世界の甲状腺診療を支える隈病院
赤水尚史院長インタビュー

赤水 尚史院長の歴史

< 赤水 尚史院長の歴史 >

患者さんの全身を診る医療を

患者さんの全身を診る医療を患者さんの全身を診る医療を

私は2022年4月より、隈病院の院長に着任しました。医師として40年以上、内分泌医療に携わっています。甲状腺との出合いは1980年の京都大学医学部を卒業後のことです。京都大学元総長の井村 裕夫いむら ひろお先生が当時教授を務められていた第2内科に入局し、甲状腺を含む内分泌領域を専攻しました。当時の内科は臓器ごとに細かく分かれておらず、私は全身を診ることができる診療科に進みたいと思っていました。中でも“全身を診る”ことが重視されているのが、さまざまな部位に症状が表れる内分泌領域でした。その後、神戸市立中央市民病院(現・神戸市立医療センター中央市民病院)で、当時の部長である森 徹もり とおる先生に甲状腺診療についてさまざまなことを学びました。それから本格的に甲状腺内科医としてのキャリアをスタートさせ、京都大学や倉敷中央病院、和歌山県立医科大学、アメリカ国立衛生研究所(NIH)などの施設で、甲状腺疾患の研究や診療に力を尽くしてきました。直近では2010年より和歌山県立医科大学内科学第一講座教授を務め、研究責任者として甲状腺クリーゼ*の診断・治療方針を新たにまとめ、国際的なガイドライン作成に取り組みました。またグレリン**の創薬に関する研究に10年ほど関わった経験もあります。

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甲状腺クリーゼ:血中の甲状腺ホルモン濃度が高い状態と全身状態の悪化により、命の危険を伴う病態になること。

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グレリン:摂食亢進作用・成長ホルモン分泌促進作用などをもつホルモン。

隈病院とは長いご縁があり、隈病院の2代目院長の隈 寛二くま かんじ先生と恩師の森 徹先生とが立ち上げられた“神戸甲状腺研究会”で寛二先生に初めてお会いしたことが始まりです。また、前院長で現名誉院長の宮内 昭みやうち あきら先生とは、私が京都大学第2内科で研究をしていた頃からの付き合いがあり、宮内先生から直接お誘いをいただいたことがきっかけで2020年に隈病院に入職しました。そして2022年4月より隈病院の4代目院長を拝命し、今に至ります。隈病院で内科出身の医師が院長となるのは私が初めてです。

隈病院の院長として

< 隈病院の院長として >

総合的なアプローチで、
世界の甲状腺医療に貢献

総合的なアプローチで、世界の甲状腺医療に貢献総合的なアプローチで、世界の甲状腺医療に貢献

近年の甲状腺疾患は、健診受診率の増加や医療レベルの向上により、早期発見・早期治療が可能な病気となっています。当院は総合的なアプローチで患者さんによりよい医療を提供できるよう、内科、外科、放射線科、精神科に加えて眼科への注力も始めました。眼科外来の診察日を増やして甲状腺眼症*への対応を強化し、診療体制を整えています。また甲状腺専門の病院として、難易度の高い外科手術へのチャレンジもしています。1932年の開院以降、隈病院が積み重ねてきた医療を内科と外科の垣根なく広い視点から磨き、患者さんに対してよりよい選択を幅広く提供していきたいと考えています。現在、当院は年間16万人以上の患者さんの診療を行っています(2023年1〜12月実績)。これからも臨床経験を基にした研究を学会や論文を通して発信し、世界の甲状腺医療に貢献してまいります。
2024年には増改築を行い、隈病院はますますの発展を見せています。外来エリアは待合スペースのデザインを一新して広々としたスペースを確保し、待ち時間も落ち着いて過ごせる空間となりました。外来患者さんには新しくなった隈病院に来ることが楽しいと思ってもらえるとうれしいです。入院エリアにおいてはアイソトープ治療専用病室(入院による放射線治療が行える病室)を2室から4室に増室しました。治療を望まれる患者さんの入院待機期間を緩和でき、社会的な貢献にもつながっています。
当院は関西地域をはじめ全国各地から患者さんにお越しいただいています。健診で指摘されたなど、甲状腺で不安なことがあればどのようなことでも当院にご相談ください。

