ステージ4の乳がん患者さんに1%でも可能性のある治療を

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ステージ4の乳がん患者さんに1%でも可能性のある治療を

1人でも多くの命を救う医療の提供を目指して――乳腺外科医の岸本 昌浩先生のストーリー

関西医科大学 乳腺外科学講座 診療教授、関西医科大学総合医療センター 乳腺外科部長、関西医科大学総合医療センター ブレストセンター センター長
岸本 昌浩 先生

幼いころ、父の願いをかなえるため医師を志す

我が家では、夕食は家族全員で食卓を囲むという習慣がありました。父はどんなに忙しいときでも夕食の時間だけは家に帰って来て、家族団らんの時間を作ってくれました。そしてその時の話題は決まって私たち子どもたちの将来でした。父は私たち兄弟に「将来おまえらは、何になりたいんや?」といつも質問してきました。子どものころはまだ何になりたいのか具体的には決まっていなかったので、逆に父にどのような職業に就いてほしいと思っているのかを聞くと、父は決まって「医者か弁護士か大学教授かな。大きくなったら人の役に立つえらい人間になりよ」と応えていました。典型的な昭和の親父でした。そのような父の願いを毎日聞いているうちに、いつしか父が望む職業を目指してみるのもよいのではないかと思うようになっていたのです。私たちは男3人兄弟でした。兄は文系、私と弟は理系が得意だったこともあり、兄は弁護士になり、私と弟は医師になりました。兄は常々私と弟に「自分は法律で弱い立場の人を助けるから、おまえらは医学で弱い立場の人を助けられるようになれな」と言っていました。その後兄は薬害エイズ訴訟やC型肝炎訴訟の患者側弁護団の一員として、感染された方々の救済に尽力しました。弟は皮膚科医として100編以上の論文や本を出版し、アトピー性皮膚炎をはじめとした医学の発展に貢献しています。私は以前より進行乳がんの根治を目指した治療をライフワークとしておりますが、今私は大学教授の職にも就いており、結果的に兄弟3人で父の願いを叶える形になっていました。

1人でも多くの患者さんを救い「おめでとう」と伝えたい――乳腺外科医の道に進む

外科を専攻し、がんを専門に選んだ理由は、がんの診断をつけるだけでなく、自らが治療をマネジメントすることで患者さんの命を救いたいと思ったからです。がんで命を落とすかもしれない患者さんを1人でも2人でも多く救いたい、病気を治して「おめでとう」と患者さんに伝えることを目指したいと考えました。

乳腺外科の医師になる前は、さまざまながんの治療に携わってきました。乳腺のほかに、甲状腺、上皮小体、食道、胃、十二指腸、肝臓、大腸など、複数の臓器の手術に携わってまいりました。

その後、乳がんを専門にしようと決めた理由はいくつかあります。その当時、どの臓器も進行がんは不治の病という認識でした。私は特にそれら進行がんを治す研究に興味がありました。希少がんの研究も確かに重要ではあるのですが、その中でも特に乳がんは女性でもっとも患者数の多いがんです。もし、その乳がんの、特に進行乳がんの根治を目指せる治療法を発見・開発できれば、多くの患者さんを救えるようになるのではないかと考えました。また、当時所属していた福島県立医科大学外科学第二講座の恩師でもある阿部 力哉(あべ りきや)教授、当時乳腺グループのトップであった講師の君島 伊造(きみじま いぞう)先生をはじめ、乳腺グループには、乳がん診断や治療のエキスパートの先輩方がそろっていました。また患者数も多く、進行乳がん研究を進めるうえで必要な環境が整っていました。

現代の医学ではまだ治療が難しいがんもあるなかで、乳がんの治療で使用される薬剤はすでに多くの種類があり、根治を目指すことも可能となってきていると、私は考えています。乳がんの治療前後の全エクソン(タンパク質の設計図にあたる領域)を調べた結果から、無治療の乳がん原発巣に比べ、遠隔転移巣は比較的治療感受性が高く、根治する可能性が高いことが分かってきています1) 。ところが内分泌療法でも化学療法でも、いずれかの治療が入れば乳がん細胞はさまざまな治療抵抗性を獲得していくことが数多くの研究で示されています1)2)3)4)。したがって、進行乳がんの根治を目指すためには、初期治療がもっとも大切であると私は考えています。

乳癌診療ガイドライン(2022年版)では“進行乳がんはほとんど根治することなく、治療の目的は延命あるいは緩和”としています。その根拠とする論文には、根治を目指した臨床試験は含まれていません。つまり、引用されている論文を根拠とする限り、根治を目指した治療がガイドラインで推奨されることは恐らくないでしょう。

しかしながら、転移乳がん治療のアルゴリズムを作成し、現在の進行乳がん治療にも影響を及ぼし続けているGabriel Nyisztor Hortobagyi先生は「転移乳がんの中にも、少数ではあるが確かに長期完全寛解を維持する症例が存在する」こと、そして「我々医師は完全寛解率をより高めていかなければならない」と1996年に出された論文の中で明確に訴えておられます5)。私はこの志をしっかりと受け止めて、一人でも多くの進行乳がん患者さんの無病状態を目指しています。

