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肩関節脱臼の手術——関節鏡視下バンカート&ブリストウ法とは?

肩関節脱臼の手術——関節鏡視下バンカート&ブリストウ法とは?
鈴木 一秀 先生

麻生総合病院 スポーツ整形外科、東日本整形災害外科学会 会員

鈴木 一秀 先生

目次
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この記事の最終更新は2017年01月16日です。

肩を脱臼してしまった場合、患者さんが抱える症状やライフスタイルによっては“手術”が必要になります。肩の手術手法には実にたくさんの種類がありますが、現在ではより負担の少ない、効果の高い手術法に集約されてきました。日本でも世界でもスタンダードな手術法となった“関節鏡視下バンカート法”、そして、より高い肩強度が実現できることで注目されている“関節鏡視下バンカート&ブリストウ法”の第一人者である麻生総合病院 スポーツ整形外科部長 鈴木一秀先生にお話を伺いました。

 

肩の痛み、肩の脱臼についてはこちらの記事をご覧ください。

記事1『肩の痛みの原因とは――症状の種類・考えられる病気・対処法について』

記事2『肩関節脱臼について――症状・診断・治療の詳細』

関節鏡視下バンカート法による治療

記事2「肩関節脱臼について――症状・診断・治療の詳細」でご紹介したように、肩の脱臼を起こしたとき、関節の受け皿の周りにある軟骨(関節唇)がはがれてしまう“バンカート損傷”を起こし、肩関節の安定性が低下しています。この損傷を治していく方法が“バンカート法”です。上記のイラストのように、はがれてしまった関節唇を縫い付けて修復していきます。この手術を行うことで、肩の強度を元の状態まで戻すことができ、繰り返す脱臼を治すことにつながります。

この手術は、15年ほど前まで、肩にメスを入れて行われていました。しかし近年、肩周辺にいくつかの小さな傷だけで手術ができる“関節鏡視下バンカート法”が広まってきました。この方法は関節鏡と呼ばれる小さなカメラと、細かい手術器具を使って手術を行う方法です。この手術は1cm程度の小さな傷2~3か所できるだけで行えるため、体に負担がかからないことが最大のメリットです。近年では日本でも世界においても、この方法が標準的な手術療法として扱われるようになってきました。

関節鏡視下バンカート法術後縫合創
関節鏡視下バンカート法術後縫合創

バンカート法で関節唇を修復すると数か月後には正常の肩と同等の強度に回復するため、肩関節脱臼の治療としては非常に一般的です。しかし、バンカート法の場合、術後にまた初回脱臼と同じような強い外力が加われば、再び脱臼を起こしてしまいます。

たとえば、コンタクトスポーツ*選手など、術後も強い外力が加わる環境にいる方には、バンカート法では十分とはいえません。そこで、“肩の関節外で前方の筋肉を補強することで関節が外れないようにしよう”というコンセプトのもとに生まれた手術方法が“ブリストウ法”です。

そして、バンカート法とブリストウ法を関節鏡視下に同時に行う手術を“関節鏡視下バンカート&ブリストウ法”といいます。

*コンタクトスポーツ:柔道・アメフト・レスリング・ラグビーといった衝突の多いスポーツ

関節鏡視下~ブリストウ法の手術の手順は、大きく次の4つに分かれます。

関節鏡視下バンカート&ブリストウ法の手術方法

手順1:肩甲骨にある“鳥口突起(うこうとっき)”(赤矢印部分)。上腕二頭筋短頭を付けたまま烏口突起を切ります。

手順2:切り取った骨を前側にある筋肉(肩甲下筋)の間から関節の受け皿の前方に持ってきます。

手順3:関節の受け皿の前方部分に持ってきた骨を、ボルトで留めていきます。

手順4:バンカート法により関節唇を縫合します。

このように、ブリストウ法では肩の関節外で前方の筋肉を補強することと、骨を移動することで関節が前側に外れてしまうことを防ぐことができます。また、最後にバンカート法で関節唇を縫い付けます。つまり、このような2つの手術法を同時に施行することにより、通常よりも強力な肩の強度を作ることができるのです。この手術を、患者さんの体への負担が少ない内視鏡を用いて行うのが“関節鏡視下バンカート&ブリストウ法”です。

このように骨を移動させ前方の筋肉を補強することで、元の状態よりもさらに強度を増した肩にする手術は、なぜ必要なのでしょうか。

バンカート&ブリストウ法を希望する患者さんには、下記のような方がいらっしゃいます。

脱臼するリスクの高いスポーツをこれからも続けていく方

・職業の特徴上、再脱臼のリスクをできるだけ低くしたい方(スポーツ選手、警察官、自衛官、消防隊員など)

・一度バンカート法を受けたことがあるが、再脱臼してしまった方

・関節の受け皿(関節窩(かんせつか))の骨欠損が大きい方

 

ラグビー

10代でスポーツをやっている選手が一回完全脱臼を起こすと、反復性脱臼に移行する可能性がかなり高くなります。競技によっては再発率が90%以上ともいわれています。ラグビーや柔道などで脱臼する可能性が高い方は、バンカート法で元どおりの肩の強度に戻っても、再び強い衝撃を受ける環境が続くため、再脱臼する可能性が高いといえます。

