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甲状腺微小乳頭がんの治療――低リスクの微小乳頭がんには非手術経過観察を推奨

甲状腺微小乳頭がんの治療――低リスクの微小乳頭がんには非手術経過観察を推奨
宮内 昭 先生

医療法人神甲会 隈病院 名誉院長

宮内 昭 先生

目次
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この記事の最終更新は2016年08月31日です。

皆さんは「がん」に対してどのようなイメージをお持ちでしょうか。おそらく多くの方が、「すぐに治療を開始しなければ死に至ることも多い、非常に怖い病気」だと捉えていることでしょう。しかしながら、甲状腺にできる非常に小さな乳頭がんの多くは、手術をするよりも経過観察を選んだほうが「賢い」場合もあると、隈病院院長の宮内昭先生はおっしゃいます。本記事では、低リスクの甲状腺微小乳頭がんの特徴と、非手術経過観察を選択した場合の安全性について、宮内先生にご解説いただきました。

最大径が1cm以下の小さな甲状腺がんを甲状腺微小がんといいます。甲状腺がんにはさまざまな種類がありますが、甲状腺微小がんとは、実際には微小な乳頭がんを指します(本記事では「甲状腺微小がん」と記すものとします)。

甲状腺微小がんにはリスクの高いものも低いものも含まれます。

たとえば、リンパ節転移や肺・骨への遠隔転移、気管や反回神経など周囲の組織に浸潤している微小がんもまれにあり、これらは高リスクの微小がんといえます。反回神経とは声帯を動かす筋肉を司る神経であるため、がんがこの神経に浸潤すると声帯麻痺をきたし、嗄声(させい)(かすれ声)などの症状を引き起こすこともあります。

このほか、細胞診で悪性度が高いとされるものや、経過中に腫瘍が増大するもの、腫瘍が反回神経の走行する経路に接しているもの、気管に付着しているものも高リスク群に含まれます。

上記の項目に1つも該当しないものを、低リスクの微小がんと呼びます。甲状腺微小がんの多くはほとんど進行しないことで知られており、進行したとしてもその速度は非常に遅いという特徴があります。当院における調査では、手術をせず10年以上経過をみても、約90%の症例は進行しませんでした。

アメリカで1973年から2002年の甲状腺がん罹患率の推移を調査した報告によると、甲状腺がんの頻度は約30年の間に2.4倍にも増えています。しかし、増えているのは乳頭がんのみです。さらに、1cm以下もしくは2cm以下といった小さながんは増えているものの、それ以上の大きながんは増加していません。また、甲状腺がん自体は増えているものの、甲状腺がんによる死亡率には上昇が見られません。

このような背景を経て、世界中の専門家の間で「治療をしなくても健康に害を及ぼさない低リスクの微小がんの『オーバーダイアグノーシス(過剰診断)』『オーバートリートメント(過剰な治療)』がなされているのではないか」といった議論が交わされるようになりました。『過剰診断』とはがんでないものをがんと診断することではなく、診断・治療しなくても健康に害を及ぼさない病気を診断することをいいます。

たとえば、韓国における2011年の甲状腺がん罹患率は、1993年と比べ、約15倍にも増加しています。これは積極的に検診を行った結果でもありますが、甲状腺がんによる死亡率は変化せず、手術治療により合併症が増えてしまったと報告されています。

日本では甲状腺がんの診断において、上記の諸外国よりも早く超音波検査と細胞診を採用しており、20年以上前の1990年代に甲状腺がん患者数が増加し始めました。また、世界に先駆けて次のような知見を得ていました。

甲状腺疾患とは異なる病気で亡くなられた患者さんの甲状腺を調べた剖検では、非常に高頻度で小さい甲状腺がんが見つかることがかなり以前から知られていました。これを「甲状腺ラテントがん*」といいます。超音波検査で発見診断することが可能な3mm以上の甲状腺がんは3~5.2%もの方に見つかっています(Finland、Japan、Hawaii)。

*ラテントがんとは:生前には兆候が見られず、死後の剖検により分かったがんのこと。

また、乳がん検診時に超音波検査と細胞診による甲状腺がんの検診も行ったところ、成人女性の3.5%に小さな甲状腺がんがみつかったという報告もあります(香川県癌検診センター武部晃司、1994年)。

