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iPS細胞を活用したがん治療の開発―― “認識力・質・数”を兼ね備えた免疫再生療法を目指す

iPS細胞を活用したがん治療の開発―― “認識力・質・数”を兼ね備えた免疫再生療法を目指す
金子 新 先生

京都大学iPS細胞研究所 教授/副所長

金子 新 先生

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がんの治療では手術、薬物療法、放射線治療に加えて、近年は免疫療法が行われるケースも増えてきています。京都大学iPS細胞研究所 CiRA 副所長の金子 新(かねこ しん)先生は、この免疫療法とiPS細胞を組み合わせた“がん免疫再生療法”に関する研究に取り組んでいます。iPS細胞の持つ性質を利用することで、多くの患者さんに質の高い免疫再生療法を届けることが期待されています。2021年からは治療困難な卵巣がんの患者さんに対して、iPS細胞を基に作製した“NK細胞”という免疫細胞を投与する臨床試験も実施されています。金子先生にこれまでの研究の経緯やがん免疫再生療法の現状、今後の展望などについてお話を伺いました。

iPS細胞はinduced pluripotent stem cellsの頭文字を取った呼称で、日本語では“誘導性多能性幹細胞”と呼ばれます。iPS細胞にはどのようなものにも分化できる“多能性”があり、iPS細胞を基にあらゆる臓器や細胞を作り出せることが大きなポイントです。そもそも幹細胞とは、多くの細胞の基になる細胞を指します。木の幹からたくさんの枝葉ができるように、この幹細胞からはさまざまな細胞が生まれます。つまり、多能性幹細胞とは、自身を複製しながらいろいろな種類の分化細胞を生み出す能力を持つ細胞を意味します。

iPS細胞と同様、さまざまなものに分化できる能力を持つ細胞にES細胞(胚性幹細胞)があります。これは胚(受精卵が一定程度育ったもの)の内部から人間の体を形作る基となる細胞を採取し、培養したものです。一方、iPS細胞は、人間の体から採取した血液や皮膚から作製することができます。採取した細胞に “山中因子”と呼ばれるOct4、Sox2、Klf4、c-Mycの4つの遺伝子を入れれば、ES細胞と同様の多能性幹細胞を作製できます。

iPS細胞には大きく2つの活用法があると考えられます。1つはiPS細胞から作製した細胞そのものを使った再生医療(失った機能を回復させるための治療)。もう1つは創薬における開発ツールとしての活用です。創薬への活用では、患者さんの細胞からiPS細胞を作って薬の作用を確認するスクリーニング検査に使ったり、健康な方の細胞から作ったiPS細胞で臓器などの細胞を作り、薬の副作用を確かめるパネル細胞として用いたりできるでしょう。

がんの治療では、3本柱とされる手術、薬物療法、放射線治療に加えて、近年は免疫療法が行われています。免疫療法とは、免疫(異物を攻撃し体を守るはたらき)ががんと闘う力を維持できるようにすることで、免疫の力でがんを攻撃する治療法です。がん免疫療法では、がんを認識して攻撃する“T細胞”という免疫細胞が多く使われます。免疫療法においてはこのT細胞について以下3つの条件がそろうことが重要です。

  • 標的となるがん細胞をしっかりと“認識”する能力を持っている
  • 患者さんの体の中で活性化してはたらく“質”を備えている
  • 多くのがん細胞と闘える“数”がそろっている

従来のがん免疫療法では、患者さんの体内からT細胞を取り出して増やすことはできるものの、体の外で増やすとT細胞が弱ってしまうという問題がありました。また、T細胞だけを選んで取り出すわけではないため、がんと闘う能力を持たない免疫細胞も混ざってしまっていました。つまり、“数”は確保できても“能力”や“質”という条件を満たすのが難しかったのです。

そこで、上記の3つの条件を満たす方法として私たちが考えたのが、iPS細胞から作製したT細胞を用いたがん免疫再生療法です。iPS細胞を使えば、高い機能を持つ若返ったT細胞をほぼ無限に増やすことができます。つまり、がんを認識する“能力”を持ったT細胞を、高い“質”を保ちながら必要な“数”だけ作製できるのです。さらに、研究が進むにつれて安全性を見定める方法論も確立されてきており、よりよい治療につながっていくと考えています。

iPS細胞を使ったがん免疫再生療法には、患者さん自身の細胞を用いる方法(自家移植)と、他人の細胞を用いる方法(他家移植)という2つの方法があります。自家移植には、個々の患者さんに合ったT細胞を作れるため免疫拒絶反応が起こらないという利点があります。しかし、現時点では患者さん一人ひとりの体から採取した細胞を基にオーダーメイドでiPS細胞を作り、そこからT細胞を作製して一つひとつ安全性を検査するという過程には膨大な費用と時間、労力がかかります。

