鼠径ヘルニアの治療は、原則的に手術で行います。手術の術式には、従来から行われている「前方アプローチ法」と近年多くの施設が導入している「腹腔鏡法」の2つがあります。前方アプローチ法と腹腔鏡法にはそれぞれの特徴があり、各施設が患者さんの容体や状況に応じて使い分けています。
ひらまつ病院では腹腔鏡法による手術を積極的に行っており、初発例から再発例にいたるまで、多くの鼠径ヘルニアを治療しています。患者さんの希望に応じて、日帰り手術をすることも可能だといいます。ひらまつ病院副院長の隅健次先生に、鼠径ヘルニアの手術について実際の事例を交えながらご解説いただきました。
鼠径ヘルニアの手術の術式には、大きく分けて前方アプローチ法(従来から行われている、皮膚側から手術を行う方法)と、腹腔鏡法(腹腔鏡を用いて行う方法)の2種類があります。両者の特徴については後ほど詳しくお話しします。
どちらの術式にも、メッシュという人工の補強膜を用いる方法(以下、メッシュ法*)と用いない方法(以下、組織縫合法)があります。成人鼠径ヘルニアの手術の場合は、メッシュ法が主流になっています。
*メッシュ法はさらに細かくLichtenstein法、Plug法、Bilayer法、TIPP法、Kugel法などに分類されますが、今回はすべてをメッシュ法として一括りにしています。
成人鼠径ヘルニアの手術でメッシュ法が主流な理由は、組織縫合法と比較して再発リスクが低いためです。鼠径部ヘルニア診療ガイドラインにも、「成人鼠径部ヘルニアに対して、原則的には組織縫合法は推奨できない」ということが明示されています。
ただし、メッシュは感染しやすく、嵌頓*などによって腸が壊死している場合にはメッシュ法が適応できません。このような場合には、組織縫合法を行うことがあります。
*飛び出した腸がヘルニア門(内容物が飛び出す出口)にはまりこんで締め付けられ、元に戻らなくなった状態
前方アプローチ法とは、前方から鼠径部の皮膚を5cmほど切開して、そこから手術する方法です。組織縫合法では、筋膜などの生体組織を縫い合わせて脆くなった部分を閉鎖します。メッシュ法の場合は、筋膜・筋肉の上あるいは腹膜の上にメッシュを置いて、筋膜の脆弱部を補強します。
腹腔鏡法(腹腔鏡下手術)は、腹部に3か所の小さな穴(7mm程度の穴を2か所、15mm程度の穴を1か所)を空けて手術する方法です。3つのうち1つの穴から腹腔鏡(カメラ)を挿入して、お腹の中の様子をモニターに映し出します。そして炭酸ガスをお腹の中に注入して腹部を膨らませ(気腹操作)、モニターの画像を見ながら鉗子と呼ばれるマジックハンドのような器具(下図参照)を使って手術を行います。
腹腔鏡法も、メッシュを使用します。
ひらまつ病院では、8割の患者さんに腹腔鏡法を、2割の患者さんに前方アプローチ法を実施しています(2016年4月~2017年8月実績)。
本項ではこれらの術式を比較しながら、その特徴をご紹介します。
前方アプローチ法と腹腔鏡法では、上図のように傷の位置や大きさ・術後の痛み・術後の神経障害・手術時間などの点が異なりますが、最大の違いは、腹腔鏡法では隠れたヘルニアを見つけだすことができる点にあります。腹腔鏡法ではお腹の中から直接骨盤の壁を観察できるので、前方アプローチ法で外から見るだけでは発見しにくいような小さなヘルニアや、見にくい箇所にできたヘルニアも一目瞭然です。
後ほど詳しくご紹介しますが、腹腔鏡法ではこの特性を利用して、前方アプローチ法で挿入したメッシュの位置ずれが原因で起こったヘルニアの位置確認および治療も可能です。
ただし、全身状態が悪いケース、腹腔内に高度の癒着が想定されるケースなどでは、腹腔鏡法だとかえって時間がかかったり、危険性が高まったりすることがあります。そのようなときは、前方アプローチ法で治療を行います。
鼠径ヘルニアの手術後、以下の合併症が生じる可能性があります。
神経損傷や慢性疼痛は比較的重大な合併症ですが、腹腔鏡法の場合は前方アプローチ法に比べてほとんどの合併症の発生頻度が低い傾向にあり、術後の回復も早いことがわかっていますが、再発率は同等です。