この3.5%という数値は、剖検による3mm以上の甲状腺ラテントがんの頻度3~5.2%とほぼ同等です。

当院でも時期を同じくして、エコーガイド下で小さな甲状腺がんが多数の方からみつかるようになりました。当初は私自身、精度の高い検査によりがんを早期に発見できるようになったことを誇らしいと思いました。しかしながら、すぐにこの思いは打ち消され、違和感を覚えるようになりました。

当時(1990年代前半)、臨床的な甲状腺がんの罹患率は、日本人女性で10万人に3.1人(約0.003%)と報告されていたので、3.5%とはこの1,000倍以上の数にあたります。このような状況から、「発見のしすぎなのではないか」「全てに手術を行う必要があるのか」という疑問が芽生え始めたのです。

発見の機会が増え、甲状腺がんと診断される患者さんが増加しているのは世界的な現象です。では、この発見された甲状腺がんのうち、低リスクの微小がんはどのように扱うのがよいのでしょうか。

普通であれば、「全ての甲状腺微小がんは進行がんの早期であり、放置していると死に至ってしまう」と考えます。しかしながら、前項で述べた剖検によるラテントがん発見の頻度や、乳頭がん検診における発見率などを考えると、「ほとんどの甲状腺微小がんは増大しない無害ながんである(一部のみが増大する)」と仮説を立てることができます。私は、後者の説が正しいのではないかと考えました。しかし、どのような進行がんもはじめは小さながんであったはずであり、一部の甲状腺微小がんは増大することも真実でしょう。ですから、ここで問題とすべきは、どのようにして増大するがんを判別するかということです。

残念ながら、1993年当時も、2016年現在においても、発見時にこれを判別する術はなく、唯一の確実な方法は「ただちに手術をせず、経過観察すること」です。経過観察して、微小がんがほんの少し増大・進行したとしてもその時点で手術を行えば手遅れになることはないのではないか、全ての甲状腺微小がんに手術を行えば、手術合併症などのためかえってメリットよりもデメリットのほうが大きいのではないかと考えました。

以下は、私が1993年に当院の医局会に提案した非手術経過観察の方針です。

  • エコーガイド下細胞診で診断をつける。→診断成績は98%と非常に高くなっています。
  • 高リスク微小がんに対しては、ただちに手術をすすめる。
  • 低リスク微小がんに対しては、手術と経過観察の2つの手段があることを提案し、患者さんご自身が選択する。
  • 経過観察を選んだ患者さんは、最初は6か月後、それ以降は1年ごとに超音波検査と甲状腺血液検査を行う。
  • 腫瘍の大きさが3mm以上に増大、またはリンパ節転移が出現したら手術をすすめる。

なお、一般的に、甲状腺ホルモン製剤を服用して血中のTSH濃度を軽度抑制状態にコントロールすると甲状腺乳頭がんの増大・進行する率が低下するとの報告もあるので、希望する患者さんには甲状腺ホルモン製剤を服用してもらいながら、経過をみることも試みています。

高リスク微小がんとは、 以下のいずれかを認めるものを指します。

  • リンパ節転移、あるいは遠隔転移*
  • 甲状腺被膜外進展
  • 細胞診で高悪性度
  • 今まで経過中に増大したもの
  • 反回神経の走行経路にある、または気管に付着している

*甲状腺微小がんであっても遠隔転移があった症例は、少数ですが学会報告や論文で報告されています。しかし、実際の臨床の場では、遠隔転移を伴った甲状腺微小がんはほとんどありません。また、細胞診で高悪性度の微小がんも当院では経験していません(2016年現在)。

低リスク甲状腺微小がんとは、上記のいずれも認めないものを指します。

当院と東京のがん研有明病院における研究の早期の結果では、経過観察中にがんが3mm以上に増大した例は全体の10%以下、経過観察中にリンパ節転移が出現したのは全体の約1%でした。こういった事態が出現した後に手術を行ったところ、その手術後に再発した例はありませんでした。

日本内分泌外科学会と日本甲状腺外科学会がまとめた『甲状腺腫瘍診療ガイドライン2010』では、「低リスクの甲状腺微小乳頭がんに対する非手術経過観察」を取り扱い方法の1つと承認しており、これがただちに手術をせず経過観察を行うことを認めた世界初のガイドラインとなりました。

