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インタビュー

放射線と病気。甲状腺検査をしていくことの意味

放射線と病気。甲状腺検査をしていくことの意味
西尾 正道 先生

北海道がんセンター 名誉院長

西尾 正道 先生

この記事の最終更新は2015年12月13日です。

2011年の東日本大震災に伴う原子力発電所の事故によって、放射線による被害の懸念が現在も続いています。とくに注目されているのが、被ばくにより甲状腺がんの有病者がどうなっていくのかということです。しかし、独立行政法人国立病院機構北海道がんセンター名誉院長の西尾正道先生によれば、事故前と事故後の甲状腺がんの有病率は現状では変化していないとのことです。西尾先生に詳細をお伺いしました。

がんの進行速度はがんの種類によって異なります。約1カ月で1個が2個に細胞分裂する、スピードの早いがんもあれば、3カ月程度で細胞分裂する比較的緩慢なスピードのがんもあります。そして1㎝大の塊は約10億個の細胞数で形成され、重さは1gです。10億個に増えるには全てのがん細胞が分裂したとしても30回(230)の分裂が必要となるため、発見できるサイズのがんになるには数年~10年程度かかります。

福島原発事故によって放射性ヨウ素が大量に放出されました。日本人は海産物に多く含まれるヨウ素を比較的多量に摂る習慣があり、ヨウ素に耐性がついているといわれています。そのため人々に取り込まれた放射性ヨウ素が少なかった可能性はありますが、どの程度取り込まれたかは不明です。したがって淡々と甲状腺の検査を続けていくしかありません。

東日本大震災をきっかけに、原発による甲状腺がんが多く発見されるようになったと話題になっていますが、実際のところ甲状腺がんの有病率が増加しているとは断定できません。

上記のような話題が発生した原因は、原発事故があったことから人々が甲状腺がんを危惧するようになり、検査が頻繁に行われるようになった結果、相対的に患者数が増加しているためだと考えられます。

これまで約3000人の検査を行ってきて、1人が有病者だったとします。すると、30万人が検査を行うようになると、有病率が変わらなくても100人が有病者であることになります。「甲状腺がんが増えた」といわれるゆえんは、この100人という結果だけを見てしまっているからではないでしょうか。

実を言えば私個人としては、放射線由来の甲状腺がんが増えるかどうかは分からないと考えています。増えるとしても前述したように、がんの増大スピード(がんの自然史)を考えると、数年経過してから発見されるでしょう。

一般に被ばく線量が高ければリスクが高くなることは事実ですが、甲状腺がんの場合はヨウ素の内部被ばくによるものですので、臓器の等価線量(シーベルト)はあまりあてになりません。取り込まれた放射性ヨウ素の近傍の細胞ががん化すれば発がんするからです。

2011年秋から始まった福島県の子どもたちに対する甲状腺検査では、1人/2787人(15人/41810人)の割合で甲状腺がんが発見されました。事故後半年も経たずに15mm程度のがんができるとは考えられませんので、日本人はこの程度の割合で自然発生の甲状腺がんがあると考えられます。

ちなみに3年間にわたる約30万人の先行調査では112人の甲状腺がんが発見されました。この確率は1人/2675人です。したがってこの割合をベースラインとして、今後の検査を続けていくことが重要といえます。

つまり、今の時点で増えるか増えないかの議論をするのではなく、どうなるかを見守っていく検査体制の確立こそが大切なのです。

繰り返しますが、原発事故による子どもたちの甲状腺がんの増加はチェルノブイリ事故後のデータと比較することができますが、その他には十分なデータがないため、現時点で確定的な判断はできません。

正確な放射線放出量の情報がないため、日本人の食習慣(海藻類を多く摂取する食文化)を考慮したヨウ素摂取量放射性ヨウ素の取り込み具合・がんの増大スピードに関する知識(がんの自然史)・検査の精度・甲状腺がんの特殊性等、多くの要因を考慮して総合的に判断することが望ましいです。そのためにも、甲状腺がんが増加する可能性を考慮し、定期的な検査を受けることをお勧めします。

一部の症例しか登録されていない日本のがん登録の数字をもとに、甲状腺がんの多発説を唱えている人もいます。しかし、日本人の甲状腺がん自然発生の頻度を考えるならば、私はむしろ2011年の検査で発見された甲状腺がんの人数と比較して考えるという視点もあると考えています。

放射線による健康被害がどうなるかをきちんとフォローしデータを残すためには、がんばかりではなく、その他多くの慢性疾患についての検査もするべきでしょう。

いわゆる「長寿命放射性元素体内取込み症候群」(セシウムやストロンチウムやトリチウムなどの放射性微粒子が、これらの物質を集積しやすい臓器に入り、近傍の細胞に放射線を出し続ける内部被曝の状態)とでもいうべき状態になる可能性も否定できません。そのため甲状腺がんだけにとどまらす、心電図検査など他の検査も行っていく必要があります。放射線による病気が増えるか増えないかは分からなくとも、あくまで被ばくによる健康被害のハイリスク群であるという姿勢で検査をすることこそが大切なのです。

原発事故がどのような影響を与えるのかを見るためには、国や行政が長期的にこの問題に関する調査を続けていくことが重要になります。一時的な疾病発生の有無ではなく、現在の子どもが大人になってからどうなるのか。それを見越した対応策がこれから必要になっていきます。安心か安心でないかを決めつけてはいけません。現在の「安心神話」(100ミリシーベルト以下の被ばくなら過剰発がんは心配ないとする理論)も、「とにかく危険なのだ」という姿勢もどちらも冷静ではありません。安心神話でも危険一辺倒でもなく、「フォローしていくこと」「検査をしていくこと」「どうなるのかを見守っていくこと」こそが重要なのです。

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    日本医科大学付属病院 内分泌外科 部長、日本医科大学 大学院医学研究科 内分泌外科学分野 大学院教授

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