実臨床において私は、延命治療の先に根治はないと考えています。それはアロマターゼ阻害薬単独での完全寛解率はおよそ0.6%、アロマターゼ阻害薬+CDK4/6阻害薬(アベマシクリブ)で2.7%しかなく6)、それらが耐性となった乳がんの多くには多剤耐性遺伝子が発現して、より薬剤が効きにくくなっていくからです。よって、初期に多数ある治療法をどう組み合わせ、どのタイミングで実施するかによって結果も変わってきますので、そこが医師の腕の見せどころでもあると考えています。

治療によって患者さんを救うことができるのは、医師として嬉しいことです。詳しい検査を行ってがんが消えていることを確認でき、患者さんに「おめでとうございます」と伝えられる時が、医師として一番嬉しい瞬間です。

患者さん側も、私と握手して「よかった」と言い合うことを目標にして、前向きに治療に取り組んでくださっている方が多くいらっしゃるそうです。患者さん同士がSNSを通じてつながり「“おめでとう”と握手してもらうことを目指して治療を頑張ろう」と励まし合っているという話を聞きました。待合室でも、通院を始めたばかりで不安な表情の患者さんがいれば、先輩患者さんが優しくお声がけしてくださっているそうです。患者さん同士で寄り添い合い、助け合ってくださっているというエピソードを聞くと、私は本当に患者さんに助けられていると感じますし、心から感謝したいと思います。

医師としての大きな転機――看取ることのない治療を目指して

私の医師としての大きな分岐点は、“看取らなくてもよい医療を目指したい”という思いを抱いたときでした。私は、自分が看取った患者さんの顔や声は、10年前のことでも20年前のことでも忘れることができません。

まだ若い時のことです。「治療法がない」と言われ、命を諦めて私のところに来られた患者さんを診て、まだ方法はあるのではないかと私は考えました。実際、思いつく治療法を実践してみると、かなりの改善がみられたのです。しかしやがて、がんが薬剤耐性を獲得してしまえば使える薬がなくなります。すると、がんは進行してしまいます。夜中でも呼ばれれば患者さんのもとに向かい、最期まで寄り添いました。

このように患者さんを看取ることを繰り返していると、特に私のように精神的に弱いにもかかわらず、感情移入をし過ぎて全てを受け止めようとする医師は、いつしか精神的に耐えられなくなってしまうことがあります。そうなったとき、医師として燃え尽きないために選べる道は、20年近く前のその当時、私は次のうちのどちらかしかないと考えました。

まず1つは、患者さんにあまり感情移入することなく冷静に割り切って看取るという方法です。そして、もう1つは「治らない」と言われている患者さんに対し、看取らなくてよい治療、すなわち根治を目指すという方法です。当時の私は、後者の医療を目指すことにしました。

1%でも可能性のある治療を提供していきたい

私の所を受診される患者さんの多くは、根治につながらない治療ではなく、できれば1%でも根治の可能性があるなら、根治を目指した治療を望まれます。

患者さんは、「あなたはもう治りません。後は延命治療しかできません」と伝えられると、それまでフルカラーだった世界がモノクロの世界になったように感じるのだそうです。「“治る可能性がある”と聞いて、これまでずっとモノクロだった世界に色彩が戻りました」とおっしゃった方がいました。患者さんは、治る可能性が0ではないと思うことができたら、将来に目を向けて生きられるのです。そのために1%でも可能性のある治療を提供できるよう努力することが、医師の務めだと私は思っています。

真のEBMを目指して

根拠に基づいた医療 (Evidence-Based Medicine:EBM)の提供が診療の基本です。EBMはGordon Henry Guyatt先生が最初に提唱した概念ですが、これは必ずしもガイドラインや臨床試験の結果に縛られた医療のみを提供することを意味しているわけではありません 7)。2002年にGuyatt先生方はガイドラインなどにしばられた医療を危惧し、エビデンスに基づいた医療の実践に関してアップデートした論文を出しています。それによれば、エビデンスに基づいた医療を実践するにあたり、(1)患者の状態や置かれた環境、(2)研究で得られた証拠、(3)患者の希望や行動、が平等に考慮されなければならないことを示しています。またそれらをまとめ、考察し、患者が納得できる治療を提案するためには、医師の臨床経験がもっとも重要であることを示しています。

ちなみにこの論文のサブタイトルは、“Evidence does not make decisions, people do”です。ガイドラインや臨床試験の結果は、(2)の一部にすぎません。よって、必ずしもガイドラインに書いていないからできないということは、EBMを実践するにあたって適切ではないと言えるのではないでしょうか。

私の所に来院される進行乳がんのほとんどの方は、できれば病気を治したいとおっしゃられます。私はそのお気持ちを最大限に尊重したいと考えています。

同じ志を持つ医師へのメッセージ

今、一番求めているのは、私と同じ志を持つ若い先生にぜひ仲間になって学んでいただきたいということです。切除不能・転移・再発乳がんのようにたとえ進行した乳がんであっても、根治を目指した治療を自分も提供したいと想う先生がおられたら、短期間でもかまいません。当院まで、ぜひ勉強に来ていただきたいと思います。​​​

【文献】

1) Hu Z, et al. Nat Genet. 2020; 701-708.
2) Baxter DE, et al. Clin Breast Cancer. 2018; 481-488.
3) Creighton CJ, et al. PNAS. 2009; 13820-13825.
4) Terashima M, et al. Springer Plus. 2014.
5) Greenberg PAC, et al. J Clin Oncol. 1996; 2197-2205.
6) Johnston S, et al. npj Breast Cancer. 2019.
7) Haynes RB, et al. BMJ. 2002; 1350.

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