一般的な甲状腺乳頭がんでは、高齢者のほうが予後が悪くなる傾向があります。若年者の乳頭がんは、リンパ節転移を起こしやすいのですが、不思議なことに転移したとしても、若年患者さんの生命予後はよいのです。そのため、私は、非手術経過観察を始めた頃は、高齢者の低リスク甲状腺微小がんを非手術経過観察に含めることに若干の懸念を持っていました。ところが、実際の非手術経過観察の結果をまとめると、60歳以上の高齢者はがんの増大やリンパ節転移が出現しにくく、「40歳以下であること」が腫瘍増大とリンパ節転移出現のリスク因子であることが分かりました。

(Ito Y, Miyauchi A, et al.: Patient age is significantly related to the progression of papillary microcarcinoma of the thyroid under observation. Thyroid 24:27-34. 2014)

なお、多発性のがんや甲状腺がんの家族歴があることはリスク因子ではありませんでした。

上記の結果から、低リスク甲状腺微小がんの非手術経過観察は、若年者よりもむしろ中年・高齢の方に適しているといえます。

とはいえ、若年者も進行する率はやや高いものの、最終的な結果は良好であるため、経過観察の候補者としてよいと考えます。

低リスク微小乳がんの取り扱いと腫瘍学的結果

(画像ご提供:宮内 昭先生)

続いて、今年2016年に発表された、当院における低リスクの甲状腺微小がん経過観察群と手術群における「不都合事象」の出現頻度をご紹介します。これは、2005年2月から2013年8月までの8年半のデータをまとめたものです。

(Oda H, Miyauchi A, et al.: Incidences of Unfavorable Events in the Management of Low-risk Papillary Microcarcinoma of the Thyroid by Active Surveillance vs. Immediate Surgery. Thyroid. 26:150-5, 2016)

上図のとおり、私たちが手術をしないでよいと考えた低リスク甲状腺微小がん患者さんのうち、55%が経過観察を選び、45%がただちに手術をすることを選択されました。ただちに手術をした群では、手術後に再発された方は5人いらっしゃいましたが、再手術をし、現在は再発なく元気な状態です。手術後に甲状腺がんとは無関係の他疾患により亡くなられた方は5人です。

一方、経過観察を選んだものの、しばらく経ってから手術を行った方は94人おり、うち1人は再発後の再手術でお元気になられました。手術に変更となった理由は、腫瘍増大のほか、患者さんの気持ちの変化、併存した良性腫瘍の増大、副甲状腺機能亢進症の出現など多岐にわたります。経過観察中にほかの病気で亡くなった方は3人です。残りの1,082人は腫瘍が増大・進行することなく経過観察を続けています。

つまり、非手術経過観察とただちに手術のどちらを選択しても、結果はほぼ変わらず極めて良好ということです。このデータのみをみると、どちらを選んでもよいと捉えられます。

では、経過観察群と手術群の不都合事象の頻度についてみてみましょう。

不都合事象の頻度

(画像ご提供:宮内 昭先生)

一過性の声帯麻痺と一過性の副甲状腺機能低下症、永続性副甲状腺機能低下症、および甲状腺ホルモン(表ではLT4)服用中の患者さんは、経過観察群よりも手術群のほうが、統計学的な有意差をもって明らかに上回っています。手術群では、残念ながら、永続性の声帯麻痺をきたした方が2人おられます。1例は術中に誤って反回神経を切断したことが原因であり、ただちに切った神経の断端を吻合(ふんごう)しました。もう1例は、誤って反回神経を血管と一緒に結紮(けっさつ)してしまったことが原因です。結紮はただちに解除しました。この2例では音声はほとんど回復したものの、残念ながら声帯の動きは回復していません(反回神経再建術の詳細は『甲状腺がんの手術と反回神経再建』をご参照ください)。

この2例の術者はいずれも普段は丁寧な手術を行っている経験豊富な甲状腺外科医です。豊富な経験と高度な技術を有する術者が執刀したとしても、多数例の手術を行うと残念ながら少数ではあるものの、大変不都合な事象が生じてしまったということです。

