人口減少や少子高齢化に伴い、日本の医療は転換期を迎えています。恵寿総合病院 理事長の神野正博先生は、日本の病院経営はこのままではいけないと警鐘を鳴らします。神野先生は恵寿総合病院において、革新的な病院経営を実践してきました。今回は神野先生のご経験を交えながら、未来の日本の病院経営のあり方について、弊社代表 木畑宏一がお話をうかがいました。
木畑:神野先生が理事長を務められる恵寿総合病院は能登地域の一部である石川県七尾市にあり、能登地域も人口減少や少子高齢化に直面されているかと思います。これらの現状から、日本の医療の課題、病院経営の課題についてどうお考えですか。
神野:木畑さんがおっしゃられたように東京などの一部の地域以外では、どこも人口減少、少子高齢化に直面しています。医師・看護師不足は以前からいわれてきたことですが、実は地域では病床数に対し患者さんも不足しています。昔は冗談まじりで「医師・看護師不足だし患者も不足している」といっていましたが、いよいよ冗談ではなくなってきました。
私が病院を経営する七尾市でも、人口減少に伴って地域全体の患者数が減少しています。しかし、当院の患者数は減っていません。これはつまり、近隣の他の病院の患者だった方が当院へやってきているということです。少々乱暴な言い方になってしまいますが、特に人口減少が続く地域では、病院同士で患者さんの奪い合いが起こっています。
また、患者さんの意識変化も見逃せません。一昔前までは「できる限り延命を行い、最後は病院で看取られる」ことが普通であり、患者さんやご家族が望むことでした。しかし近年では特に若年の世代において、死への価値観、看取りに対する価値観が変わりつつあります。自分らしく生き、自分らしい最期を迎えるために自宅での看取りが増え、近親者の死に立ち会う機会が増えていることがその表れの一端であるといえるでしょう。
このように目まぐるしく時代が変化するなかで、果たして医療やそれを提供する病院は従来のやり方でよいのだろうか、と疑問に感じます。
木畑:確かにおっしゃるとおりです。ある地域において、人口構造がどのように変化していくのか、今後どんな疾患が増えていくのかといったところは予測可能です。ですから、5年後、10年後といった短期的な地域医療の未来は予想できます。そこに向かって「このままではいけない」と危機感を覚えている病院や病院経営者はいると思いますが、実際に動けているところは少ないように感じます。それはなぜでしょうか。
神野:私が医療界に変化がなかなか起きない理由のひとつとして考えている点が、医療界には競争原理がはたらきにくいという点だと思います。他の業界が、企業ごとにさまざまな仕組みを用いて経営を行っている点に対し、病院経営においては民間も公立も同じ仕組みで経営をしているのです。
「患者数✕単価」で売上を計算する従来の仕組みは、人口が多く、患者数も多い時代には十分に成り立つシステムでした。患者さんさえ来れば経営が成り立っていたのです。しかし、今は人口減少によって患者数が減っていますから、単に患者さんが来たからといって病院経営が成り立たなくなってきたのです。
ですから、どこも同じように病院経営を行うのではなく、もっと創意工夫をして、会社経営に近いことを考えながら病院経営を実施していく必要があります。
木畑:多くの病院が変革の必要性を感じながらも行動できていないなか、神野先生は5年〜10年後よりさらに先を見据えて病院経営をなさっているように感じます。恵寿総合病院に『けいじゅヘルスケアシステム』といった革新的なシステムを導入するなど、医療界に今までなかった新しいことを実践されています。どうして神野先生はそのように新しいことに果敢に挑戦できたのでしょうか。
神野:実は最初は危機感というよりも、単に負けず嫌いからでした。私は3代目として恵寿総合病院の理事長になりました。しかし理事長になった当時、病院のスタッフはほとんどが年上でしたが「自分がリーダーとしてこの病院を引っ張っていかなくては」という思いが強くありました。勝手に、若いというだけで負い目を感じていましたから、患者さんや地域住民、そしてスタッフにベネフィットがあることを行って「すごいな、いい人だな」と思われたかったのです。
しかし、大きなことをやるには人の力が必要です。そのためにはまず、スタッフ全員に私を信用してもらう必要がありました。
木畑:そのために、理事長就任後まず何をされたのでしょうか。
神野:泥くさいことですが、まずはスタッフ全員と昼食の時間を設けることにしました。当時、スタッフは500名ほどいましたから、もちろん一度では全員と昼食の機会を取れません。ですから1回あたり10名のスタッフと昼食をともにし、ほぼ1年かけてスタッフ全員と話をする機会を設けました。そこでスタッフが抱える悩みごとや不満・不安をすべて聞きました。
現場の声は、経営改革のヒントがたくさん詰まっています。スタッフの声を集めて、ひとつずつ解決するうちに、病院の雰囲気もとてもよくなりましたし、スタッフも私に協力してくれるようになりました。その結果、「けいじゅヘルスケアシステム」のような、大きなことを実践できたのだと思います。
木畑:小さな実績をひとつずつ重ねることで、スタッフのみなさんの信頼を得ることができたのですね。しかし神野先生の革新的なアイデアは、現場の声だけでなくもっと他のところがヒントになっているような気がします。
神野:私は、おそらく他院よりも積極的に企業連携を行っています。それは、企業がもつよさ、我々にはない強みを知っているからです。
