脳動脈瘤の治療は、頭を開いて行う開頭クリッピング術と、足の付け根からアプローチしてコイルを瘤に詰める脳血管内治療があります。2つの治療法にはそれぞれ利点と欠点があり、一人ひとりの患者さんの状態や脳動脈瘤の形状、大きさに応じて、フルオーダーメイドで治療法を選択することが大事だといいます。脳動脈瘤の治療に関するさまざまな疑問について、埼玉石心会病院 低侵襲脳神経センターセンター長/脳血管内治療科診療科長の近藤 竜史先生にご解説いただきました。
※脳動脈瘤についての疑問1~5はこちらのページで詳しく解説しています。
脳動脈瘤は薬では治りません。治すためには、開頭クリッピング術か脳血管内治療を行う必要があります。開頭クリッピング術は、開頭して脳動脈瘤に到達し、顕微鏡で脳動脈瘤を見ながらクリップ(極小の洗濯ばさみ状の器具)でつぶす手術です。脳血管内治療は、頭を切らずに主に足の付け根の血管からマイクロカテーテル(極細のチューブ)を入れて脳動脈瘤に到達させ、コイル(プラチナ製の極細糸)を瘤の中に詰める治療です。最近ではフローダイバーターという特殊な管で脳動脈瘤の入り口をふさぐ方法もあります。治療に際しては、脳動脈瘤の場所・形・大きさ・正常血管との関係・患者さんの全身状態などに基づいて、上記の中から適切な方法を選択します。
いずれの治療法も、適切に選択され、熟練した術者(治療を行う医師)によって行われれば、高率に脳動脈瘤の治癒が得られます。しかし同時に、合併症を生じる可能性もわずかながらあります。合併症とは、治療中に脳動脈瘤が破裂したり、脳梗塞が発生したりして、治療前よりも患者さんの状態が悪くなることです。合併症発生率が0%なら、全ての未破裂脳動脈瘤を治療することが理論上正当化されますが、実際はそうではないので、治療すべき脳動脈瘤と経過観察すべき脳動脈瘤を選別する必要が生じるわけです。
先に述べたように、脳動脈瘤は必ず破裂するわけではありません。むしろ一生破裂しない瘤のほうがずっと多いのです。したがって「全ての未破裂脳動脈瘤を片っ端から治療する」必要はありません。破裂リスクが低いもの (小さくてきれいな球形の瘤)は経過観察が妥当です。一方で、破裂リスクが高いもの(大きくていびつな形の瘤)は、未破裂のうちに治療してしまうほうがよいでしょう。脳動脈瘤が破裂してくも膜下出血をきたすと、患者さんやご家族の人生を変えてしまうことも少なくありません。
ただ実際には、“経過観察が妥当な脳動脈瘤”と“治療したほうがよい脳動脈瘤”の線引きは難しく、しばしば患者さんや主治医を悩ますことになります。
われわれの病院では、脳外科医(開頭クリッピング術の専門家)と脳血管内治療医(脳血管内治療の専門家)が必ず一緒に、全ての患者さんの治療方針を検討します。それぞれの患者さんの脳動脈瘤の部位・大きさ・形状などを詳細に把握し、予測される破裂率と推定される治療合併症率の関係を評価します。その結果に基づいて、開頭クリッピング術・脳血管内治療・経過観察のどれがもっとも適しているかを議論します。担当医1人の独断で結論を出すことはしません。「将来破裂する可能性が、治療で合併症を生じる可能性より高い」と推定される場合には治療を提案します。逆に「将来破裂する可能性は低く、治療で合併症を生じる可能性のほうが高い」と予測される場合は経過観察をすすめます。
治療または経過観察のどちらを提案する場合でも、患者さんの疑問に丁寧に答え、患者さんの希望を最大限に尊重しつつ、患者さんと一緒に最終的な方針を決めます。医師の判断を押し付けることはしませんし、逆に患者さんに決断を丸投げすることもありません。患者さんがほかの病院での検討(セカンド・オピニオン)を希望される場合は、全ての画像と経過資料を含む紹介状を作成してお渡ししています。
当院で治療する場合は、治療担当医を中心に治療チームが一丸となってベストを尽くします。経過観察する場合は、半年から1年に1回MRIを撮影して、外来主治医が責任を持って脳動脈瘤を監視し、大きさや形状に変化があったら、あらためて治療を検討します。
たとえば、あなたが72歳の元気な女性で、前交通動脈という動脈に直径10mmのいびつな形の未破裂脳動脈瘤があり、脳外科医と脳血管内治療医による詳細な検討の結果、脳血管内治療が望ましいと結論されたとします。私が主治医だったら、あなたに対して次のように説明すると思います。「あなたの未破裂脳動脈瘤は、最大径が10mmで形がいびつで、前交通動脈にあるから、過去の日本人のデータに基づいて予測される年間破裂率は1年間あたり5.24%です。3年間だと破裂率7.6%と推測するデータもあります。われわれのチームの成績から予測される治療合併症率は3%未満です。治療しなかった場合の破裂率が治療した場合の合併症率を上回るので、治療をおすすめするのが妥当だと考えます。あなたの瘤の形状やそのほかの要素を治療チームで慎重に検討した結果、治療方法は脳血管内治療が適していると判断しました。もちろん、患者さんの希望次第で開頭クリッピング術や経過観察を選択することも可能です」と。
その後、脳血管内治療・開頭クリッピング術・経過観察それぞれについて、利点と欠点をあらためて説明し、患者さんの希望や不安を聞き、患者さんからの質問に答えながら、最終的にどの方法を選ぶか相談します。その場で決めずに、時間をあけて何度も外来で話し合うこともしばしばです。
