概要
アドバンス・ケア・プランニング(ACP)とは、人生の最終段階で受ける医療やケアなどについて、患者本人と家族などの身近な人、医療従事者などが事前に繰り返し話し合う取り組みのことです。2018年には、厚生労働省において“人生会議”という愛称が付けられ、2023年現在もその普及啓発活動が盛んに行われています。
私たちが病気やけがによって命の危機にさらされたとき、およそ70%の患者は医療やケアについて自分の希望を他者に伝えたり、これから受ける医療やケアを自分で決めたりすることができなくなってしまうといわれています。そのため、いざというときに「この人ならこんな医療・ケアを希望するだろう」と家族や医療従事者が話し合えるよう、事前に自分の希望や考えを周囲に伝えておくことが大切です。
もちろん、人生の最終段階について事前に考えたくないという気持ちを持つ方もいるため、アドバンス・ケア・プランニングを希望しない方には無理に行う必要はありません。本人の希望に応じて行うことが大切です。
目的
アドバンス・ケア・プランニングは人生の最終段階において、患者本人の意思を尊重した医療・ケアを行えるようにするために実施されます。たとえば命に関わる病気やけがにおいては延命措置も重要な選択肢の1つですが、Quality of Life (QOL)やQuality of Death(QOD)の視点から、患者本人の人生観や価値観によっては延命措置を差し控えることも考える必要があります。
QOLは一般的に“生活の質”と訳されますが、終末期では“人生の質”とも考えることができます。QODは“死の質”“死へ向かう医療・ケアの質”“よい(よき)死”とされます。このような命に関わる慎重な判断を行うにあたって、アドバンス・ケア・プランニングで患者本人と話し合って得た情報は非常に大切です。
実際に延命措置が必要な状態で、その開始・中止・差し控えを検討する場合は以下のような手続きを踏むことが一般的です。
延命措置の開始・中止・差し控えに関する主な手続き
本人の意思が確認できる場合
患者本人の意思が確認できる状態の場合、医療従事者から本人に対して十分な説明を行ったうえで本人の意見や家族の考えを話し合いで確認し、医療・ケアの方針を決定します。ただし、患者の気持ちは時間の経過や病状によっても変化するため、繰り返し話し合いを行って、その記録を本人と共有しながら方針を軌道修正していくことも大切です。
なお、話し合いには家族も一緒であることが望ましいとされていますが、難しい場合には本人の希望を尊重したうえで、医師や医療従事者などとの話し合い後に家族へ決定事項を伝える場合もあります。
本人の意思が確認できない場合
患者本人の意思が確認できない場合であっても、事前に本人が作成した文書(事前指示書)などが存在し、本人の意思表示があった場合には、それを踏まえて医療・ケアの方針を決めていきます。
また、アドバンス・ケア・プランニングが事前に行われており、家族や医療従事者が患者本人の意思を推定できる場合には、推定される意思をもとに方針を決定し、家族の承諾のもと医療・ケアを実施します。いずれの場合でも、方針の決定には十分な慎重さが欠かせません。
ただし、本人の意思が家族や医療従事者にも推定できず、家族間でも意見がまとまらない場合、あるいは家族がいない場合などには、医療従事者が医療・ケアの方針を判断することもあります。このとき家族がいる場合には、その判断に対して家族の了解を得る必要があります。
なかなか方針が決まらない場合には、さまざまな専門家のアドバイスなどを受けながら、医療従事者と家族との間で、患者本人にとって何が最善か、そのためにはどうしていくのがよいのかを話し合い、合意できる内容を模索していきます。本人の意思が確認できない場合でも話し合いの記録は残しておくことが大切です。
タイミング
人はいつ、どんなときに人生の最終段階を迎えるか分からないため、誰しもアドバンス・ケア・プランニングを検討する必要があるといえます。話し合うタイミングについて特に定められたことはありませんので、健康なうちから家族やかかりつけの医師などと話し合いをしておき、環境や体の変化などに応じて話し合いを繰り返していくのもよいでしょう。
また命に関わる可能性のある病気にかかったとき、病気の完治が難しいといわれたときなどは、アドバンス・ケア・プランニングについて考える1つの大きなタイミングとなるでしょう。
しかし前述のとおり、中には人生の最終段階について事前に考えること自体に嫌悪感を持つ方もいます。そのような方に関しては“事前に話し合わない”という方針を決めることが、自分らしい人生を生きることにつながるかもしれません。まずは自分がどうしたいのか考えてみることが大切です。
実施内容
アドバンス・ケア・プランニングでは、将来受ける医療やケアについて本人を中心に家族、医療従事者などが集まって繰り返し話し合い、本人の意思を共有します。意思決定にあたって、医療従事者から専門的な情報提供や説明が行われ、それらをもとに本人をはじめさまざまな人がさまざまな視点から意見を述べて話し合いが進められて行くことが特徴です。
また、本人の意思は時間の経過とともに変化することもあるため、話し合いは繰り返し行い、その都度記録を残しておくことが重要とされています。
事前指示書とは――アドバンス・ケア・プランニングとの違い
アドバンス・ケア・プランニングが推し進められる以前から、“事前指示書”と呼ばれる文書による患者の意思表示が行われてきました。
事前指示書とは、将来病気やけがなどで自分が意思決定できない状態に陥った場合に判断を誰に委ねるかについて、受けたい医療・ケア、受けたくない医療・ケアの希望などについて文書化した書類です。全国的に統一された書式はありませんが、自身が判断能力を失ったときにその判断を委ねる“代理人指示”と具体的な医療・ケアに対する希望である“内容的指示(リビングウィル)”を記載する必要があります。
アドバンス・ケア・プランニングと事前指示書の大きな違いは、意思決定の際に家族や医療従事者との話し合いを行うかどうかです。
事前指示書では事前に話し合いを行う必要性はないため、家族との話し合いが不十分であれば、事前指示書に記載された内容と家族の意見が大きく異なることもあります。この場合、基本的には事前指示書に記載されている内容が優先されます。
また、医療従事者との話し合いが不十分であれば、事前指示書の内容が医療・ケアの観点からは実質不可能であり、いざというときに実施されない場合もあります。
この点、アドバンス・ケア・プランニングは家族・医療従事者との話し合いをもとに本人の意思決定が行われるため、患者の希望が家族にも受け入れられやすく、医療・ケアの観点からも実施されやすくなることが期待されます。アドバンス・ケア・プランニングは本人を中心として関係者と丁寧に進められた合意形成といえます。
アドバンス・ケア・プランニングの第一歩
「自分がどのような最期を迎えたいか」を考えるようになったら、家族や医療従事者と相談する前に、まずは自分の考えや希望を整理してみましょう。
厚生労働省や都道府県の医師会などでは、アドバンス・ケア・プランニングを検討する方向けに考えを整理するツールを用意していることもあります。このようなツールを活用して、自分自身の考えを整理してから家族や医療従事者に相談してみるとよいでしょう。
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