肩は体の中でも特に脱臼を起こしやすい部位です。脱臼したときには激しい痛みを伴い、回復までに時間がかかるケースが多くあります。
肩が脱臼しているかどうかは、どのように判断できるのでしょうか。また、治療はどのように進めていくのでしょうか。本記事では、肩の脱臼の症状と治療について、記事1に引き続き麻生総合病院 スポーツ整形外科部長 鈴木一秀先生に解説いただきました。
肩の痛みの原因については、記事1の『肩の痛みの原因とは――症状の種類・考えられる病気・対処法について』をご覧ください。
肩関節脱臼とは、肩の関節に過剰な力が加わったことによって、肩の骨の位置が正常な位置から、ずれてしまっている状態のことです。
脱臼は、骨のずれの程度によって“脱臼”と“亜脱臼”に大別されます。脱臼は“完全脱臼”とも呼ばれており、腕の骨が本来収まるべき関節部分から完全に外れてしまっている状態です。一方、亜脱臼は“不完全脱臼”とも呼ばれ、腕の骨が完全に外れてしまってはいないものの、本来あるべき位置からずれてしまっている状態です。亜脱臼の場合には患者さん自身で元の関節の位置へ戻すことができてしまうケースもあります。
肩の関節が脱臼してしまうと、次のような症状が見られます。
ほとんどの場合、日常生活で肩関節脱臼が起きることはありません。肩の脱臼は下記のような状況で発症しやすいと考えられています。
*コンタクトスポーツ:柔道・アメフト・レスリング・ラグビーといった衝突の多いスポーツ
**アイスホッケー・スノーボードといった転倒の多いスポーツ
肩関節脱臼を起こしているとき、体の中はいったいどのような状態になっているのでしょうか。X線(レントゲン)写真を中心に、肩関節脱臼の症状を見ていきましょう。
こちらは正常な方と、脱臼の患者さんのレントゲン写真です。
正常な方では、肩甲骨の一部にある関節の受け皿(関節窩)に、上腕骨頭がきちんと収まっています。一方、脱臼を起こした患者さん*では、正常な位置から上腕骨頭が外れてしまっています。その結果、患者さんの肩の位置が少し下がった状態になります。
*この患者さんは前方向に肩が外れる「前方脱臼」です。
肩関節脱臼は、どの方向に外れたかによって大きく4つに分類されます。それぞれ“前方脱臼”“後方脱臼”“下方脱臼”“上方脱臼”といいます。ほとんどのケースは前に脱臼する“前方脱臼”です。
その中でかなりまれなケースである後方脱臼は、実はレントゲン撮影を行っても脱臼だと分かりにくいことがあり、見逃されてしまうことがあります。
こちらは後方脱臼を体の前から撮影したレントゲン写真です。このように前方脱臼とは異なり、ぱっと見た印象では、脱臼しているように見えないことがあります。しかしよく見てみると、関節の受け皿の部分と、上腕骨頭の部分に、三日月状の濃い白色の形が写し出されています。
これはクレッセントサイン(三日月サイン)と呼ばれ、腕の骨が後ろに脱臼したことで、前から見ると骨が重なる部分ができることから、このようなサインが作り出されています。このような細かなサインは見逃されてしまうケースがあります。後方脱臼を見逃さないためには“レントゲン写真を横から撮影すること”が大切です。
こちらは後方脱臼を横から撮影したものです。正面の写真からは脱臼が分かりにくくなっていましたが、横から見てみると脱臼していることがよく分かります。このほかにもCTを撮影することでも、後方脱臼を確実に診断することができます。
後方脱臼がまれなケースであることもあり、正面だけのレントゲン写真だけで「脱臼ではない」と診断されてしまうケースもあるので注意が必要です。
肩関節脱臼の診断をするうえでは、やはり問診が重要です。肩関節脱臼は、外からの衝撃(転倒・スポーツなど)によって引き起こされることがほとんどです。そのため、“どのように転んだのか?”“どういったスポーツをしたのか?”といった発症時のシチュエーションを確かめ、「どの方向に腕が持っていかれたのか」を明らかにすることがとても大切です。
また、触って確かめる“触診”、患者さんの肩の高さや骨格を診る“視診”も、正しい診断には欠かせません。最終的には、レントゲン・CT検査などの画像診断技術を使って診断を確定させていきます。
“肩の脱臼は癖になってしまう”という話を聞いたことがある方も多いと思います。なぜ肩の脱臼は繰り返してしまうことがあるのでしょうか。まずは肩関節脱臼の種類を整理してから、“反復して発症する脱臼”のメカニズムをご説明していきます。
肩関節脱臼は、発症原因によって2つに分けられます。1つは転倒やスポーツでのけがといったアクシデントがきっかけで発症する“外傷性脱臼”、もう1つは一度脱臼したために肩関節が脱臼しやすい状態になってしまい、その後も日常生活で繰り返し脱臼を起こしてしまう“反復性脱臼”です。
