薄着で過ごす機会が増えるこの季節は、ワキのニオイ、いわゆる「ワキガ臭」を防ぎたいと情報を探す人が増える時期です。ワキガは正式には「腋臭症(えきしゅうしょう)」と呼ばれており、形成外科などの医療機関で治療をすることが可能です。一体どのような治療法があるのでしょうか。また、強い臭いはなぜ起こるのでしょうか。大阪大学医学部附属病院形成外科教授の細川亙先生にお伺いしました。
腋臭症(えきしゅうしょう)とは、腋下(えきか・わきの下)から強いニオイを発する体質のことです。後段にて詳しくお話しますが、腋臭症は診断基準などが確立している病気ではありません。
腋臭症はその人が属する集団の性質、本人の自覚症状、他者からの客観的評価によって成り立つものであり、同じニオイを発していたとしても「正常」と捉えることもできます。これを理解するには、いわゆるワキガ臭が生じる原因や日本人の持つ人種的特性などを理解する必要があります。
まずは、ニオイが生じるメカニズムについてお話ししましょう。
汗を分泌する汗腺には2つの種類があります。
●エクリン腺:全身のあらゆる部位に分布する汗腺。ほぼ無機物のみを含む汗を分泌する。
●アポクリン腺:腋下や外陰部、外耳道(耳の中)など、限られた部位に分布する汗腺。有機物を含む汗を分泌する。
一般に「ワキガ臭」とも呼ばれる強いニオイは、後者のアポクリン腺から出る汗により生じます。といっても、アポクリン腺から分泌される汗は、汗腺から体外へと排出された時点では“ほぼ無臭”です。
ワキガ臭とは私たち人間皆が持っている皮膚の常在菌(細菌)によって、汗に含まれる有機物が分解されることで生じるものです。そのため、汗が出てからニオイが生じるまでには時差が生じます。このニオイが強い場合には、「腋臭症」として治療することも可能です。
ニオイには個人差があるため、その特徴を言葉で言い表すことは非常に難しいものがあります。しばしば「すっぱいニオイ」や「濡れ雑巾のようなニオイ」と表現されることもありますが、全てがこのような言葉で表せるものではありません。
腋臭症と遺伝には以下のような深い関わりがあります。腋臭症は耳垢が湿っている「湿性耳垢」の人にある程度の頻度で起こります。耳垢が乾いてカサカサとしている「乾性耳垢」の人には腋臭症の方はいません。
ここで耳垢の歴史を遡ってみていくと、人類がアフリカで生まれた時点では湿性耳垢のヒトしかおらず、アジアまで進出してはじめて乾性耳垢のヒトがみられるようになります。
現在でもアフリカやアメリカではほとんどの人が湿性耳垢を持っており、こういった集団に所属する人がワキガ臭といわれるニオイを発していたとしても、それは「普通のこと」として捉えられます。ですから、人類全体という広い視野からみると、腋臭症は病気ではないとも言えます。
しかし、日本人の中では湿性耳垢の方は少数派であり、加えて日本人は古くから周囲にニオイを発することを嫌うという精神文化性を持っています。このような人種的な背景があり、日本では欧米以上に「腋臭」を病気と捉える傾向になったと考えられます。
湿性耳垢に生まれてくるか乾性耳垢に生まれてくるかは、よく知られている「メンデルの遺伝法則」に従って決まります。遺伝学的な話になりますが、16番目の染色体の上にあるABCC11という遺伝子により耳垢のタイプは決まると既に明らかになっています。湿性耳垢の人は全て腋臭症というわけではありませんが、上記のような理由から腋臭症と遺伝は強く関係しているということができます。
腋下に汗をかくと衣類が黄ばんでしまうという方もいらっしゃいます。しかし、「黄ばみがあるから腋臭症」、「腋臭症だから汗のあとが黄ばむ」というように、黄ばみと腋臭症をイコールで結びつけることはできません。
ですから、ご自分でセルフチェックしたい場合に最も強い相関性があるものとして挙げられるのは、前項で述べた耳垢のタイプということになります。ただし、湿性耳垢の方で多少ニオイがあったとしても、ご自身が気にならない程度であれば腋臭症には該当しません。
