ごく小さな初期の甲状腺がんにまで予防的な手術をしていた、これまでの慣習を見直す動きが世界的に注目されています。日米の研究報告として隈病院・宮内昭院長らの論文を引用した記事がウォール・ストリート・ジャーナルに掲載されたのは、2015年10月のことです。1cm以下の微小がんがほとんど進行しないことを多数の症例から最初に明らかにした甲状腺がんの第一人者、宮内昭先生にお話をうかがいました。
甲状腺の腫瘍が良性のものか、それとも悪性のもの(がん)であるかという鑑別には、前項で述べた超音波検査に加えて穿刺吸引細胞診が有効です。しかし濾胞がんの場合には、細胞そのものの見た目は良性の濾胞腺腫と区別がつかない場合が多く、組織を切除して病理組織診断を行なう必要があります。また、未分化がんや悪性リンパ腫の場合も鑑別が難しく、病理組織診断が必要な場合があります。
大きさが1cm以下のがんを微小がんといいます。微小癌の大部分は乳頭癌です。微小癌であっても、反回神経に浸潤して声帯麻痺をきたしたり、頸部リンパ節転移から発見されたり、極めて希には肺転移などの遠隔転移から発見されることもあります。もちろん、このようながんは適切な治療が必要です。最近は超音波検査や色々の画像検査の普及によって、このような危険な要素がない微小乳頭癌がたくさん発見されるようになりました。例えば米国では最近甲状腺癌の頻度が2.9倍に増加しましたが、その大部分は小さい乳頭癌の増加によるものであり、甲状腺癌は増加したが甲状腺がんによる死亡は増加していないことが報告されました。そのため、このような低リスクの微小癌をどのように取り扱うのが良いかが大変大きい問題となってきました。
そもそも、甲状腺の病気とは無関係な死因で亡くなられた人の解剖において、甲状腺には小さいがんが極めて高頻度に発見されることは古くから報告されています。超音波検査と超音波ガイド下細胞診を併用して検診を行うと成人女性の3.5%もの高頻度で小さい甲状腺癌が発見されました。このことから、甲状腺微小乳頭がんは多くの場合ほとんど進行しないか、たとえ進行しても非常にその速度がきわめて遅いと思われます。微小癌であっても手術をしてリンパ節を取って調べると顕微鏡的な微細な転移は高頻度に発見されます。しかし、不思議なことに、乳頭癌の場合には、顕微鏡的なリンパ節転移はほとんど予後と関係ないこと、手術をして郭清(リンパ節を取り除く)しなくてもあまり再発しないことも分かっています。
このことから私は、1993年に隈病院の医局研究会において低リスクの微小癌に対して非手術経過観察を提案し、これが承認され、この年からこのような試みが始められました。隈病院では、低リスクの微小がんであると診断された場合には、直ちに手術をすることと手術しないで経過を見ることを患者さんに提案します。経過観察を希望された場合には、最初は半年後に、その後は1年ごとに超音波検査で経過観察を行い、進行すれば手術を行ないます。高リスクの微小がんとは、リンパ節や肺などへの転移があるもの、周囲の組織に浸潤があるもの、細胞診で悪性度が高いのも、および経過観察中に増大進行するものです。安全のため、反回神経の近くにあるもの、気管にくっついているものも高リスクとしました。高リスク微小癌には手術をお勧めします。低リスク微小癌とはこれらの危険な要素が一つもないものです。
現在では、低リスクの微小癌には手術は行わないという考えが世界的にも受け入れられ始めました。世界的に最も影響力の強い甲状腺腫瘍取扱いガイドラインはアメリカ甲状腺学会のものであろうと思われますが、この学会は最近ガイドラインを改定し、隈病院と癌研病院の非手術経過観察の成績を大幅に採用し、低リスク微小癌に対して手術を避ける方向に方針を変更しました。新しいガイドラインでは、過剰な手術をさけるため、1cm以下の腫瘤は超音波検査でたとえ疑わしくても、リンパ節転移や周囲への浸潤の所見がないものは、細胞診をしないことを推奨しています。韓国では過去18年ほどの間に甲状腺がんの頻度がなんと15倍に増加しました。その多くは微小な乳頭がんが不必要に発見され、治療されたものであるとの報告があります。これは典型的な過剰診断・過剰治療の例と言えるでしょう。
甲状腺がんの大部分を占める乳頭がんと濾胞がんは分化がん(高分化型)と呼ばれ、成長のスピードがゆるやかです。乳頭がんは頚部(くび)のリンパ節への転移が多くみられますが、肺や骨など甲状腺から離れたところへの転移(遠隔転移)が比較的少ないという特徴があります。濾胞がんでは遠隔転移する場合がありますが、総じてその振る舞いは比較的おとなしい部類に入ります。
これに対して未分化がんは進行が非常に早く、診断がついてから1年以上生存することが少ないという、きわめて悪性度の高いがんです。発生する割合は甲状腺がん全体の約1%ですが、正常な甲状腺に最初から未分化がんができるのではなく、すでに存在していた乳頭がんや濾胞がんの性質が変化して未分化がんに転化すると考えられています。乳頭がん・濾胞がんなどの分化がんが未分化がんに転化するメカニズムはまだ解明されていませんが、転移先の臓器でも未分化がんへの転化が起こることが分かっています。
また、高分化型の乳頭がん・濾胞がんと未分化がんとの中間的な性質を持つがんとして、低分化がんという分類もあります。低分化がんは比較的新しい概念ですが、国際的なWHO分類や日本の甲状腺がん取扱い規約でも、2000年代に入ってから乳頭がん・濾胞がんとは別の独立したタイプとして定義されるようになっています。
医療法人神甲会 隈病院 名誉院長
医療法人神甲会 隈病院 名誉院長
日本外科学会 指導医・外科専門医日本内分泌外科学会 内分泌外科専門医
甲状腺・副甲状腺疾患の診療・研究に40年以上携わってきた。特に甲状腺がんの診断と治療を専門とし、この手術にともなう反回神経麻痺に対する頸神経ワナ・反回神経吻合による再建を日本で最初に考案・施行した。また急性化膿性甲状腺炎の原因となる一種の発生異常の存在を世界で初めて発見し、下咽頭梨状窩瘻と名付けた。カルシトニンのダブリングタイム(Ct-DT)が髄様がんの予後因子であることを世界で初めて報告し、最近ではサイログロブリンのダブリングタイム(Tg-DT)が乳頭がんの強力な予後因子であることを見出している。最近、小さい甲状腺乳頭癌が世界的に増加し、その取扱いが問題となっている。宮内の提唱により1993年から隈病院では世界で初めて低リスクの甲状腺微小乳頭癌に対して、非手術経過観察を行っており、大多数の微小癌は進行しないこと、少し進行してもその時点で手術を行えば手遅れとはならないこと、隈病院のような専門病院で手術を行っても、手術群の方が経過観察群より声帯麻痺などの不都合事象が多いことを明らかにした。この成果は2015年版アメリカ甲状腺学会の甲状腺腫瘍取扱いガイドラインに大きく取り上げられた。
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