反復性脱臼になってしまうと、くしゃみをする、寝返りを打つ、後ろのものを取ろうとするだけで脱臼を起こす方もいらっしゃいます。脱臼というとスポーツをしたときや何かアクシデントが起きたときに発症するものというイメージがあると思いますが、反復性脱臼の患者さんの場合、日常生活のさまざまなシーンで脱臼してしまうリスクがあるので、患者さんの日常生活に大きな支障が出ます。症状の程度によっては、手術などの方法で治療を行う必要があります。
肩関節脱臼とは、本来あるべき関節の位置から骨が外れてしまう状態です。しかし、肩関節脱臼によって異常な状態になるのは骨の位置だけではありません。関節を包み込んで支える“筋肉”や“関節包”も傷ついてしまっているケースが多くあるのです。
そして、反復性脱臼になる主な原因は、関節の受け皿のふちにある“関節唇”という線維性の軟骨が受け皿からはがれてしまうことによります。この部位は、肩関節を安定させる役割を担っているため、関節唇が損傷を受けることで、肩関節が不安定になり、繰り返し脱臼を起こしてしまうのです。
関節唇がはがれてしまっている状態をバンカート損傷といいます。前方脱臼をした患者さんのうち、約80%の方でバンカート損傷を起こすといわれています。
一度、関節唇がはがれてしまうと、自然と元どおりの位置にくっつくことはとても難しくなります。たとえ関節唇がくっついたとしても、正常の位置よりずれた位置にくっついてしまうと、これまでどおりの肩の強度は発揮されません。その結果、大きな衝撃ではなく、日常生活の小さなきっかけでも再び脱臼を起こすようになってしまいます。
このように一度はがれた関節唇が元に戻らず、肩関節の強度が落ちることによって、2回目、3回目と脱臼を繰り返すようになり、反復性脱臼になってしまうのです。
それでは、肩関節脱臼はどのように治療していけばよいのでしょうか。肩関節脱臼の治療では、まず検査によって症状を明らかにした後、骨の位置を元に戻す“整復”を行います。その後は、「脱臼が繰り返し起こってしまう方か?」「今後もスポーツを続ける方か?」「再び脱臼をおこすことが許されない職業に就いている方か?」といった患者さんの背景によって、治療法が異なってきます。症状の経過から順を追って、治療法を見ていきましょう。
肩の脱臼を治すために、まずは骨の位置を元に戻すことが必要です。これを“整復”といいます。
整復は、まず患者さんの体をリラックスさせた状態にして、腕を正しい方向に引き寄せたり引っ張ったりすることで、腕の骨の位置を正しい状態に導いていく方法です。整復にはさまざまな方法があり、患者さんの状態や医師の治療方針によって整復方法が選ばれます。
“引っ張って元に戻す”という言葉だけを見ると、簡単にできそうに思えるかもしれませんが、整復を患者さんや周囲の方の自己判断で行うことには危険が伴います。たとえば、脱臼だと思ったら骨折していたという場合、脱臼だと思って整復を行うと、さらに骨折をひどくしてしまうことがあります。また、整復方法が正しくないと、関節周りの筋肉や軟骨、場合によっては神経を傷めてしまう可能性があります。自己判断で無理な整復は決して行わず、整形外科医などの専門知識を持つ医療従事者のもとで行いましょう。
整復後の治療方法は2通りあります。手術を行う“手術療法”と、腕の固定やリハビリテーションで回復を図る“保存療法”です。
保存療法では、まず腕を固定させて剥離した関節唇を圧着させて自然回復させます。固定法にもいくつか種類があり、患者さんの状態や医師の治療方針によって、より適切な方法を選んでいきます。腕の固定によってバンカート損傷が治癒してきたら、リハビリテーションによって関節の周りの筋肉の強化を図ります。バンカート損傷を治癒させて、インナーマッスルを強化することで、正常で再脱臼しない状態を目指します。
患者さんの状態によっては、手術を行う必要もあります。“保存療法をしたが、ちゃんと元どおりの肩の強度に戻れなかった”、“脱臼を繰り返し起こしてしまうようになった”という方などには、手術によってバンカート損傷を修復していく必要があります。
また、再脱臼する可能性の高いスポーツをこれからも続けていく方や、職業の特徴上、再脱臼のリスクをできるだけ低くしたい方にも手術を行うことがあります。
引き続き、記事3『 肩関節脱臼の手術——関節鏡視下バンカート&ブリストウ法とは?』では肩関節脱臼の手術方法について解説します。
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