一方、他家移植は免疫拒絶反応が起こるリスクがあります。しかし、多くの方に免疫拒絶反応が起こりにくいiPS細胞を選んで使用できれば、拒絶反応のリスクを抑えることができ安定的にT細胞を作製できるようになります。そのため、現時点ではより多くの患者さんに治療を届けることを目指して、世界中でiPS細胞を活用した免疫細胞の他家移植に関する研究が進められています。

当研究所では『再生医療用iPS細胞ストックプロジェクト』を立ち上げました*。このプロジェクトでは、日本人に免疫拒絶反応が起こりにくい組み合わせのHLA型(異物を認識する際の目印となる白血球の型)を持つ方から細胞を提供いただき、その細胞からiPS細胞を作製しています。品質検査済みの状態で保存しているため、これを活用すれば費用と時間を抑えた他家移植を実現できると考えています。

*本プロジェクトは現在、京都大学iPS細胞研究財団に引き継がれています。

私たちの研究室では、iPS細胞から作製したT細胞のがん免疫療法への応用を目指して研究してきました。その過程で、T細胞とは別にもう1種類、がんを攻撃する免疫細胞をiPS細胞から分化誘導できることを確認したのです。それが“NK細胞”です。もともとの研究目的とは異なるものの、NK細胞はT細胞よりも比較的簡便な操作で分化誘導できることもあり魅力的な存在でした。また、免疫細胞の作製方法や患者さんに届ける方法、投与後の評価方法、実際の治療効果など、今後T細胞などのさまざまな免疫細胞によるがん免疫再生療法の開発を進める上で役立つ情報を得られると考えました。このような経緯でiPS細胞から作ったNK細胞による卵巣がんのがん免疫再生療法の臨床試験開始に至ったのです。

この臨床試験では、『再生医療用iPS細胞ストックプロジェクト』でストックされていたiPS細胞から作ったNK細胞に、ある種のがん細胞が持つGPC3というタンパク質を標的と認識する分子を搭載して使用しています。これにより、NK細胞はがん細胞だけを攻撃するようになります。また、NK細胞はT細胞とは違い、自らがんのある場所に進んでいくことを苦手とするため、がんのある場所に直接注入するという方法を選択しました。こうしたNK細胞の特性から、対象としたのは、がんが腹腔内に散らばるように広がって手術不適応となり、抗がん薬などの標準治療では効果がみられなかった卵巣がんとしました。治療は腹腔内にNK細胞製剤を繰り返し投与する方法で行います。安全性を確認するための第I相臨床試験として2021年9月に国立がん研究センター東病院で1例目の投与を開始し、今後有効性を確認するための第II相臨床試験に進んでいく予定です。

がん治療に限らず、iPS細胞を活用した治療の開発は世界的に期待されています。しかしながら、これまで開発されてきた医薬品とは異なり、作製方法が非常に複雑で使用方法も難しく、流通面でも大きな課題があります。そのため、高次元で完成させるにはそれなりの時間を要するでしょう。しかし、もしかすると将来的には今、皆さんが服用している飲み薬のように細胞製剤が普及し、iPS細胞から作られた細胞製剤がコロッと出てくるような装置が一家に1台あるのが当たり前になる時代が来るかもしれません。

私たちはiPS細胞から新たにさまざまな免疫細胞を作製し、それを活用してがんや自己免疫疾患などの治療法を確立していくために日々研究を行っています。そして、あらゆる病気と闘う患者さんに届けたいと考えています。iPS細胞を活用した医療が一般化し、皆さんの手元に届く日が来るまで、私たちの研究を温かく見守っていただきたいと思います。

  • 京都大学iPS細胞研究所 教授/副所長

    日本再生医療学会 理事・代議員・国際委員会 委員・選奨委員会 委員日本血液疾患免疫療法学会 理事日本免疫治療学会 理事日本がん免疫学会 評議員日本内科学会 認定内科医日本血液学会 血液専門医日本免疫学会 会員日本癌学会 会員International Society for Stem Cell Research(ISSCR) 会員American Society of Gene & Cell Therapy(ASGCT) 会員International Society for Cell & Gene Therapy(ISCT) 会員

    金子 新 先生

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