甲状腺がんやバセドウ病などの甲状腺疾患で、手術により甲状腺を全摘出した場合、その術後は体外から甲状腺ホルモンを補う必要があります。甲状腺ホルモン補充療法では、原則としてT4製剤(レボチロキシン)を投与し、血中のTSH濃度を指標にコントロールします。しかしながら、この治療法では生物活性のあるホルモンである“T3”が不足してしまう可能性もあるといいます。過去、甲状腺機能の血液検査項目から除外されていたT3にも着目したホルモン補充療法について、隈病院内科科長の伊藤充先生にお話しいただきました。
甲状腺疾患を発症し、甲状腺を全摘出した場合、甲状腺ホルモンを分泌する器官がなくなるため、レボチロキシンと呼ばれる甲状腺ホルモン製剤を内服して不足を補うこととなります。全身の代謝に関わる甲状腺ホルモンにはプロホルモンであるT4と生物活性があるT3の2種類があり、レボチロキシン(LT4)は前者の合成T4製剤になります。LT4治療は、甲状腺全摘術後のもっとも標準的な治療法として広く行われています。しかしながら、甲状腺ホルモンのうち、T4は100%が甲状腺から分泌されたものですが、T3は、80%が末梢でT4から変換されることで生成され、20%が甲状腺から分泌されたものであるため、全摘出後においては、薬剤でT4を補ったとしても生物活性のあるT3が不足してしまう可能性があります。これまで、甲状腺機能低下症患者さんのLT4治療においては、血中TSHとFT4が正常であれば、T3は正常であり、患者さんの健康上に問題はないと考えられていました。
当院における調査の結果、甲状腺全摘術後のLT4治療患者においては、TSH値が完全に抑制されている状態(0.03μIU/ml未満)ではFT3値は術前に比べて高くなり、TSH値が正常な場合は、FT3値は術前に比べて低値となりました。そして、TSH値が0.03μIU/ml以上0.3μIU/ml未満の軽度抑制状態では、FT3値は術前と同等であることが明らかとなりました。
身体症状からみると、上記3群のうちいずれの状態が術前の甲状腺機能正常の状態に近いのでしょうか。私たちは、甲状腺全摘術後のLT4治療患者に対し、甲状腺機能を反映する身体症状に関するアンケート調査を実施しました。調査の結果、TSH完全抑制でFT3値が術前より高い群では、術後において、暑がり、便通の回数増加、手指の熱感といった甲状腺機能亢進症の症状スコアの増加を認めました。また、TSH正常でFT3値が術前より低い群では、寒がり、日常動作が緩慢といった甲状腺機能低下症の症状スコアが増加しました。一方、TSH軽度抑制でFT3値が術前と同等の群では、身体症状のスコア変動は認められず、身体症状的には術前の機能正常の状態に近いことが示されました。
私たちは甲状腺機能を反映する代謝指標についても調査しました。その結果、TSH完全抑制でFT3値が術前より高い群では、術後において、性ホルモン結合グロブリン(SHBG)が増大し、甲状腺機能亢進傾向を示しました。また、TSH正常でFT3値が術前より低い群では、LDL-C値(悪玉コレステロール)の増大が認められ、甲状腺機能低下傾向を示しました。一方、TSH軽度抑制でFT3値が術前と同等の群では、代謝指標の変動は認められず、術前の機能正常の状態に近いことが示されました。
このような結果から、甲状腺全摘術後のLT4治療患者においては、TSH値正常でFT3値が術前より低い状態にすると甲状腺機能低下状態となり、一方、TSH値が軽度抑制でFT3値が術前と同等の状態になるようコントロールすることが、身体症状的にも代謝指標からみても術前の甲状腺機能正常の状態に近いことが示唆されました。
当院では、これらの調査結果を元に、甲状腺全摘術後のLT4治療患者さんにおいては、甲状腺機能検査項目としてTSHとFT4ではなく、TSHとFT3を測定するという取り組みを行っています。また、甲状腺全摘術後のLT4治療患者さんにおいては、再発・転移のリスクがある甲状腺がん術後患者さんのみならず、リスクの低い甲状腺癌術後患者さんや良性疾患の術後患者さんにおいてもTSH値を軽度抑制とし、FT3値が術前と同等の状態になるようコントロールしています。
医療法人神甲会 隈病院 内科科長
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