木村裕明先生が考案された、生理食塩水を用いた「エコーガイド下筋膜リリース」という方法は、急速に広まりつつあります。それに加えて木村先生はMPS(筋膜性疼痛症候群)という病気の概念がさらに広く知られていくべきだという考えをお持ちになっています。そこにはどのような意義があるのでしょうか。引き続き、木村先生にお話を伺いました。
2014年から2015年にかけて、「生理食塩水で筋膜をはがす、リスクの少ない新たな治療法」でご説明した生理食塩水を用いたエコーガイド下筋膜リリースが急速に広まっています。
この要因は、MPS研究会会員の精力的な活動もさることながら、雑誌『THE整形内科』の編者でもある隠岐の島島前病院・院長である白石吉彦先生(白石先生プロフィール)や、実質的な運動器エコーの教科書である「超音波でわかる運動器疾患」の著者である皆川洋至先生らが、全国各地の学会や運動器エコーの講習会などで、ことあるごとにこの手技を紹介してくださっていることなどが考えられます。
また、2015年5月号の雑誌『THE整形内科』にも「エコーガイド下筋膜リリース」の記事が掲載されました。この本の中で、山梨市立牧丘病院院長である古屋聡先生は次のように書いてくださいました。
「生理食塩水によるエコーガイド下筋膜リリースは、究極に安全な手技であって、在宅医療における運動器診療に革命をもたらしつつある」。
まさに疼痛治療の革命が進行中ということが言えると思います。
参考:三角筋 上腕二頭筋短頭 筋膜リリースの動画
最近、長引く腰痛などの慢性の痛みの原因が脳の異常にあり、その治療法として認知行動療法が効果的であると言われています。また、必要以上に腰痛を恐れる必要がないとも言われています。
認知行動療法というのは、一般的には認知に働きかけて気持ちを楽にする精神療法(心理療法)の一種です。そして認知というのは、ものの受け取り方や考え方という意味です。もちろん最終的に痛みを感じるのは脳であり、認知行動療法も効果的な場合があります。しかし、最も頻度の多いFascia(靭帯や腱などの結合組織)の異常による痛みが、医療者の間でもまだまだ知られていません。
「ヘルニアが神経を圧迫している」
「脊椎間狭窄症によって神経が圧迫されている」
「手術しても痛みがとれるかどうかは、わからない」
「今は、手術するほどでもありません」
「いずれ歩けなくなるかもしれません」
このようなネガティブな言葉を聞いて、不安や恐怖を感じない人はいません。結果として必要以上に安静にしたり、行動を制限する人が多く見られます。
レントゲン写真、MRIなどの従来の画像所見と痛みが関連しないことは、すでに多くの研究で証明されています。手術は上手くいったが痛みのとれない患者が多かったので、今度はすべて脳のせいということになっているのです。「ちょっと待ってください、Fasciaによる痛みを忘れていませんか?」と言いたいところです。
最近、慢性痛において、脳の機能障害の原因が末梢にあるという論文が増えています。慢性痛でもやはり末梢に原因があるということは決して稀ではありません。臨床においても、半年も何年も続いた慢性の痛みが、ほんの小さな筋膜の重積をリリースすることによって劇的に改善することを、少なからず経験します。MPS研究会でも同様の報告があります。
加えて、もうひとつ重大な問題があります。慢性痛の原因がすべて脳の機能障害であるとした場合、認知行動療法でうまくいかなかったケースでは、薬物乱用につながる危険性が非常にあります。私の外来にくる患者さんでも、たんなるMPSにもかかわらず、鎮痛薬の他に抗不安薬、抗うつ薬、麻薬性鎮痛薬などが併用されていている例が、かなり多く見られます。
これらの薬物を併用することによって、高率にめまいやふらつき等の副作用が生じます。さらに、物忘れの悪化や、ふらつきによる転倒からの骨折などの例も見られます。 ですから私たちは、MPSに対する適切な局所治療と、そこから始める認知行動療法を薦めています。このような状況を考えると、MPSという病気の概念をもっと普及させる必要があると考えられるのです。