甲状腺疾患を専門としない施設や、甲状腺がんの手術に不慣れな施設で同様の手術を行った場合、不都合事象が生じる頻度はもっと高まってしまうことが容易に想像されます。なお、表には記載していませんが、当然ながら手術例では入院が必要で、術後瘢痕(じゅつごはんこん)が残り、その他いろいろな手術や麻酔に伴う不都合事象が発生します。一方、経過観察を続けている患者さんでは甲状腺ホルモン製剤服用による副作用以外には甲状腺がんによる不都合事象は発生していません。

以上のデータから、2016年現在、当院では低リスクの甲状腺微小がんに対しては、経過観察がもっともよい選択であると推奨しています。

アメリカ甲状腺学会の2015年版甲状腺腫瘍取扱いガイドライン(Haugen BR, et al.: 2015 American Thyroid Association Management Guidelines for Adult Patients with Thyroid Nodules and Differentiated Thyroid Cancer Thyroid. 26:1-133, 2016)では、当院とがん研有明病院の報告を受け、超音波検査で甲状腺微小がんが疑われる場合でも、リンパ節転移や甲状腺周囲の臓器に浸潤している所見がなければ細胞診を行わない、すなわち「診断をしない」という方針を打ち出しました。アメリカは、診断をしないことで手術を回避する方向へと舵を切ったのです。これは非常に大きな変化です。また、診断された低リスク甲状腺微小がんを手術しないで経過観察することも容認しました。

しかしながら当院では、低リスクの甲状腺微小がんであっても診断すべきであると考えています。なぜなら、少数ではあるものの甲状腺微小がんの中には増大・進行するものがあるので、経過観察は必要だと考えるからです。そのためには、診断をつけ、患者さんに状況と治療方針をお伝えせねばなりません。リスクを評価し適切なフォローを行うためにも、当院は引き続き診断をつけたうえで経過観察を提案する方針です。なお、ニューヨークにあるメモリアルスローンケタリングがんセンターのTuttle先生たちは、当院の方法に準じて低リスク甲状腺微小がんに対して非手術経過観察を行っておられます(2016年現在)。

2005年から2013年までのデータでは、手術を選択される患者さんは45%であったと述べました。

(画像ご提供:宮内 昭先生 再掲)

手術を選択される患者さんの割合は時代と共に減ってきています。1993年に世界で初めて当院において非手術経過観察という方法が開始されましたが、当初は、経過観察が安全であることや増大・進行する患者さんの割合は不明でした。しかし、時間の経過と共に、これらのデータが徐々に蓄積され、さらに、手術に比べて不都合事象の頻度が少ないことも明らかになりました。

低リスクの微小がんであれ、「がん」と診断された患者さんが経過観察を選ぶことは、裏付けのあるデータと納得のいく医師の説明がなければ難しいでしょう。ですから、患者さんに手術あるいは経過観察を選択していただくときには、医師の説明が非常に重要になります。

私は微小がんの可能性が疑われる患者さんには、細胞診で診断をつける前にあらかじめ甲状腺微小がんに関するパンフレットをお渡しし、もしも低リスクの甲状腺微小がんであった場合、ただちに手術せず、経過観察中に増大するようであれば手術を選択したほうが得策であろうと説明しています。

また、乳頭がん検診で成人女性の3.5%にがんが発見されたという武部晃司先生のデータも提示し、甲状腺微小がんの安全性を噛み砕いて解説しています。たとえば、「親戚の方や近所の方など、ご自分の身の回りの方が100人中3.5人も甲状腺がんで亡くなっていますか。100人中3.5人もの方が首に大きなしこりができて困っていますか」と聞くと、多くの患者さんは甲状腺微小がんは急激に進行しないおとなしいがんであることを理解され、安心されます。もちろん、それでも不安があり手術を希望される方には、無理な説得はせず、手術をさせていただいています。

とはいえ、実際に現在多くの甲状腺微小がんの患者さんが、10年以上にわたり手術をせず経過観察を受けておられるという事実があります。しかし、増大が認められた後に手術を行って手遅れとなった例はありません(2016年現在)。甲状腺微小がんは決して怖いがんではなく、また、フォローアップ体制も整っておりますので、安心して経過観察を受けていただければとお伝えしたいです。適切に経過観察するためには、医療機関側は超音波検査をきちんと行うこと、患者さんは少なくとも年1回、定期的に受診することが必要です。

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