肝臓移植には、生体肝移植と脳死肝移植があります。日本では、患者さんのご家族などがドナーとなることが多い生体肝移植が主に行われており、脳死肝移植の件数は決して多いとはいえません。健康なドナーの方が肝臓の一部を提供する生体肝移植には、どのような長所とリスクがあるのでしょうか。世界でも有数の肝臓移植施設である京都大学の前・医学部長で、現・滋賀医科大学学長(2020年5月現在)の上本 伸二先生に、具体的な数値や脳死肝移植との比較を交えながらお話しいただきました。
肝臓移植には、脳死判定を受けた方の肝臓を用いる脳死肝移植と、患者さんのご家族などをドナーとする生体部分肝移植があります。現在日本では、後者の生体部分肝移植(以下、生体肝移植)が主に行われています。この理由は、諸外国とは異なる道筋を通り発展した「日本の肝臓移植の歴史」にあります。
1989年、島根医科大学(現在の島根大学)において、日本で初めての生体肝移植手術が行われました。
当時、日本の臓器移植は世界に遅れをとっており、1980年代に移植を必要とする病気を患われていた患者さんは、海外に渡り手術を受けていました。
1988年にオーストラリアにおいて世界で初めて成功した生体肝移植手術の患者さんも、日本人の方でした。日本とオーストラリアは距離的にも近く、当時日本の患者さんが手術を受けるために渡航する国のひとつだったのです。
先述した日本1例目の生体肝移植は残念ながら失敗に終わってしまいましたが、翌1990年には京都大学にて国内2例目の生体肝移植が施行され、続いて信州大学でも3例目の生体肝移植が行われました。
日本で脳死のドナーから臓器移植を受けられるようになったのは、その7年後の1997年10月に「臓器移植法」が施行されてからのことです。
このような歴史があるため、日本における肝臓移植は諸外国とは異なり、生体肝移植から始まったのです。
臓器移植手術に使われる臓器のなかには、生体ドナーから提供を受けられるものと、そうでないもの(心臓など)があります。たとえば腎臓は2つあるため、ドナーの方はその一方を提供しても、術前と同じような生活を送ることができます。しかしながら、失った腎臓は再生することはなく、患者さんの腎機能は少なからず落ちてしまうという問題点もあります。
一方、肝臓は他の臓器とは異なり、一部を切除しても1年ほどでもとの大きさに再生し、肝機能も正常化します。
短期的には次項で述べるリスクがあるものの、長期的にみるとリスクが少ないということが、他の臓器と比べた場合の生体肝移植の最も大きなアドバンテージであるといえます。
とはいえ、肝臓を切除する手術ですので、ドナーの方が負うリスクは、腎臓や膵臓の移植手術に比べ大きいものとなります。
肝臓とは生命維持のために不可欠な臓器であり、私たち人間は他の部位がどれだけ健康でも、肝機能を一定以上失っては生きていくことはできません。
ドナーに死亡や後遺症を含む深刻なリスクがあるという点が、生体肝移植の最大のデメリットといえます。
日本で行われた生体肝移植のドナーおよびレシピエントの成績は全て、「日本肝移植研究会」という組織によりまとめられ、保管されています。
1989年から今日までに、およそ8000件の手術が行われてきましたが、そのなかでドナー死亡に至ってしまった件数はわずか1件です。この1件とは、2001年に京都大学で行われた手術です。
このような経緯から、将来的には肝機能が正常化するとはいえ、生体肝移植におけるドナーのリスクは全くないということはできません。
しかしながら、欧米などの先進諸国でもいまだにドナー死亡報告があることを考慮すると、日本の生体肝移植の成績は極めて良好であり、日本中の移植医の細心の注意によって安全に遂行できているといえます。
私たち移植外科医は、健康なドナーの方に手術をすることで重篤な合併症が生じることは、「あってはならないこと」という心構えで、常に手術に臨んでいます。
現在、脳死肝移植は日本全体で年間50~70件ほど、つまり1週間に1件ほどの頻度で行われています。かつては年間5件ほどしか行われていなかった脳死肝移植が急増したきっかけは、2010年7月の臓器移植法の改正です。
改正臓器移植法により、脳死となった患者さんの意思が不明な場合には、ご家族の承諾により臓器を提供することが可能となったのです。
かつては臓器提供意思表示カード(通称、ドナーカード)など、書面での意思表示を遺しておられる方でなければ、脳死判定を受けることも、臓器を提供することもできませんでした。
これは日本特有の制度であり、根底にある医の倫理などの大原則には肯けるものの、現実の世界で応用することは難しく、移植医療の普及を阻んでいた面もありました。
2010年の改正は、移植医療を諸外国のように一般的なものとするために行われたのです。
生体肝移植と脳死肝移植をあわせた肝臓移植は、日本では年間400~500件行われています。このうち脳死肝移植は50~70件ですから、件数は増えてはいるものの、割合は依然として低いといえます。
京都大学でも年間に約60件の肝臓移植を行っていますが、脳死肝移植の割合はこのうち1割弱です。
脳死は法律上の「人の死」とは異なりますが、残念ながら脳死に至ってしまった場合、回復させる手立ては存在しません。その理由を以下に記します。
脳全体の機能が失われた状態を「脳死」といいます。
呼吸や循環機能など、生命維持に不可欠な機能を司る脳幹の働きが温存されている「植物状態」の場合は、自発呼吸も可能であり、回復する見込みがあります。
しかし、脳死ではイラストのように脳幹の機能も喪失しているため、回復する可能性はありません。
現行の日本の法律では、脳死は「人の死」ではありませんが、世界では多くの国が脳死を人の死と定義しています。
生体肝移植
脳死肝移植
(「生体肝移植と脳死肝移植の長所と短所」 京都大学肝胆膵・移植外科/小児外科のWEBサイトを参考に作成)
日本において年間何名の方が脳死により亡くなっているのかを明示した正確なデータはありませんが、救急科や脳神経外科の医師がまとめたデータによると、年間に1000名ほどはいらっしゃるといいます。これは、諸外国と比して少ない数値ではありません。
もしも、こういった方の臓器提供が増えていけば、今後生体肝移植に踏み込む件数も減るかもしれません。脳死肝移植の普及は、本記事に記してきた生体肝移植のリスクを減らすことにも繋がるものと考えます。
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