というのも、腋臭症か否かを決める最も重要な要素は「ご本人が気にされているかどうか」だからです。
何をもって腋臭症とするのか国際的に定められた診断基準は存在しません。そのため、治療をするかどうかを決めるための診察では「本人がニオイを気にしているか」が最も重要な要素となります。
たとえば、AさんとBさんが腋下から同程度のニオイを発していたとしても、Aさんは「ニオイが非常に気になり治療をしたい」、Bさんは「特に気にならない」と感じていれば、私たち医師はBさんを腋臭症の治療対象とすることはないのです。
ただし、ニオイに関する問題をご本人の訴えのみで判断して治療するのは難しいものがあります。なぜなら、実際には特にニオイを発していないにもかかわらず、「自分は周囲からくさいと思われいているのではないか?」「自身から嫌な体臭や口臭がする」と思い込んでしまう、「自己臭症(自己臭恐怖症)」に悩む方も存在するからです。
このような思い込みによるニオイは手術では治せませんし、仮に治療をしたとしても患者さんの頭の中からニオイが消えることはありません。自己臭症は精神科領域で扱う問題ですので、私たち形成外科医は自覚症状があると訴えて腋臭症の治療を希望される方の中から、こういった問題を抱える方を除外する必要があります。
外来に来られた方を腋臭症と診断して治療に入るためには、少なくとも(1)湿性耳垢であること(2)ご本人がニオイを気にされていること、そして(3)ご家族など他者の評価が揃うことが理想です。客観的にニオイを評価した他覚的所見は、先に述べた自己臭症の除外のために非常に役立ちます。後述しますが、腋臭症の診断の際にはガーゼを脇にはさみニオイを調べるという検査を行います。しかし、季節など様々な要因により検査時にはニオイがしないということも多々あります。ですから、私の場合は外来にきた患者さんに、ご家族も連れてきてほしいと伝えることもあります。
ただし、自己臭症の方の中には治療を望むあまり、親しい方にニオイがあるよう医師に言って欲しいと強く訴える方もいますので、他覚的評価があれば必ず自己臭症の方を除外できるというわけではありません。
尚、繰り返しになりますが腋臭症の大前提は「自覚症状がある」ことですから、他者にニオイがあるといわれたとしても、ご本人が気にならないようであれば腋臭症にはなりません。
術前検査では問診により耳垢のタイプや自覚症状を聞くほか、腋下に1分間ガーゼを挟んでいただき、ガーゼのニオイを調べるという検査も行っています。
ですから、検査を希望される方は制汗剤や芳香剤、消臭剤など、ご自身のニオイを覆ってしまうものや消してしまうものは使用せずにご来院ください。また、腋下に直接ガーゼを挟むため、ピッタリとした服や脱がなくてはガーゼを挟めない服装よりも、ややゆとりのある服装で検査に臨んでいただけることが理想です。
また、腋臭症に悩む方は明らかに「アポクリン腺が発達している」という特徴もあります。ただしこれは手術治療を行い、皮膚の裏の汗腺を目でみてはじめて知ることができるものであり、術前検査で調べることはできません。
腋臭症の治療法は、手術治療・制汗剤や外用薬(塗り薬)の使用・内服薬によるものなど様々あります。手術治療を行っているのは、形成外科や美容外科です。形成外科で腋臭症の治療を行っていない施設は、おそらくないのではないかと思います。
制汗剤や内服薬は皮膚科でも処方していることがありますが、全ての皮膚科が腋臭症の治療を行っているわけではありませんので、地域の施設に問い合わせてみるのがよいでしょう。
また、腋臭症の治療を行っている形成外科や皮膚科であっても、その施設ごとに行える治療法や機械の有無などは異なります。
尚、後述する交感神経遮断術は、胸部外科や麻酔科などで行っています。
