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潜在性甲状腺機能低下症は治療すべきか

潜在性甲状腺機能低下症は治療すべきか
伊藤 充 先生

神甲会隈病院 内科科長

伊藤 充 先生

甲状腺機能が低下することで全身の代謝が低下し、疲労感や体重増加、むくみや冷えなど、心身に様々な症状が現れる「甲状腺機能低下症」。甲状腺機能低下症と診断された場合は、甲状腺ホルモン製剤による治療を行うこととなります。では、甲状腺機能低下症とは診断されない軽度の甲状腺機能不全である「潜在性甲状腺機能低下症」の場合は、同様に治療を行うべきなのでしょうか。本記事では、甲状腺疾患を専門とする隈病院の甲状腺内科科長・伊藤充先生に、潜在性甲状腺機能低下症の治療指針と治療のメリット・リスクをお教えいただきました。

甲状腺機能低下症では、血中のTSH濃度が基準値よりも高い数値を示し、血中のFT4遊離サイロキシン)濃度は基準値より低い値を示します。これは「顕性甲状腺機能低下症」ともいわれています。一方、潜在性甲状腺機能低下症では、血中TSH濃度は高い値を示すものの、血中FT4濃度は正常値を示し、軽度の甲状腺機能不全と考えられています。これが本記事で取り上げる潜在性甲状腺機能低下症の定義です。

●TSHとは:脳下垂体から出る甲状腺刺激ホルモン

●T4とは:甲状腺で作られる2種のホルモンのうちのひとつ。(もうひとつはT3)

【潜在性甲状腺機能低下症の定義】

甲状腺機能の状態

血中TSH濃度

血中FT4濃度

顕性甲状腺機能低下症

高値

低値

潜在性甲状腺機能低下症

高値

正常

甲状腺機能 正常

正常

正常

顕性甲状腺機能低下症と診断された場合、薬物治療などを行うこととなりますが、潜在性甲状腺機能低下症については治療すべきか否か、専門家の間でも意見がわかれていました。

本邦における報告では、2674人のうち4.7%(男性3.6% 女性5.8%:山梨医科大学、志村浩己氏の発表)や33227人のうち3.5%(男性3.4% 女性3.6%:聖路加国際病院予防医療センター、武田京子氏らの発表)とされており、本症は男性よりも女性に多く、また、加齢に従い頻度は上昇し、特に60歳以上の高齢者に多くみられます。

潜在性甲状腺機能低下症の原因の中でも代表的なものは、顕性甲状腺機能低下症と同じく慢性甲状腺炎です。このほかには、以下の病態が原因として挙げられます。

バセドウ病の手術(亜全摘術)やアイソトープ治療、抗甲状腺薬による治療後

甲状腺腫瘍の手術後

●甲状腺機能低下症に対するホルモン補充が不十分

●海藻などに含まれる「ヨード」の過剰摂取

●薬剤(リチウム、アミオダロン、造影剤など)

たとえば、抗甲状腺薬の過剰投与や補充不足、また、内服が不規則であることが潜在性甲状腺機能低下症の原因となります。また、ヨードの過剰摂取も比較的多くみられます。薬剤の中にもアミオダロンなど、ヨードを大量に含有するものがあり、軽度の甲状腺機能低下症を引き起こすことがあります。

●低T3症候群(Euthyroid sick syndrome)の回復期:低T3症候群は、T3が下がり全身状態が悪化する病態として知られています。

●TSH測定法の問題

●薬剤:前項でヨードを含むアミオダロン等に触れましたが、このほかにもT3を上昇させる方向に作用する薬剤は様々あります。

●副腎皮質機能低下症

●TSH産生下垂体腺腫

●甲状腺ホルモン不応症

上述した疾患の中でも副腎皮質機能低下症は、誤って潜在性甲状腺機能低下症の治療薬を投与してしまうと悪影響を及ぼしかねないため、鑑別は極めて重要です。

冒頭で、潜在性甲状腺機能低下症は治療すべきか否か、専門家間でも意見に相違があると述べました。潜在性甲状腺機能低下症の治療とは、T4製剤であるレボチロキシン(チラージンS)を用いた薬物治療です。以下、甲状腺ホルモン薬であるT4製剤による薬物治療のことを「治療」と記します。

では、潜在性甲状腺機能低下症を治療せず放置すると起こりうる症状や異常には、どのようなものがあるのでしょうか。

多くの研究で、潜在性甲状腺機能低下症の患者さんは顕性甲状腺機能低下症の方より高コレステロール血症の頻度は低いものの、機能が正常な方よりは多いという結果が報告されています。また、我々の検討でも、コレステロールのほか、レムナントリポ蛋白が高く、治療することで、これらが低下することがわかっています。