手術時間は患者さんの容体によって異なりますが、一般的には腹腔鏡法のほうがやや長いとされています。
当院では、基本的に前方アプローチ法・腹腔鏡法いずれの術式でも全身麻酔下で手術を行います。前方アプローチ法の場合は全身麻酔をしなくても手術可能ですが、安全性を考慮して全身麻酔を選択しています。また、全身麻酔は術中の患者さんの苦痛軽減にも有用です。
保険診療である鼠径ヘルニアの手術の費用は、厚生労働省制定の診療報酬によって定められており、どの病院で手術を受けたとしても費用は一律です。また、70歳未満の場合は限度額適用認定証の制度を利用できる場合があります。限度額適用認定証を事前申請することで、自己負担額を低くすることが可能です。また、所得区分に応じて費用は変動します。
【例】
ここまで、鼠径ヘルニアの手術の方法と流れ、それぞれの特徴についてご紹介してきました。次項では、実際に当院で治療した鼠径ヘルニアの事例をみながら、より詳しく解説したいと思います。
上図は、他施設から紹介を受けて、当院で、3回目の手術を腹腔鏡下にて行った患者さんの腹腔内を写した写真です。ヘルニア門(ヘルニアで腸に穴が開いている箇所)から少しずれた位置にメッシュが置かれていることがお分かりいただけるでしょう。ヘルニア門をメッシュでカバーできていなかったために、鼠径ヘルニアが再発したのだと推察されます。
このように、腹腔鏡によって腸を中から観察することで、初めてヘルニアの正確な位置がわかることもあります。腹腔鏡でお腹の中からヘルニアを観察して脱出部位や様式を確認することは、ヘルニア修復のために有効です。
この患者さんに対しては、このまま腹腔鏡法にて腹腔鏡下にヘルニア修復を行い、問題なく治療終了しました。
これは、膀胱脱出を伴う鼠径ヘルニアの患者さん(50歳代、男性)のCT画像です。
左鼠径部に4cmほどの膨らみがあることから当院を受診されました。CTでは、左鼠径部に膀胱の脱出が認められました。つまり、左側に飛び出ていたのは腸ではなく膀胱でした。また、この患者さんは右鼠径部にも大網(胃から腸を覆う網状の脂肪組織)の脱出が確認されました。
この患者さんは日帰り手術を希望されたため、当院にて腹腔鏡下で両側鼠径ヘルニアの2時間弱の手術を終えて即日退院されました。前方アプローチ法による鼠径ヘルニア手術の際に、まれに膀胱を損傷することがあるといわれていますが、十分な術前検査と腹腔鏡下手術で安全に行うことができました。
鼠径ヘルニアの再発率は、腹腔鏡法・前方アプローチ法いずれの方法でもメッシュを使用した場合は約3%といわれています。しかし、片側鼠径ヘルニア手術後の反対側の再発率は約5~10%と、それよりも高くなります。いずれの場合も、早期段階で手術したほうが再発を抑えることができるので、早めの対応が重要です。
先の事例でもご紹介したように、当院における鼠径ヘルニア治療の特色は、日帰り手術(腹腔鏡法のみ)を行っていることです*。当院では、麻酔科医と外科医が密に協力しています。手術当日の朝に来院していただき、午前中のうちに手術を行います。術後数時間の経過観察を行い、夕方に麻酔科(代表麻酔科医:平松利章先生)・外科の担当医による診察を行い退院可否の判断をします。万が一術後の痛みが強いなど、退院することに不安がある場合は、そのまま入院していただくことも可能です。
*土曜日午後・日曜・祝日休診(2019年2月時点)
繰り返しになりますが、鼠径ヘルニアには早期診断・早期治療が重要です。
鼠径ヘルニアは一刻を争う病気ではありません。しかし、痛みや不快感などの症状が強くなると、日常生活に支障をきたします。また、嵌頓に移行すると非常に危険です。
放っておけば元に戻るからといって放置せず、鼠径部の付け根の膨らみや痛みが出たら、確実な診断をするためにも、まずは病院を受診してください。
当院における手術は日帰りでも実施可能です。お悩みの場合は、お気軽にお問い合わせください。
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