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甲状腺眼症:眼球の周りにある脂肪や目を動かす筋肉の中などにある甲状腺に関係する抗体が標的となって、眼瞼や眼窩に炎症が起こる病気。

甲状腺診療の展望

< 甲状腺診療の展望 >

AIを活用した早期診断・医療安全に期待

AIを活用した早期診断・医療安全に期待AIを活用した早期診断・医療安全に期待

今後、甲状腺診療はますます発展することが期待されます。先述のとおり、私は和歌山県立医科大学時代に研究責任者として甲状腺クリーゼの診療ガイドライン作成に取り組みましたが、2024年3月、その診療ガイドラインの有用性を示した研究論文*がJCEM(The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism)という国際的な内分泌臨床のジャーナルに掲載されました。従来の報告では甲状腺クリーゼの致死率は世界のどの国においても約10%でしたが、この診療ガイドラインに従った日本の致死率は約半分の5.5%まで低下していることが示されています。日本の研究班によるガイドラインの有用性が世界に認められたこと、将来の甲状腺クリーゼ診療の礎となったことをうれしく思います。さらに世界に普及し、より多くの患者さんの救命・予後の改善につながることを願っています。

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Furukawa Y, Tanaka K, Isozaki O, Suzuki A, Iburi T, Tsuboi K, et al. Prospective multicenter registry-based study on thyroid storm: The guidelines for the management from Japan are useful. J Clin Endocrinol Metab. 2024 Mar 8. doi: 10.1210/clinem/dgae124.

隈病院は甲状腺専門の病院として患者さんに有益なことは積極的に取り入れていくという姿勢で、新しい取り組みや研究に力を注いでいます。最近注目しているのは遺伝子学的検査です。現在がん医療では遺伝子情報にもとづく薬物療法が進歩しており、甲状腺診療においてもこのような診療が極めて重要になることが考えられますので、対応できるように準備を進めているところです。そのほかにも遺伝子に限らず、新しい検査や治療に関しては積極的に導入していきます。
また、学会や大学・企業と連携し、AIを活用した診断システムの開発も行っています。健康診断の一般項目である肝機能や腎機能などのデータから、AIが甲状腺疾患を予測するというシステムです。ほかにも、エコー画像から甲状腺微小がんを予測することのできるシステム、甲状腺穿刺細胞診の診断システムなど、複数のAIプロジェクトに参画しています。AIをいち早く活用することで、患者さんの早期診断、医療安全につなげてまいります。

院長プロフィール

隈病院の
甲状腺疾患の治療

バセドウ病の治療

気になる症状があれば専門の医師に相談を

バセドウ病は、自己免疫疾患の1つで、代謝や成長に関わる“甲状腺ホルモン”が過剰に分泌されてしまう病気です。甲状腺ホルモンが過剰に分泌される病気は“甲状腺機能亢進症”と呼ばれており、その中でもっとも患者さんが多いのがバセドウ病です。
甲状腺機能亢進症の症状には頻脈、動悸、体重の減少、軟便、イライラ、手足の震えなどがあります。さらにバセドウ病に特有の症状として、喉仏の下が左右対称に腫れたり、眼球突出(眼球が外側に飛び出すことで外見に変化が生じる)の症状が現れたりすることがあります。症状の種類や程度は人によって異なりますが、こうした症状で気になることがあれば専門の医師に相談することをおすすめします。

治療は患者さんの症状やライフスタイルに合わせて選択

バセドウ病の治療の第一選択となるのが、血液中の甲状腺ホルモンの分泌を抑える “抗甲状腺薬”の服用です。薬による効果が得られない場合は、手術治療やアイソトープ治療を検討します。手術は甲状腺摘出術を行います。高い治療効果が得られる手段ですが、甲状腺を全摘すると半永久的に甲状腺ホルモンを補う必要があります。また手術痕が残ること、合併症の懸念があることなどの注意点もあります。アイソトープ治療は放射線ヨウ素カプセルを服用することで甲状腺を小さくし、ホルモンの分泌を抑える治療です。外来で受けることも可能で、傷あとや合併症を気にすることなく受けることができます。
当院では、患者さんの状態や生活スタイルなどに合わせて患者さんと相談し、治療法を選択しています。お困りのことがあれば、甲状腺治療を専門とする当院へぜひご相談ください。