大阪大学医学部附属病院の形成外科では、基本的に「身体への負担が少なくコストもかからない治療法」から順に選択します。たとえば、ニオイの程度が軽度であればご本人ができる制汗剤の使用などから始めていくというわけです。いわゆるワキガ臭が起こる原因は、アポクリン腺から出る汗に含まれる有機物が細菌に分解されることです。ですから、汗を抑えたり汗腺を詰めるタイプの制汗剤のほか、細菌増殖を抑える消毒液を使用することもあります。
また、精神的な緊張から汗が出てくるようであれば、抗不安剤などの内服薬を処方することもあります。
また、ボトックス(ボツリヌス菌)の局所注射も保険適応が認められている治療法です。
このほか、先にも触れた交感神経遮断術で、交感神経優位(緊張)時に出る汗を抑える方法が行われることもあります。
アポクリン腺だけでなく、腋下の毛の生えている部分の皮膚をまとめて取り去る方法です。効果は明瞭で保険も適応されますが、皮膚を広範囲切除して寄せるように縫合する皮膚切除術は、瘢痕(はんこん)が広がりやすく傷が目立ちやすいというデメリットがあります。
腋下に切開を加え、皮膚の裏のアポクリン腺を確認しながら切除する方法です。こちらも術者が目で汗腺を確認しながら手術を行うため、腋臭症改善効果は高く、保険も適応されます。デメリットは術者の技術に効果が左右されやすいということです。アポクリン腺のある部分すべてを直視下に取るには技術を要しますから、施設や医師を選んだほうが良い手術法であるといえます。また、皮膚切除術よりは傷口は小さいものの3~4cmの切開を1本、人によっては2本加えます。
稲葉式:腋下に皮弁法よりも小さな切開を加え、ローラーがついた特殊な器具を切開部から挿入して皮膚下の汗腺を除去します。小切開法という名前の通り、傷が小さいことがメリットです。
「クワドラカット」と呼ばれる汗腺除去法も、特殊機器を用いて行う小切開法のひとつです。ただし、これらは通常は自由診療で行う手術ですので、費用が数十万円にのぼります。また、実際に目で見て汗腺を除去するものではないため、効果は皮弁法や皮膚切除術に比べるとやや不確実な傾向にあります。
このほか、近年ではマイクロ波やラジオ波を用いた無切開法と呼ばれる治療法も、美容外科などで取り入れられています。これは、熱によって皮膚下の汗腺のみを焼くと謳われている方法で、傷を作らなくてもよいというメリットがあります。
ただし、実際に皮膚下のアポクリン腺は全て熱破壊されているのか、皮膚には本当に一切やけどが起こらないのか、十分なデータがまだ存在しないため効果と副作用については明言できません。
皮弁法は片側の保険点数が6,870点 (約7万円・両側で約14万円)ですので、保険での診療を行っている施設で両脇の治療を行うと、手術費用としてはこの3割が患者さんの自己負担額となります。
しかし、実際にかかる費用は通院手術か入院手術か、また入院日数などで変わります。手術後にはしばらく腋にガーゼをあてて腕を上げないようにしていただく必要などがあるため、当院では多くの場合、両側施術される患者さんは平均で2日か3日ほど入院されることが多いです。
美容外科の場合は入院をしないケースが多いようです。また、形成外科でも入院日数などは施設や患者さんの受けられる治療により変わるため、費用は一概にはいえません。
ワキガ臭を抑えるために日常生活中でできることは、大きく二つあります。
ひとつは腋下など、ニオイが気になる部分を清潔に保つことです。腋臭症特有のニオイは決して不衛生な状態だから生じるというものではありませんが、皮膚の常在菌数をある程度減らすことが効果をもたらすのです。たとえば、こまめにアルコール綿で消毒するなどの方法を試してみるのもよいでしょう。
もうひとつは、腋毛を処理することです。これは腋毛にアポクリン腺から出た汗が付着し残留することを防ぐためです。
この二つをご自分で意識して行うことで、ある程度ニオイの悩みは改善しますのでぜひ日常生活に取り入れてみてください。
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