「人間の体の仕組みについてもっと知りたい」と思ったことが、医師を志したきっかけのひとつです。
小さい頃に病気やケガを経験した私にとって、医師は身近な頼れる存在でした。また、高校時代にアメリカンフットボール部に所属していたときには、激しい練習や試合でけがをすることがたびたびありました。医師が病気やけがについて説明をしてくれるたびに、自分の体がどのような状態になっているかがよくわかり、どんどん人間の体の仕組みについて興味を抱くようになりました。
そうして人間の体についてもっと知りたいという気持ちが強くなり、大学の医学部を目指すようになったのです。
医学部に入学し、臨床課程へ進むにつれて自然と脳卒中の治療に携わりたいと思うようになりました。当時は、脳卒中で亡くなる患者さんがとても多かったのも興味を持った一因だと思います。
また、現在と比べて、脳神経外科はまだまだ未知の世界でした。脳神経外科の領域の病気はたくさんありましたが、治療法は十分に解明されていませんでした。未知の分野を切り開いていくことに面白みを感じた私は、卒業後には東京女子医科大学の脳神経外科の医局に入局することを選びました。
そして入局後、現在、私が専門とするガンマナイフ治療との出会いを果たします。放射線治療のひとつであるガンマナイフ治療とは、脳にできた腫瘍に対して放射線の一種であるガンマ線を集中的に標的となる患部へ照射する治療法です。東京女子医科大学の脳神経外科には、私が入局する1年ほど前にガンマナイフが導入されたばかりでした。
当初からガンマナイフ治療には特別に興味があったわけではなく、脳外科医が行う治療の一手段であるとの認識でした。しかし、ガンマナイフ治療に携わるうちに、この治療の魅力に気づき始めたのです。たとえば、患者さんの頭部を切開せずに脳腫瘍の治療を進められること、従来の放射線治療と比べて合併症が少ないという報告があることなどを知るにつれて、徐々にその可能性を感じるようになりました。
その一方、ガンマナイフ治療は日本での治療が始まったばかりの時期であったことから、さまざまな課題もありました。たとえば、治療を受けた一部の患者さんには脳に異常な量の水分がたまり腫れる「脳浮腫(のうふしゅ)」という合併症が発生することがわかってきました。このような合併症をはじめとするデメリットのためにガンマナイフ治療から離れていく医師も少なくありませんでした。
しかし、私はガンマナイフ治療に携わることをやめようとは思いませんでした。お話ししたように、この治療に可能性を感じていたからです。
そのため、留学先にも、ガンマナイフ治療について学ぶことができる場所を選びました。選んだ場所は、アメリカで最初にガンマナイフを導入した大学であり、ガンマナイフ治療の研究論文も豊富にあり、世界の中でも最先端の治療を行っているピッツバーグ大学の神経外科教室です。また、脳浮腫の発生を抑え、ガンマナイフ治療の幅を広げたいと考えていた私にとって、脳浮腫についての研究実績があることも決め手になりました。
実際に、尊敬できる恩師たちに出会え、ガンマナイフ治療の経験を積むことができた留学生活は、とても有意義なものでした。
また、留学生活では、医師として大切なスキルを得ることができたと思っています。元来私はせっかちな性格で、日本にいるときは何かに追われているかのように常に急いでいました。アメリカに留学をしてすぐのころは、周囲から「何をそんなに急いでいるの?」と不思議に思われるほどでした。
しかし、周囲の人々のおおらかな性格を受け入れていくうちに、てきぱきと行動するだけでなく、余裕を持って行動することもできるようになっていきました。これは、医師としての成長にもつながったと思っています。たとえば、留学後は、患者さんを急かすことなく、丁寧に患者さんのお話を聞くことができるようになりました。
ガンマナイフ治療では、できるだけ患者さんの不安を減らしたいという思いから、治療前の説明は特に丁寧に行うことを心がけています。患者さんに少しでも「治療がうまくいかないんじゃないか」と不安を与えたくないからです。
治療を終えて、患者さんの安心した顔を見ると、とても嬉しいです。ただし、従来のガンマナイフ治療では頭部を固定する際に金属製のフレームをつけるため、患者さんが痛みを訴えることがあります。「どうしたら患者さんが痛みを感じることなく治療ができるのだろうか」と、ずっと考えていました。
そんな中、2018年7月から私が所属する熱海所記念病院では、マスクシステムを導入したガンマナイフ治療を行えるようになりました。
マスクシステムが導入されたことで、金属製のフレームで頭部を固定する必要がほとんどなくなりました。マスクは患者さんの顔に被せるだけで設定が完了するため局所麻酔が不要となり、心身共に患者さんの負担を減らすことができています。
患者さんそれぞれに適した治療を提供すること、それが現在の私の目標です。ガンマナイフ治療に限らず、それぞれの患者さんに適した治療を提供したいと思っています。
たとえば、同じ方法でガンマナイフ治療を行っても、脳浮腫などの合併症を発症する患者さんと、発症しない患者さんがいます。もしも患者さんごとに、このような合併症を起こす可能性について事前にわかれば、より適した治療を行うことが可能になるかもしれません。2018年7月現在ではわかっていない部分も多くありますが、今後は、より患者さんに適した治療法を提供できるよう努めていきたいと思っています。
「脳腫瘍をとること」が私たち脳神経外科医の仕事ではありません。「脳腫瘍をとり、その後の患者さんの生活をよりよいものにすること」が仕事なのです。どうすれば、患者さんの治療後の生活をよりよいものにしていけるのか、その答えを見つけるために、今後も努力を惜しまずに精進していきます。
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