解説医師プロフィール

甲状腺クリーゼの治療

甲状腺の病気のコントロールが不十分なときに起こる“危機的状況”

バセドウ病などの甲状腺の病気がうまくコントロールされず、突然さまざまな臓器に障害が起こり、生命に危機が及ぶ状態のことを“甲状腺クリーゼ”と呼びます。クリーゼとはドイツ語で“危機”という意味で、内分泌の異常による危機的状況を指しています。バセドウ病などの甲状腺機能亢進症が治療されていなかった場合や、服薬が中断されて甲状腺の病気のコントロールが十分でなかった場合に多く起こります。しかし、詳しい発症のプロセスが分かっておらず、難治性疾患の1つに数えられています。
甲状腺クリーゼは症状が重いケースが多く、対応は一刻を争います。救急患者さんの場合は救命第一となりますので、大量の抗甲状腺薬や無機ヨウ素薬、副腎皮質ホルモン薬を投与します。脱水状態になりやすいため、電解質やビタミン薬の輸液、熱を下げるための冷却、黄疸おうだんの対処といった全身管理も欠かせません。

服薬を欠かさないことと定期的に専門医を受診することが大切

甲状腺機能亢進症などの病気のある方は、普段から定期的な受診や服薬を欠かさないことと、発熱に気を付けることが早期発見・治療につながります。バセドウ病の場合、微熱が出ることはありますが、38度を超えることはありません。はっきりした感染症を合併していないのに38度以上の発熱がある場合は、必ず受診をしてください。私たちは甲状腺疾患を専門とする病院として患者さんに寄り添った診療を目指していますので、治療で不安なことや気になる体調の変化がある場合は、遠慮せずにすぐに来院いただければと思います。

解説医師プロフィール

甲状腺がんの治療

甲状腺のごく小さながんは経過観察を選ぶのが“賢い”ことも

甲状腺がんは比較的ゆっくりと進行するがんで、治療によって完治することが多いとされています。頸部けいぶ(喉)のしこりやリンパ節の腫れがみられることがありますが、痛みなどの自覚症状がないため、検査や診察を受けて初めて見つかる方も少なくありません。 甲状腺にできるがんには、いくつかの種類があり、リスクが高いものと低いものがあります。“甲状腺微小がん”と呼ばれる最大径が1cm以下の非常に小さながんの多くは、手術をするよりも経過観察を選んだほうが“賢い”こともあります。当院で甲状腺がんと診断された患者さん3,000人以上のデータを検証した結果では、経過観察しても9割以上の患者さんはがんが増大・進行しないこと、経過を見てがんが少し大きくなってから手術をした場合でも甲状腺がんが原因で死亡した人はいないことが分かっています。反対に、微小がんであっても早い段階で手術をした場合、声帯麻痺や副甲状腺機能低下症といった合併症が起こる可能性があることも明らかになっています。そのため、身体的なダメージや合併症のリスクを負担を考えると、リンパ節転移や遠隔転移がなく、周囲に浸潤していない微小がんに対しては、経過観察のほうがメリットが大きいことになります。当院では、この研究結果に基づいて低リスクの甲状腺がんの場合には、“積極的経過観察”を第一選択としてご提案しています。

経過観察中も安心して過ごせるようフォローアップ体制を整備

“がん”と診断された場合に経過観察を選ぶことは、患者さんにとっては不安が大きいことと思います。当院では経過観察中も、半年に1回、その後は1年に1回の検査を行い、がんが進行していないかをチェックします。また、甲状腺疾患の専門病院であることを生かし、これまでのデータや実際の患者さんの例などを挙げながら説明し、経過観察中も安心して過ごしていただけるようにフォローアップ体制を整えています。もちろん、それでも不安があり手術を希望される方には、無理な説得はせず、手術をさせていただいています。
一方、リンパ節への転移があるなどの甲状腺がんに対してはすぐに手術をおすすめしています。基本的に甲状腺の切除と頸部リンパ節を取り除く手術を行い、肺や骨などに遠隔転移が見つかった場合は、甲状腺を全て切除したうえで放射線ヨウ素カプセルによるアイソトープ治療や、放射線治療や抗がん薬治療を組み合わせて治療を行っています。

解説医師プロフィール
  • 公開日:2024年7月29日
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