人の体を支えたり動かしたりするために欠かせない筋肉。本来筋肉は常に一定の緊張状態(張り)を保っていますが、何らかの原因によって筋緊張が低下してしまう場合があります。筋緊張低下は中枢神経の障害によって起こる脳性麻痺やspinal muscular atrophy:SMA(脊髄性筋萎縮症)という神経の病気、そのほか、筋肉の病気などが隠れている可能性もあるため、注意が必要です。
では、筋緊張低下とは具体的にどのような症状がみられるのでしょうか。また、筋緊張低下のかげにはどのような病気が隠れている可能性があるのでしょうか。
本記事では、特に乳幼児期にみられる筋緊張低下とその原因となる病気などについて、国立精神・神経医療研究センターのトランスレーショナル・メディカルセンター長 小牧 宏文先生にお話を伺いました。
筋肉は常に一定の緊張(張り)を持った状態で存在しており、体を動かすだけでなく姿勢の保持などにも関係しています。“筋緊張低下”は、何らかの原因によって筋緊張が低下し筋肉が柔らかくなってしまった状態です。
筋緊張低下が起こると筋肉が非常に伸びやすくなるため、関節が動く範囲(可動域)が大きくなったり、関節を揺らしたときの振れ具合(揺れやすさ)が大きくなったりします。筋緊張低下が起こった際にみられる特徴の一例は以下のとおりです。
また、筋緊張低下が起こっている原因によっては筋力が低下してしまうため、一定の時期になっても首が座らない、自力で座ることができないなど、運動発達の遅れがみられることもあります。
医療従事者であっても乳幼児の筋緊張低下に気付くことはなかなか難しいケースもありますが、特に仰向けで寝かせた際に手足がべたっと床についているような姿勢で異変を感じたり、体全体を支えないとうまく抱っこができない(抱っこがしづらい)ということで保護者などの周囲の方が異変を感じたりすることがあるようです。
なお、筋緊張低下が起きている場合に、必ずしもこうした症状の全てがみられるわけではなく、程度などによって部分的な特徴のみがみられることもあります。
筋緊張低下は、保護者の方々がお子さんの普段の様子から異変を感じて医療機関を受診するケースのほか、乳幼児健診で発見されることがあります。
健診で筋緊張の程度を確認するものとしては、筋肉をつまみ弾力を確かめる、関節を曲げ伸ばしして関節の可動域を診るといったことが行われます。
ただし、乳幼児健診では限られた時間の中で筋緊張だけでなく、あらゆる面から赤ちゃんの健康状態のチェックを行います。そのため、普段の様子や発達のスピードなど、気になることがある場合には遠慮せず健診医や保健師にその旨を相談してみるとよいでしょう。
では、なぜ乳幼児健診などで筋緊張低下が起きていないかを確認する必要があるのでしょうか。それは、筋緊張低下が何らかの病気によって起きている可能性があり、病気によっては早期治療介入できるか否かが予後を大きく左右するためです。筋緊張低下がみられた場合には、病気が原因で起きていないかをしっかりと判断していく必要があります。
筋緊張低下を引き起こす病気はそれぞれ神経の異常が原因となるもの、筋肉の異常が原因となるもの、中枢神経(脳や脊髄)の障害が原因となるもの、その他に分けられます。
原因によっては筋緊張低下だけでなく筋力の低下を招くこともあり、筋力低下の有無を見極めることも大切です。筋力低下が起きている場合、重力に逆らう運動(抗重力運動)ができなくなるため、仰向けに寝かせている状態で腕を持ち上げない(あるいは肘から先しか持ち上げない)、足を持ち上げないといった様子がみられます。こうした場合には、神経や筋肉の異常が原因であると疑います。
一方、中枢神経障害が原因である場合、早期段階では筋緊張低下を示しますが、時期によっては逆に筋緊張が増強する場合があります。筋緊張が増強した場合の具体的な症状は、うつ伏せにすると体を反り返らせるような姿勢を取る、両脇を抱えるように抱っこすると足がピンと突っ張る、あるいは交差させるといったものです。こうした様子がみられた場合、体を反り返らせることができるだけの筋力がある(筋力が低下していない)と判断できます。
また、顔面の筋力が低下している際に見られる特徴が、泣く際に顔がくしゃくしゃにならない、あるいは何となくぼーっとした表情が多い(表情が乏しい)などです。顔面筋の筋力が低下している場合には、先天性ミオパチーなどの病気を疑います。