木村先生が筋膜リリースの手法を確立したのは、治療で局所麻酔を注射したところ予定していた部位よりも手前の位置に麻酔薬を注入したにも関わらず非常に効果がある事例と出会ったことに端を発しています。
そのメカニズムを解明するため薬の広がり方を検証したところ、黄色靭帯の手前で注射した薬がその手前や、あるいは椎体と他裂筋の間から神経根の周辺、そして硬膜外腔まで広がっていることを確認することができたのです。
筋膜間ブロックの仕組みは、痛みを感じる神経が筋膜外側の部分に多くあることが生理学の研究からも裏付けされています。
https://medicalnote.jp/contents/150818-000007-LOONYR
筋肉の間に麻酔薬を注射すると予想以上の効果を得られたのは偶然による発見でした。麻酔薬から生理食塩水の注入を試したのは偶然でしたが、過去の論文を調べてみたところ局沿麻酔の使用と生理食塩水の使用による鎮痛効果の比較実験に関する報告がありました。この中でも生理食塩水したときの方がより高い鎮静効果を認められたという旨の記述を確認することができました。
筋肉間に生理食塩水を注入することが痛みの改善に効果があることが分かったため、神経の近くなど従来では治療が難しいとされていた部位の治療も可能となりました。生理食塩水を使用することで合併症のリスクもほぼないことも、この筋膜リリースのメリットとしてとらえることができるでしょう。
https://medicalnote.jp/contents/150818-000008-XFVCUK
トリガーポイントは筋膜上にあることが多いのですが、エコーをかけたとき白く見える部分にあることが発表されました。患者さんが痛みを訴える部位や医師が感じる針先の感覚だよりだったトリガーポイント注射は、エコーによる「トリガーポイントの見える化」ができるようになったことがきっかけで、「(生理食塩水による)エコーガイド下筋膜リリース」という新たな治療方法が確立する契機になりました。
生理食塩水を注入しているときに患部にエコーを使用すると、画面上は白くなっている筋膜がバラバラほぐれている現象を確認することができたのです。
https://medicalnote.jp/contents/150818-000008-XFVCUK
ペインクリニックで痛みに関する治療を行ってきた木村裕明先生は、長年の経験からエコーガイド下筋膜リリースを確立しました。この治療方法はトリガーポイントの好発部位に生理食塩水を注入することで、患者さんが感じている痛みを和らげるのが目的です。
トリガーポイントは大半が筋膜に存在していることはわかっていましたが、筋膜下リリースはFascia(ファッシャ)に対して効果があることがわかってきました。
Fascia(ファッシャ)とは結合組織のことで、脂肪や腱、靭帯などの筋肉と非常に密接な関係にある部位が該当します。このFascia(ファッシャ)に対して生理食塩水を用いてリリースを行い痛みが解消されたことで、従来ではトリガーポイントの関連痛とされていた痛みもFascia(ファッシャ)の生じたトリガーポイントに起因するものではないかと考えられるようになりました。
Fascia(ファッシャ)に対して生理食塩水を注入しリリースすることは、手根管症候群や肘部管症候などほかにも、脳卒中後や糖尿病が原因の神経障害(しびれ)にも非常に有効だということが分かりました。
靭帯や腱などの結合組織(Fascia)への治療も効果的。筋膜リリースからFasciaリリースに注目が高まる
https://medicalnote.jp/contents/150818-000010-YFAHWX
「ピリピリ・ビリビリ」や「痛い」という感覚は、電気信号を伝える神経線維がシグナルを拾っていることによって感じます。電気信号がFascia(ファッシャ)に生じたトリガーポイントに由来するものである場合、このFascia(ファッシャ)に対してリリースを行うことで症状を改善することができるのです。つまり、私たちが普段座骨神経痛と呼んでいる症状は神経津ではなく、Fascia(ファッシャ)の異常によって生じた痛みということができるのです。