脱臼すると復帰までに長い時間を要し、スポーツ選手にとっては、練習期間が奪われる、旬の時期・レギュラーを逃すといったデメリットがあります。バンカート&ブリストウ法では、より肩の強度が高い状態にでき、早期復帰が可能で再脱臼率が大幅に低くなるので、スポーツを続ける方には大きなメリットがあります。

 

自衛官

また、スポーツを職業にしている方、そしてスポーツ以外にも警察官、自衛官、消防隊員といった職業の方なども、脱臼をすることで職務に大きな支障をきたします。脱臼することで、スポーツ選手では戦力外になってしまう、警察官・自衛官・消防隊員では命に関わる場面にも遭遇しかねません。このような脱臼することが許されない環境にいる方々には、バンカート&ブリストウ法のような、より強度の高い肩を作る手術が必要とされることがあります。

 

肩をおさえる患者さん

一度手術を受けたのにまた脱臼してしまった方の中にも、バンカート&ブリストウ法を希望される方がいらっしゃいます。これは患者さんが心理的に、再度同じ手術を受けるのに抵抗を感じ、より再発率が低い手術を受けたいと思うためです。また、まだ手術を受けたことがないけれど、再脱臼するリスクを低くしたい理由で、バンカート&ブリストウ法を希望される方もいらっしゃいます。

初回脱臼の患者さんにバンカート&ブリストウ法を選択することは過剰な治療になってしまうのではないか、という議論もあります。

しかし、初回脱臼の場合でも、バンカート&ブリストウ法を行う意義があると私は考えています。

特に競技レベルのスポーツをする方にとって“再び脱臼するかしないか”は非常に重要です。たとえば高校2年生の場合、大事な時期にまた脱臼してしまったら、レギュラー争いから後れをとり大切な試合に出場できなくなれば、高校でのスポーツ活動が終わってしまいます。私は、再脱臼してしまったときのリスク、再脱臼しない手術方法、手術を行うことで生じる負担について患者さんにご説明したうえで、患者さんと一緒に治療方針を話し合うようにしています。

復帰まで長い期間を要する“脱臼”だからこそ、アスリートの将来や人生に大きな影響を及ぼします。バンカート&ブリストウ法は、再脱臼リスクを未然に防ぐことができる、大きなメリットがある手術法だと思います。

関節鏡視下バンカート&ブリストウ法のメリット・デメリットは次のとおりです。

・メリット
復帰が早い
脱臼しない
手術痕が小さくてきれい 

・デメリット
合併症(神経麻痺・骨融合不全)の可能性がある
侵襲性(体への負担)がバンカート法より高い

メリットはやはりバンカート法とブリストウ法を同時に行うことで、早期にスポーツ復帰が期待できる点と再脱臼しにくくなるという点です。また、内視鏡で手術を行うことで、大きな傷で肩を開く直視下手術に比べて、手術痕が小さくなります。これは女性にとって特に大きなメリットといえるでしょう。

デメリットとしては、まず合併症が挙げられます。ブリストウ法では上腕二頭筋を支配している神経に一時的に障害が出てきてしまうリスクと移行した骨が癒合しない可能性があります。

内視鏡手術は患者さんにとってメリットがありますが、手術を行う際には、起こり得る合併症や肩の構造を熟知し、直視下手術を行った経験がある専門医が行うことが望ましいと思います。

関節鏡視下バンカート法、関節鏡視下バンカート&ブリストウ法はそれぞれ保険診療の対象となる治療法です。手術費用は3割負担(2泊3日入院)でおおよそ下記のような金額になると予想されます。

医療費(税別)

関節鏡視下バンカート法:25万円前後

関節鏡視下バンカート&ブリストウ法:30万円前後

この“関節鏡視下バンカート&ブリストウ法”は私が日本で初めて開発し、学会で発表してきました。

私はこれまで数多くの肩治療をこなし、同時に早稲田大学ラグビー蹴球部のチームドクターも務めてきました。つまり、私は肩の専門医であると同時に、現場で選手を診察するスポーツ医でもあります。

以前、私がバンカート法を行ったラグビー選手が、再び脱臼を起こし、大切な試合を続けられなくなりました。自分が手術をした選手が、目の前でまた脱臼する。その状況は選手にとってはもちろんのこと、私にとっても非常に残念で悲しいものでした。

この経験が、“もっと再脱臼しない手術方法がないのか”と考える大きなきっかけになりました。目の前でスポーツに真剣に向き合う選手を多く見てきたことが、新たな手術法を模索する大きな原動力になっていると思います。

この「関節鏡視下バンカート&ブリストウ法のメリット・デメリット」でご紹介したように、手術では合併症などのリスクも考えられます。そのため私は、この手術の合併症の種類や頻度を研究し、学会で発表しています。また、関節鏡視下バンカート&ブリストウ法を行っていくなかで、さらに効率的な方法についても、学会で発表していく予定です。

このような取り組みによって、私だけではなく、より多くの医師が関節鏡視下バンカート&ブリストウ法を行えるようになってほしいと思います。そして多くの医師がよりよい治療の選択肢を持つことで、脱臼に苦しむ患者さんをもっと救っていけたらいいと思います。

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