
“さっきまで一緒にいたのに、急に同じ質問を何度も繰り返す”“自分が今どこにいるのか分からなくなる”――そんな様子が突然始まり、半日ほどで何事もなかったように元に戻る状態は“一過性全健忘”と呼ばれる、一時的な記憶の不調かもしれません。英語ではtransient global amnesia(TGA)と呼ばれます。
多くの場合は24時間以内に自然に回復し、後遺症も残らないと考えられています。ただし、脳梗塞など、すぐに治療が必要な別の病気がよく似た症状で始まることもあるため、自己判断は避けましょう。この記事では、一過性全健忘がどんな病気なのか、なぜ起こると考えられているのか、いつ病院に行けばよいのか、検査では何が分かるのかを、分かりやすく説明します。
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“健忘”とは、ある期間の出来事を思い出せない状態のことです。健忘には大きく2つのタイプがあります。
1つ目は、ある時点から後の新しい出来事を覚えられなくなるタイプで、“前向性健忘”といいます。たとえば、家族と話していても、3分前にした同じ話を覚えていないので、「今日は何曜日?」「ここはどこ?」と何度も同じ質問を繰り返すのがこのタイプです。
2つ目は、発症する前の出来事が思い出せなくなるタイプで、“逆行性健忘”といいます。“昨日の夕食に、何を食べたか思い出せない”“数日前の予定の記憶がぼんやりしている”といった状態が起こります。
一過性全健忘では、前向性健忘と逆行性健忘の両方が起こりますが、特に目立つのは前向性健忘、つまり“新しいことを覚えられない”症状です。
一方で、ご本人の意識はしっかりしています。自分の名前や家族の顔は分かりますし、車の運転や料理といった身についた作業もこなせます。会話のキャッチボール自体も成立します。ところが、たった今聞いたばかりのことをすぐ忘れてしまうため、「今、何時?」「ここはどこ?」「私、なんでここにいるの?」といった質問を、ほんの数分の間に何度も繰り返すのが特徴的です。周囲のご家族にとっては“会話が成立しているのに同じことばかり聞いてくる”という、少し不思議な状態に見えます。
多くの場合、症状は24時間以内に自然に治まり、再発もまれです。発症する人は50歳以上の方が多いと言われていますが、はっきりとした原因はまだ分かっていません。
なお、症状が出ていた間の出来事については、回復した後も思い出せないことが一般的です。これは脳に記憶として残っていないためで、ご本人にとっては“その時間がぽっかり抜け落ちた”ように感じられます。
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ご本人やご家族に次のような様子が突然見られたら、できるだけ早く脳神経内科を受診してください。
注意したいのは、似た症状で始まる別の病気があることです。代表的なのは次の2つです。
一過性全健忘そのものは経過がよい病気ですが、こうした別の病気との見分けが大切なので、“いつもと違う”と感じたらためらわず受診しましょう。
医師はまず、ご本人と、できればそばにいたご家族から、いつ・どこで・どんなふうに症状が始まったかを詳しく聞き取ります(問診)。一過性全健忘は、ほかの病気の可能性を一つひとつ消していったうえで診断される病気です。一般的に、次のようなポイントを確認します。
脳梗塞などほかの病気と区別するため、頭部のMRI検査が行われることもあります。
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一過性全健忘の患者さんの3割~9割では、症状が出る直前に何らかの身体的・精神的な負担(ストレス)があったと報告されています。具体的には、次のようなものが“引き金”になり得ると考えられています。
“いつもの生活の中で、ちょっと無理をした場面”が引き金になり得る、というイメージです。
脳の中には“海馬”と呼ばれる、タツノオトシゴのような形をした小さな部分があり、新しい記憶を一時的に保存する役割を担っています。新しい出来事をいったん海馬で受け止めて整理し、必要なものを長期記憶に移していくイメージです。
近年の研究では、この海馬の中でも特に“CA1領域”と呼ばれるエリアで、一時的に血の流れが足りなくなる(虚血)ことが、一過性全健忘に関係しているのではないかと考えられています。先ほど挙げたようなストレスが、何らかの形でこの部分の血流に影響し、神経細胞のはたらきが一時的に乱れる――その結果、“新しいことを覚えられない”状態が一時的に生じる、というのが現在有力な考え方です。
ただし“血流が下がっても、しばらくすると元に戻る”という性質があるため、症状も自然に回復すると考えられています。
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これだけ症状が出ているのに、MRI検査では「異常なし」と言われた――一過性全健忘では珍しいことではありません。
これは検査の精度が低いというより、一過性全健忘で見られる脳の変化が“少し遅れて現れる”という性質を持っているためです。発症した直後にMRI検査を撮っても、画像にはまだ変化が写らないことが多いのです。
発症してから24~72時間(およそ1~3日)後にもう一度MRIを撮ると、前述した海馬のCA1領域に、小さな点のように白く光って見える所見(医学的には“点状高信号”といいます)が見つかることがあります。これが一過性全健忘の特徴的な所見です。
ただしこの変化も一時的なもので、しばらくすれば消えていきます。脳が元に戻る、可逆的な変化と考えられています。
そのため、「最初のMRIで何も写らなかったから一過性全健忘ではない」とは言い切れません。必要に応じて、少し時間を空けて再検査を行うことが、確実な診断につながります。
似た症状の病気との区別のために、画像検査や脳波検査で次のような所見も確認されます。
A. 一般的に経過はよく、再発もまれだと言われています。ただし、短い健忘を何度も繰り返す場合は、一過性てんかん性健忘など、別の病気が隠れている可能性があります。気になることがあれば、脳神経内科を受診してください。
A. 残念ながら、症状が出ていた時間帯の出来事は、もともと脳にうまく記録されていません。そのため、後から“思い出す”ことはできません。“その時間がすっぽり抜けたように感じる”のは、病気の性質によるものです。
A. 一過性全健忘であれば、通常は24時間以内に回復します。それ以上経っても新しいことを覚えられない状態が続いたり、意識がぼんやりするようなら、脳梗塞や脳炎など別の病気の可能性があります。受診した医療機関にすぐ連絡するか、夜間や休日であれば救急外来を受診してください。
一過性全健忘は、突然“新しいことを覚えられない”状態が始まり、通常24時間以内に自然に回復する病気です。本人の意識はしっかりしているのに同じ質問を繰り返すのが特徴で、ご家族にとっては驚く症状ですが、それ自体の経過はよいと考えられています。
ただし、脳梗塞などすぐに治療が必要な病気が、似た形で始まることもあります。発症直後のMRI検査では異常が見つからないことも多いため、「一度の検査で異常なしだったから大丈夫」と決めつけず、必要に応じて24時間以降に再検査するなど、医師と相談しながら経過を見ていくことが大切です。
ご本人やご家族に気になる症状があったときは、ためらわず脳神経内科を受診してください。
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