座骨神経痛の治療には「硬膜外ブロック」「神経根ブロック」が行われます。リリース後に症状の改善が見られないときには、坐骨神経の近くにあるFascia(ファッシャ)やその周辺の癒着した筋膜に対するリリースが有効ということが分かっています。
Fasciaリリースの応用―坐骨神経痛様の下肢痛の治療
https://medicalnote.jp/contents/160205-021-EI
前回、神経痛様の痛みに対して、その周りの神経上膜、神経鞘だけでなく数センチ離れた筋膜の癒着のリリースが、その神経の関与する領域の痛みに有効なことを記載しました。このことは、交感神経にも当てはまることが、わかってきました。頸部の交感神経ブロックは、SGB:Stellate ganglion blockとして知られています。
SGBの適応は非常に多く、基本的には支配領域の有痛性疾患の除痛にあります。また、交感神経緊張状態によってもたらされる病態にも有効とされています。しかし、手技が難しいのと遅発性血腫という非常に重篤な合併症があります。
頸部の側面にある胸鎖乳突筋の裏側に局所麻酔薬を注入するとSGB様の効果がでることは、以前から分かっていました。今回は、生理食塩水、あるいは細胞外液を胸鎖乳突筋の裏にある椎前葉というFasciaに注入し、頸部交感神経のある頚動脈近傍まで広げます。
坐骨神経痛様の下肢痛の治療と同じ様に、神経近傍のFascia異常を改善するとその神経への入力が正常化するもと考察しています。局所麻酔薬を使用しないこと、大きな血管や神経の少ない頸部の側面で、しかも数ミリしか刺入しないことから、より安全な方法と言えます。
Fasciaリリースは、様々な痛みの治療や、交感神経の異常にも効果的であることは、すでに記載しました。この治療は凍結肩にも応用できます。凍結肩の自然経過は良いとされていますが、患者は約30ヶ月も痛みに苦しんでいます。
この疾患の治療法としてサイレント・マニピュレーションがあります。実際、治療する様子を見学して、非常に重症な症例が短時間に改善する様を見て感銘を受けました。ただ、この手技を施行するためには、局所麻酔薬を使った、超音波ガイド下C5、 C6神経根ブロックをする必要があります。
凍結肩の本態は、関節包の肥厚です。この肥厚したFasciaをエコーガイド下にリリースします。関節包の他に、肩関節周囲の靭帯や、滑液包、筋膜などもリリースします。サイレント・マニピュレーションに比べて、時間はかかりますが、侵襲の少ない治療法と言えます。
参考動画はこちら https://www.youtube.com/watch?v=TRat-T-PwFY
記事1:トリガーポイントとは?―原因不明の痛みの大半はトリガーポイントにある
記事2:関連痛とは? 痛みの場所と原因となるトリガーポイントは異なる場合が多い
記事3:トリガーポイントへの注射。生理食塩水の注入が効果的
記事4:トリガーポイントの治療。認知行動療法につなげ痛みをなくす
木村ペインクリニック 院長
木村ペインクリニック 院長
日本ペインクリニック学会 ペインクリニック専門医日本麻酔科学会 麻酔科認定医
ペインクリニックを開業して20年、痛み治療の名人として多くの患者に支持され、MPSの新しい治療法である、筋膜間ブロック(スキマブロック)、生理食塩水を用いた筋膜間注入法、エコーガイド下筋膜リリース等の治療法を考案。2009年より筋膜性疼痛症候群(MPS)研究会の会長に就任、研究会の会員は急速に増えており、2015年現在600名を超える。年2回の学術集会と会員専用掲示板(各種治療手技の動画や症例検討など、2年間の運用で書き込み数1万以上)で、MPSの治療法や診断について活発に議論を行い、また各地での講演活動等、精力的なMPSの啓発活動も行っている。
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