たとえば、新たに医療界に参入したい企業が病院に連携を持ちかけると必ずといっていいほど病院から「実績はどうなのですか」と聞かれます。しかし、新規に参入する企業にはまだ実績がありませんから、そこで企業はつまずいてしまうわけです。それが、医療界への民間企業の新規参入を阻む壁のひとつではないかと思います。
しかし、私は実績の有無など気にしません。企業がもつアイデアをよいと思えば「ぜひうちでやってみてください」と歓迎しています。まずうちで実績をつくってみてはどうですか、というスタンスですね。そうしてさまざまな企業と手を組んできました。
木畑:確かにそうですね。私自身、医師としての経験と民間企業での経験を両方持っていますが、民間企業の知見がもっと医療に活かされることがあって良いのではと感じています。
神野:民間企業の風が入ってこない理由は他にもあると考えます。それは、医療者は患者さんからお金をいただくことが苦手なのです。医療は従来から奉仕の精神が強いサービスですから、よい医療を提供したくても、それに見合ったお金を患者さんからもらいにくい。患者さんにベネフィットのあるサービスでも、無料なら歓迎されるけれど、有料になった途端に敬遠されるという話はよく聞きます。しかし、医療も他のサービス業と同じく、質の高いものを提供しようとすればそれなりにお金が必要です。
どうしてよいサービスのためにこれだけお金が必要なのか、医療者も患者さんに説明しにくいのですね。説明しにくいから、結局よいアイデアがあっても導入されない、根付かないのだと思います。
木畑:それは非常にもったいないことですね。けれど目の前の不便を避けるために長期的な病院の発展を犠牲にしてしまうのは、患者さんにとっても医療者にとっても得策ではありません。
神野:おっしゃるとおりです。ですから、今後は医療者、特に病院経営者がしっかりと経営者マインドをもって、高い視点で病院全体をみて経営を変えていかなければならないと感じています。医療外でも経営の才覚をもつ方はたくさんいますから、彼らの知恵を積極的に取り入れていく必要があります。とはいえ、医療界には診療そのものの価格競争は起こりにくいでしょうから、直接の診療とは別の部分で有益なサービスを提供することでその病院独自の価値を打ち出していくことが大切ではないでしょうか。
木畑:その病院独自の価値の創出というと、具体的にはどのようなことでしょうか。
神野:たとえば、今までは病院は患者さんを待つだけの姿勢でした。つまり、すでに病気になった人を治療し、また元の生活へ戻ってもらうサポートをするに過ぎなかったのです。しかし2025年問題など、医療界はさまざまな危機にさらされています。たとえば医療費抑制の一案として、健康寿命の延伸が挙げられていますが、そのためには積極的に病院が地域住民の生活に関わっていく必要があると考えています。
恵寿総合病院が検討している地域住民との関わりのひとつが、パーソナルヘルスレコードの配信です。患者さんが当院受診時に実施したあらゆる検査結果や診断画像、処方内容などを配信することによって、患者さんは知りたいときに自分の情報を取得することができます。またクリニックを受診する際にそのデータをかかりつけ医にみてもらうことも可能です。近々にはそうした医療データのほかにも、身長・体重・血糖値といった自己管理している記録をBluetoothなどで端末に飛ばすことができればと考えています。
患者さんが常に自分の体の状態についてアクセスできることは、健康意識の向上にもつながります。そこから新たな疾患の予防や、再発の防止にも役立ちます。
木畑:そのほかに、神野先生が日本の医療変革のために何か考えていることはありますか。
神野:医療者の人材育成は、今後の日本の医療を発展させるうえでとても重要です。医師や看護師などの医療スタッフは、専門医や特定看護師などの専門の資格がありますが、実は事務職にはそうした資格がありません。事務職は、医療スタッフよりも経営者のそばではたらき、病院の未来を一緒に考えていく人たちですから、事務職の能力向上に一役買う資格制度があればと考えていました。それも形だけの資格ではなく、コミュニケーションやリーダーシップを磨くことができ、その能力を証明できる資格です。
そこで、私が学会長を務める「全日本病院協会」で、若手経営者育成プロジェクトを行っています。
若手経営者育成プロジェクトには、医師のバックグラウンドをもつ方のほかに、事務職も参加しています。そこで自身の取り組みをプレゼンして意見をもらったり、一緒に勉強会をしたりしています。
木畑:そのように医療者以外でも病院経営に携われる機会があると、より大きく医療は変わっていきそうですね。経営ビジョンの設計や、ビジョンに対してどのように人材を活用するかという点に対しても、適切に課題を把握し解決策を考えていけると思います。
神野:そのとおりです。実はこういった多職種が経営に携わるということは、医療の外の世界ではよく行われていることなのですが、今までの医療界にはほとんどなかったことです。
木畑:こうした場があることで、自身の能力向上のために学べるだけでなく、医療に関心のある他の業界の方も集うことができる点が、素晴らしいと感じます。知見のある医療の外の人材と医療の中の人材がお互いに刺激しあえる環境はとてもよいですね。
今回のお話で、病院経営者一人ひとりの意識の変化で日本の医療は大きく変わっていくのではと感じました。メディカルノートとしても日本の医療の変革に寄与していきたいと考えています。