機能せずに体がぐにゃぐにゃとする
・腕や脚の筋肉が非常に柔らかい
といった症状がみられます。
このように、筋緊張低下によって体が柔らかく、ぐにゃぐにゃしているように感じる状態の赤ちゃんのことを“フロッピーインファント”と呼びます。
赤ちゃんに起こる筋緊張低下では、具体的に以下のような症状がみられます。
しかし、これらの症状があるからといって必ずしも何かの病気であるというわけではありません。
医師は、筋緊張低下のほかに現れる症状などもふまえて病気の可能性を探ります。
・首がすわりにくい(5か月を過ぎても首がすわらない)
・寝返りをしない(8か月を過ぎても寝返りができるようにならない)
・寝ている状態から起き上がらない/座らない(8か月を過ぎても座れるようにならない)
・立ったり歩いたりしない(18か月を過ぎても支えなしに立ったり歩いたりできるようにならない)
※脊髄性筋萎縮症(SMA)などの一部の病気では、上記が一度はできるようになったものの、その後できなくなるというケースもあります
・手足の動きが少なく、仰向けで寝かせても腕を持ち上げることができない
・ミルクや唾液などを飲み込む力が弱い
・咳が弱く肺炎になりやすい(呼吸に関連する筋力の低下)
・泣き声が弱い
・息を吸うと胸がへこんでお腹が膨らみ、息を吐くと胸が膨らみお腹がへこむ(シーソー呼吸)
・舌や指先が細かく震えている
・床に寝かせた際に背中などが反り返る(筋緊張が強くなる)
・表情が乏しいなど、顔の筋肉に影響が生じている
※上記はあくまで一例です。こうした症状がみられる場合に必ずしも病気であるということを示すものではありません
赤ちゃんは自分の筋緊張低下を周囲に言葉で伝えることができません。そのため、発見には周囲の観察がとても重要です。筋緊張低下は、ご家族が赤ちゃんの動きや様子に異変を感じて発見されるケースのほか、乳児健診(乳幼児健康診断)で発見されることもあります。
乳児検診で行われる以下のような検査は、筋緊張低下がないかを確認するために実施されています。
・筋肉をつまんで弾力を確認する
・関節が動く範囲(可動域)を確認する
こうした検査は、1か月健診、3~4か月健診、9~10か月健診で行われます。
ただし、筋緊張低下をもたらす病気には、早期治療開始がその後の経過に大きく影響するものもあります。日ごろ、赤ちゃんと接する中で筋緊張低下のような症状がみられた場合には、定期的な健診などを待たずに小児神経科や小児科の受診を検討しましょう。
赤ちゃんに筋緊張低下が起こる病気にはさまざまな種類があります。また、そのなかにも筋力低下が起こるものと起こらないものに分けることができます。
筋緊張低下と筋力低下の症状を見分けるのは難しいことですが、筋力低下の評価のポイントは“重力に逆らうような動きができるかどうか”にあります。
筋力低下が起こっている場合には仰向けに寝かせた際、肘から先や足首から先だけしか床から離れない(上げられない)といった症状がみられる一方で、筋緊張低下のみの場合には、筋肉の張り(緊張)がない様子がみられるものの、筋力の発揮に影響はありません。
さらに、筋緊張低下にともなって筋力低下が見られる病気の原因は以下のように大きく2種類に分けられます。
・神経の異常によって起こる“神経原性”
・筋肉そのものの異常によって起こる“筋原性”
筋緊張低下とともに筋力低下が起こっているのかどうか、筋力低下の原因は神経と筋のどちらなのかということをしっかりと見分けることが、筋緊張低下の原因となる病気を診断するために非常に重要です。
一方で、筋緊張低下や筋力低下がみられるものの、個性の範囲内であり、病気によるものではないというケースもあります。
脊髄性筋萎縮症(SMA)は、運動神経細胞の異常により筋緊張低下や筋肉の萎縮、筋力低下が起こる病気です。筋力低下は、特に体幹や体幹に近い部分(肩から肘までや太もも)から始まります。
病気の症状が現れる時期と重症度により4つのタイプに分けられ、それぞれのタイプで症状にも特徴があります。