しかし、次のような患者さんの疑問に答えるのはとても難しいです。「治療しなければ必ず破裂するのですか?」「破裂するまで何年くらいありますか?」「治療は絶対成功しますか?」どれも当然の疑問ですが、どうして医師は答えられないのでしょう? それは、未破裂脳動脈瘤がとても不確定要素の多い病気だからです。どれほど破裂リスクが高い脳動脈瘤でも「必ず破裂する」とは限りません。また、どれほど破裂リスクが低く見える脳動脈瘤でも「絶対破裂しない」とは言えません。そして、どんな名医でも「絶対合併症を起こさない」とは言えないのです。
ここで誤解しないでいただきたいのは、未破裂脳動脈瘤は“治療困難な難病”ではないということです。中には根治が難しいものもありますが、大部分の未破裂脳動脈瘤は、適切な治療を行えば治すことができます。しかし、治療をしてもし合併症が生じてしまったら、それが全体のごく一部であっても患者さんご本人にとっては100%の不幸です。また、経過観察中にもし脳動脈瘤が破裂してしまったら、それがいかに低い確率でも患者さんご本人にとっては100%の不幸です。そういった不確定要素を解決できないままに治療するか経過観察するかの選択を迫られるのが、未破裂脳動脈瘤の難しさです。
後悔しない選択をするためには、患者さんと医師が協力し合って破裂・合併症リスクと治療法を理解し、患者さんの人生に寄り添ったフルオーダーメイドの治療(または経過観察)を行う必要があります。
言い換えると、優れた脳動脈瘤治療は、適切なオーダーメイド治療ができる病院でこそ行い得るということです。そのためには、1人の“パーフェクト(に見える)ドクター”を探すよりも、“よく訓練され適切に機能するチームがいる病院”を選ぶほうがよいと私は思います。
では、具体的に何を基準に病院を選べばよいのでしょう。実はこれはとても難しい問題です。医師と患者さんの知識量には大きな差があり、患者さんが病院の内情を知る機会はほとんどないため難しいのが当然です。完璧ではありませんが、下記の点に注目していただくことが病院を選ぶ際の参考になると思います。
治療件数が多い=治療の質が高い、とは限りません。しかし、一般的に治療件数が多い病院ほど経験値が高いのは事実です。極端に治療件数が少ない病院よりも、一定以上の治療件数がある病院を選ぶのが無難でしょう。
開頭クリッピングと脳血管内治療、両方に精通していることがフルオーダーメイド治療を行うための必須条件です。片方だけでは、いかに“パーフェクト(に見える)ドクター”でもその患者さんに適した治療ができるとは限りません。両方の専門家がいるかどうかを事前に知っておきましょう。
脳動脈瘤治療は、検査→治療方針の相談→治療または経過観察→治療後の経過観察(または未治療での経過観察継続)、というように数多くの段階を踏んでいく必要があります。それだけ患者さんと病院は長く深いお付き合いをすることになります。いくらよい病院でも、あまりに遠すぎるとどこかで無理が生じかねません。最初に受診する病院は自宅から通える範囲で選んでみましょう。
あなたの主治医は、「脳動脈瘤はどんな病気か」「どんな検査が必要か」「どんな治療法があるか(経過観察も含めて)」「各治療法の利点と欠点」など多くの事柄を、整理して分かりやすく説明してくれましたか?
病気のことをよく知る医師ほど、難しいことを分かりやすく説明してくれるものです。
主治医は、「開頭クリッピング術」「脳血管内治療」「経過観察」それぞれの利点と欠点を、公平に分かりやすく説明してくれましたか? 自分の専門外の治療について、必要に応じて専門家の意見を聞くよう提案してくれましたか?
高い技量と深い経験を持つ医師ほど、自分の専門以外の治療法(たとえば脳血管内治療医から見た開頭クリッピング術)の利点・欠点も熟知しています。そして、それらの治療を担当する医師を尊敬し、良好な関係を築いています。その結果として、治療方針について自分の専門分野に偏らない多面的な説明ができるのです。
さまざまな選択肢を並べたうえで「後は患者さんが選んでください」というのは、医療の専門家として望ましい姿勢ではないと私は思います。さまざまな不確定要素も説明したうえで「脳動脈瘤治療の専門家として、最善を尽くして検討した結果、この治療(または経過観察)を提案します」と言えるのが、責任感ある医師の患者さんに対する態度だと私は考えます。
医師にとって当たり前の事柄でも、医療の素人である患者さんにとっては初めて見聞きすることばかりでしょう。ですから、分からない点は何を聞いてもよいのです。主治医は、あなたの質問を小馬鹿にしたり嫌がったりせず、誠実に回答してくれましたか?
優れた実績と自信を持つ医師ほど、どんな質問にも丁寧に答えてくれるものです。それと同様に、医学的に答えようがない(正解がない)質問には、正直に「今の医学ではそれは分かりません」と答えてくれるでしょう。
どんな術者でも、どんなチームでも、治療成功率100%はあり得ません。治療後の合併症発生率0%もあり得ません。主治医は、自分のチームの手術成績を合併症率も含めて、きちんと説明してくれましたか?
自分たちの治療成績を真摯に分析し、その結果と誠実に向き合っているかどうか、そして治療成績を正直に説明してくれるか否かは、患者さんが治療を受ける術者とチームを見分けるにあたり重要な要素の1つです。
われわれの病院では、脳外科医(開頭クリッピング術の専門家)と脳血管内治療医(脳血管内治療の専門家)が常に協力し合いながら、全ての脳動脈瘤患者さんの治療に全力を尽くすことをお約束します。未破裂脳動脈瘤が見つかって悩んでおられる方、脳動脈瘤がないかどうか心配な方、ぜひ当院までご相談ください。
埼玉石心会病院 低侵襲脳神経センターセンター長/脳血管内治療科診療科長
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