オランダで行われた調査により、動脈硬化心筋梗塞のリスクが約2倍に上昇すると報告されています。心疾患のリスク因子としては、糖尿病喫煙などが知られていますが、潜在性甲状腺機能低下症も同程度に注意が必要なリスク因子であると捉えることができます。また、日本では、長崎の原爆被爆患者を対象とした調査において、特に男性で虚血性心疾患のリスクが高いという報告がなされています。このほか、潜在性甲状腺機能低下症では心臓の左室収縮能、拡張能の低下が認められ、治療により改善されるという複数の報告もなされています。

潜在性甲状腺機能低下症においては、皮膚の乾燥や倦怠感といった甲状腺機能低下症の身体症状の他、記憶力や認知機能の低下、抑うつといった精神・神経症状が認められる場合があります。ただし、これらに対する治療効果は一定していません。

顕性の甲状腺機能低下症を発症すると、排卵障害や月経周期の異常が生じやすく、不妊のリスクが上昇します。また、治療をせずに妊娠してしまった場合、母体と胎児には、子宮内胎児死亡、妊娠高血圧症、胎盤剥離、出産前後の不調などのリスクがあり、生まれたお子さんには精神・神経障害のリスクがあるといわれています。では、潜在性甲状腺機能低下症の場合、妊娠と出産には上記のようなリスクが伴うのでしょうか。1981年から2008年までに行われた9つの研究発表の統計をとると、不妊女性における潜在性甲状腺機能低下症の頻度は11.7%にものぼります。これは10人に1人以上ということですから、割合は多いといえます。また、流産のリスクは顕性甲状腺機能低下症と同程度であり、早産の危険性も顕性ほどではないものの、正常と比べ高くなります。ただし、治療を行うことで流産と早産はほとんどなくなり、大半が満期産となっています。

かつて、母体が甲状腺機能低下症である場合には、赤ちゃんを出産した後に治療を開始すればよいという考えが主流でした。ところが1999年、アメリカにおいて、母体がTSH値13.2μU/ml前後の軽度の甲状腺機能低下症である場合、子どもの知能を示すIQ scoreが低くなるケースが増えるという報告がなされ、世界に非常に大きなインパクトを与えました。

この報告以降、潜在性甲状腺機能低下症は母子双方に悪影響を及ぼす危険性がゼロではないことから、妊娠中および妊娠希望の女性に対しては積極的に治療をすべきとする考え方が推奨されるようになりました。ただし、治療をした場合としない場合を比較する前向き研究ができない種のものであることから、治療は現在でも確立されていません。とはいえ、治療を行うことで生じる悪影響はなく、「治療による有益性が不利益性を上回る」と考えられるため、やはり妊娠中の女性や妊娠希望の女性には、積極的な治療をすることが推奨されます。

欧米では長期の調査が行われており、TSH高値(潜在性甲状腺機能低下症)であると、10年後ないし20年後に顕性甲状腺機能低下症になるリスクが上昇することが示されています。潜在性から顕性の甲状腺機能低下症へと進展するリスク因子としては、TSH高値の他に、TPO抗体陽性例、症状がある症例、甲状腺腫大がみられる症例であり、また、このような症例であっても、治療を行うことで進展を予防できることがわかっています。

前述の長崎の調査では、潜在性甲状腺機能低下症の男性の死亡率が、正常な男性に比べ高くなっています。女性でも被爆された患者さんのほうが、死亡率がわずかに高くなっています。また、死亡率のリスクに関するメタ解析(複数研究の統計)においても、死亡率がトータルで1.12倍とごくわずかでありますが増大していました。

ここまで、潜在性甲状腺機能低下症の治療を行うメリットについて示してきましたが、治療には次のようなリスクも伴います。

また、治療が功を奏さない「無効」の可能性もあります。治療に際しては、これらのメリットとリスク双方を考慮に入れねばなりません。

では、潜在性甲状腺機能低下症の患者さんの中でもどのような症例に対し、積極的に治療を行うべきなのでしょうか。

現時点での治療方針は以下のようにまとめられています。

【潜在性甲状腺機能低下症の治療指針】

潜在性甲状腺機能低下症
潜在性甲状腺機能低下症の治療指針

(資料提供:伊藤充先生)

まず、妊娠中の方で潜在性甲状腺機能低下症を認めた場合は、ただちに治療を開始します。妊婦以外の方であれば、一過性の血中TSH濃度の上昇やヨード過剰ということもあるため、1~3か月後に再度検査を行い、上記を除外します。

再検査でも血中TSH濃度が高く、妊娠を希望される女性の場合や、血中TSH濃度が10μU/ml以上の場合は治療を開始します。

上記に該当しない方はすぐに治療を開始せず、定期的に血液検査を行ってTSH値の変化をモニタリングします。ただし、上記に該当していなくとも50歳以上の女性の場合は倦怠感や疲労感などの症状が強く出ることがありますので治療を考慮します。

なお、加齢に伴い血中TSH濃度はおのずと上昇していくものですので、85歳以上の方に対しては治療を行わないという方針を定めています。

 

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