舌や指先の細かい震えやシーソー呼吸(息を吸うと胸がへこんでお腹が膨らみ、息を吐くと胸が膨らみお腹がへこむ呼吸)がみられる場合には、特にこの病気を疑います。
タイプ | 発症年齢 | 重症度 | 獲得できる運動機能 |
---|---|---|---|
I型 | 生後0〜 6ヶ月まで |
重症型 | 支えなしで座ることが難しい |
II型 | 生後7ヶ月〜 1歳6ヶ月まで |
中間型 | 支えなしで座ることはできる、自力で立つことは難しい |
III型 | 生後1歳6ヶ月 〜20歳まで |
軽症型 | 1人で歩くことができる(次第に歩けなくなることがある) |
IV型 | 成人期以降 | ケースにより異なる | 1人で歩くことができる(症状の進行は緩やか) |
この病気は長い間治療薬が存在しませんでしたが、近年、治療薬がいくつか登場し実際に使われています。こうした新たな治療薬の登場により、予後の改善が期待されています。
先天性ミオパチーでは、生まれつき筋肉の異常があり、幼い頃から筋緊張低下や筋力低下がみられます。
本来であれば歩ける時期になっても歩くことができないといった運動発達の遅れや、呼吸、心臓、関節などの症状によって発見されることがあります。 しかし、基本的に症状がゆっくりと進行するため、症状が目立たず大人になってから発見される例も多いです 。
表情に乏しいなど、顔の筋肉に影響がみられる場合があります。
先天性筋強直性ジストロフィーとは、新生児期に筋緊張低下、顔の筋肉麻痺、知能や運動能力の発達の遅れなどが現れる遺伝性の病気です。
胎動の減少、新生児期の呼吸不全がみられることがあります。
もっとも状態が悪いのは出生直後です。運動機能に関しては、新生児期・乳幼児期を乗り越えれば多くは自分で歩けるほどに回復します。
脳性麻痺とは、胎内にいる間から生後4週間までの間に発生した脳の損傷によって起こる運動機能の障害です。 脳を損傷する主な原因として、感染、低酸素、脳血管障害などが挙げられます。
手足の麻痺や知的能力の発達障害のほか、体の硬さや強い反り返り など、筋緊張異常の症状が現れることがあります。
急性脳症とは感染症により脳がむくみ急激に起こる脳機能の障害で、乳幼児期にもっとも多くみられます。
進行すると、けいれんや意識障害、筋緊張低下(または筋緊張の増強)などの症状が現れます
ダウン症候群とは、染色体異常によって起こる遺伝性の病気です。形態異常と発達異常がみられます が、出生時には身体的特徴が目立たず、乳幼児期になってから特徴的な顔つきがみられる場合もあります。
おとなしく、めったに泣かず、筋緊張低下の症状が現れるといった点が新生児期の特徴です。
このように、筋緊張低下を伴う病気にはさまざまなものがあります。これらをしっかりと見分け、それぞれの病気に適切な治療などを行っていくことが重要です。
そのためにも、筋緊張低下がみられた場合には、小児神経科医など専門の医師の診察を受けることが望ましいといえます。
筋緊張低下を起こす病気を正確に診断するためには、小児神経科で筋力の検査や血液検査、画像検査(骨格筋CTや骨格筋MRI)などを実施します。
そのほか、たとえば脊髄性筋萎縮症(SMA)を治療する場合には遺伝子検査による確定診断を行なうなど、病気ごとにさらに詳細な検査を実施することもあります。
いずれの病気であっても早期診断・治療が重要であることに変わりありません。特に、脊髄性筋萎縮症(SMA)は近年新たな治療薬が登場し、早期診断・早期治療介入の重要性が高まっています。
一方で、こうした病気であるケースはそう多くはありません。そのため、過度に心配しすぎる必要はありませんが、子どもの運動発達に不安を感じた場合には小児神経科など専門の医師の診察を受けることを検討しましょう。
筋緊張低下がみられる乳児の一部では、脊髄性筋萎縮症(SMA)などできるだけ早期に診断し治療につなげることが重要な病気が存在している場合があります。筋緊張低下を認めている場合には、早期治療が可能な病気が存在している可能性を考慮のうえ、必要に応じて小児神経科、もしくは小児科への紹介をご検討ください。