甲状腺がん発症の原因には未だ不明の部分が多く、予防についても誤解されている部分が少なくありません。しかし、その中には遺伝的な要因が明らかになっているものもあります。甲状腺疾患の専門病院として全国でもトップクラスの隈病院で院長を務める甲状腺がんの第一人者、宮内昭先生に甲状腺がんの原因についてお話をうかがいました。
性別では男性よりも女性が圧倒的に多く、男性の約5倍となっています。その理由はまだはっきりしていませんが、がんに限らず、甲状腺の病気は女性に多いといえます。
甲状腺がんの中には家族性のものがあります。髄様(ずいよう)がんについてはその3分の1程度が遺伝的要因によるものです。これは常染色体優性遺伝(じょうせんしょくたいゆうせいいでん)といって、親の一方が髄様がんにかかっているとき、その子どもが同じがんになる確率は50%です。このような患者さんはRET遺伝子に生まれつきの異常があります。残りの約3分の2は遺伝とは関係なく散発的に発生するものです。また、乳頭がんの場合も家族性のものが2〜5%あるとされています。
最近では、遺伝性髄様がんの家系の子供さんに対してRET遺伝子検査によって発症前にリスクを診断し、甲状腺を全部摘出する予防的手術も行なわれています。
甲状腺がんを発症する年齢は30~50歳代の方が中心ですが、子どもや若い人にも起こることがあります。ただし、未分化がんについては高齢者に発症する率が高くなっています。また、悪性リンパ腫は60〜70歳代の女性に多くみられます。
甲状腺がんのひとつである悪性リンパ腫は慢性甲状腺炎、いわゆる橋本病から発生します。その割合は甲状腺がん全体の約2.5%にあたります。
橋本病は、リンパ球が甲状腺組織を破壊して慢性的な炎症を起こす自己免疫疾患です。甲状腺内に入り込んだリンパ球の一部が異常なリンパ球となってしこりを作り、悪性リンパ腫になることがあると考えられます。
甲状腺ではホルモンを作るときにヨウ素(ヨード)を使うため、ヨードを多く含む海藻類を摂取することが甲状腺のために良いといわれることがあります。
欧米のようにヨウ素摂取の少ない地域では、濾胞がんの頻度が高い傾向があります。しかし日本のようにヨウ素の摂取がむしろ過剰な地域では、ヨウ素を多く摂ると濾胞がんではなく乳頭がんが増えます。
したがって、ヨウ素を多く摂ることが甲状腺がんの予防につながるということはありません。ヨウ素の摂取が多すぎると橋本病(慢性甲状腺炎)の原因にもなります。
ただし、原子力発電所の事故のように放射性ヨウ素による汚染の可能性がある場合には、放射性でない普通のヨウ素を摂っておくことで体内、特に甲状腺に放射性ヨウ素が取り込まれないということがあります。このような場合に限り、甲状腺の被曝を避け、甲状腺がん発生の予防につながるといえます。
医療法人神甲会 隈病院 名誉院長
医療法人神甲会 隈病院 名誉院長
日本外科学会 指導医・外科専門医日本内分泌外科学会 内分泌外科専門医
甲状腺・副甲状腺疾患の診療・研究に40年以上携わってきた。特に甲状腺がんの診断と治療を専門とし、この手術にともなう反回神経麻痺に対する頸神経ワナ・反回神経吻合による再建を日本で最初に考案・施行した。また急性化膿性甲状腺炎の原因となる一種の発生異常の存在を世界で初めて発見し、下咽頭梨状窩瘻と名付けた。カルシトニンのダブリングタイム(Ct-DT)が髄様がんの予後因子であることを世界で初めて報告し、最近ではサイログロブリンのダブリングタイム(Tg-DT)が乳頭がんの強力な予後因子であることを見出している。最近、小さい甲状腺乳頭癌が世界的に増加し、その取扱いが問題となっている。宮内の提唱により1993年から隈病院では世界で初めて低リスクの甲状腺微小乳頭癌に対して、非手術経過観察を行っており、大多数の微小癌は進行しないこと、少し進行してもその時点で手術を行えば手遅れとはならないこと、隈病院のような専門病院で手術を行っても、手術群の方が経過観察群より声帯麻痺などの不都合事象が多いことを明らかにした。この成果は2015年版アメリカ甲状腺学会の甲状腺腫瘍取扱いガイドラインに大きく取り上げられた。
宮内 昭 先生の所属医療機関
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