このように、それぞれの病気ごとに特徴的な症状があるため、医師はさまざまな症状の組み合わせから、どの病気の可能性が高いかを探っていきます。
こうした病気の中でも特に、SMAは近年病気の根本原因に対してはたらきかける治療法をはじめ複数の治療法が登場しました。以前は病気によって現れている症状に対して行う治療法(経管栄養*や人工呼吸管理など)しかなく、重症型で無治療の場合、2歳までに亡くなってしまうことがほとんどでした。しかし、現在では薬剤によっては早期治療介入をすることで治療効果が高まるというデータも示されてきており、適切な診断と早期治療介入が非常に重要視されています。
*経管栄養:口から十分な食事(栄養)を取れない方に対して、鼻あるいは口からチューブを挿入して栄養剤を直接胃に送る方法。
筋緊張低下を引き起こす病気のうち、神経や筋肉の異常が原因になるものは、それぞれ希少疾患といわれる非常に患者数の少ない病気です。そのため、こうした病気の診療経験が豊富な医師も数多くいるわけではありません。また、発達のスピードは百人百様です。専門医であっても、診察中の短い時間でこれらの病気全てを発見することや適切に診断することが難しいケースもあります。
そういったときに重要な手がかりとなるのが、保護者の方々から伺うお子さんの普段の様子です。手足の動きが極端に少ない(あるいは以前は活発に手足を動かしていたのに、あまり手足を動かさなくなった)など、普段の生活のなかで気になることがあれば積極的に医師に伝えるようにしてください。
うまく言葉で伝えられない場合でも、普段の様子を動画に撮り医師に見せることでコミュニケーションを図るのもよいでしょう。
また、医師とのコミュニケーションツールとして筋緊張低下の典型的な症状をまとめたチェックリストを用意しましたので、こういったものを活用して具体的な異変を医師に伝えることも1つの方法です。
どのような方法でも構いませんので、不安な点や気になる点がある場合には遠慮せずにご相談ください。
筋緊張低下 症状チェックリスト
https://medicalnote.jp/features/hypotonia/check/
発達の遅れや筋緊張低下がみられたからといって、必ずしも病気であるというわけではありません。そのため過度な心配が不要な場合もある一方で、中には病気が原因となっているケースもあります。そうした病気の中には近年治療法が登場したものもありますので、お子さんのことに関して気になることがあれば、まずは乳幼児健診での相談、あるいは医療機関の受診を検討してみていただけたらと思います。
また、病気が原因だった場合は病気自体の治療のほか、その後のリハビリテーションなども含めた生活のサポートも重要となります。治療後のリハビリテーションなどについて不安がある場合には、ぜひご相談ください。
乳幼児健診に関わる医師やメディカルスタッフの方々には、まず乳幼児に筋緊張低下がみられた場合には病気が隠れている可能性もあるということを知っておいていただきたいです。医学の進歩によって、筋緊張低下を示す病気のうち治療法がなかったものにおいても、少しずつ治療法が出現しつつあります。中には、早期治療介入が予後を左右する病気もあります。
こうした背景をふまえると、これまで以上に乳幼児健診の重要性が増しているのではないかと思います。今後はより広く、筋緊張低下や発達の遅れがみられる乳幼児を健診で拾い上げていく意識に変える必要が生じてきているかもしれません。
筋緊張低下は、早期発見、早期治療介入が予後を左右する病気が原因となる可能性がある一方で、専門医であっても鑑別や診断が難しいケースが多々あります。「わざわざ専門医に紹介して何事もなかったらどうしよう」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、病気が原因でなければ周囲の方々も安心できますし、別の形での支援(リハビリテーションなど)の検討もできます。また、本当に病気が原因となっていた場合には早期治療介入が可能となるため、少しでも病気を疑う場合にはためらわず積極的に専門医に紹介してください。
また、筋力低下が起きている場合などでは、病気の治療だけでなくリハビリテーションも非常に重要となります。患者さんのリハビリテーションについてご不明点などがあれば当院でも相談にのれますので、ご相談いただければと思います。