「いろんな病気を診られる医者になりたい」
そう考えたことが内科医を選んだきっかけでした。また、がんの診療をしなくていいという理由もあったため、内科のなかでも循環器内科を選びました。というのも、私が医師になった頃は、がんなど重篤な病の患者さんには、病名の告知をしない時代でした。つまり、それは患者さんに嘘をつくということです。
真正面から向き合う患者さんに「嘘」を伝えなければならないところにどうしても納得ができず、ストレートに病名や病状を伝えられる循環器内科のほうが自分の性格に合っていました。
医師になってわずか2日目のことです。私が担当した患者さんが亡くなってしまいます。容態が急変しても、為す術がなく、私は呆然としました。
「真面目に勉強をしていれば、何か対処ができたかもしれなかったのに」
そのときに感じた無力感はあまりにも大きく、非常に不甲斐ない気持ちを強く感じたことを覚えています。
自分は何も知らない、何もできない。
医学生のころはどこか医師の仕事や、人の死というものをうまく想像できておらず、いきなり医療の現実の真っ只中に放り込まれて、どうしようもなかった自分がいました。しかし、このできごとをきっかけに「よい内科医となる」ことを心に誓い、それから私は勉強に励むようになりました。それは、教授になった今でも変わりません。
まだ若輩者であった私に医師としての心構えを教えてくれたのは、東京大学医学部老年病学教室の当時の教授であった大内尉義先生でした。
「高齢者を診るということは、ひとつの病気だけを診ても仕方がない。その患者さん全体をみて、よくすることが医師には必要だ」
それは老年病科だけでなく、循環器内科含めたすべての医師に通ずるものでした。病気を治すことだけが医師の仕事ではない。再発を可能な限り防ぐなど、患者さんの人生が豊かになるように、ともに寄り添っていくことが医師のあるべき姿だと思うようになりました。
三井記念病院にいたころにお世話になった田村勤先生も、印象深い恩師です。田村先生は本当に楽しく医療をやっていて、患者さんや私たち医師、その他スタッフに接する態度もとても温厚で、誰からも信頼の厚い先生でした。医療の実施者の中心となる医師が威圧的で話しかけにくいと、患者さんも質問しづらいですし、周りのスタッフも気軽に相談ができません。
私も両先生のそうした部分を見習い、臨床にあたっています。
ある有名な本に、次のような記述があります。
「はじめはその発見をみな嘘だという。次にそれは重要なことではないという。その発見が重要なものだとみなが認知したときにはもう、それは新しいものではなくなっている」
医学に限らず、世の中にはそのようなことが山ほどあります。最初に「それは嘘だろう」世の中に見向きもされない発見のほうが、世の中を変える力があるのです。ですから、私は若い医師の研究の指導にあたる際も「最初に私がそれを見聞きしてすぐにわかるようなものは、持ってこないでほしい」ということもあります。
医療の多くは、失敗や思いもよらぬ研究から生まれています。みなが納得する当たり前のことを研究していても、新たな発見は生まれません。
私自身も、失敗を恐れずに常に新しい医療を発見するため、前に進んでいます。
実際、私は冠動脈疾患で用いられる薬剤溶出型ステントが血栓症を引き起こすリスクについて、発表したことがありました。発表当時、医学界では薬剤溶出型ステントのメリットが多く取り上げられ、そのリスクについて言及する者は比較的少数派でした。
確かに世間の流れに逆行して、異を唱えることは怖く、勇気のいることです。それでも世間がひとつの流れに向かっているとき、それを俯瞰して「本当にそれが正しいのか?」と冷静な目でみることも大切だと思います。それができる医師がいなければ、不利益をこうむるのは患者さんなのですから。
新しい治療法の開発や病態解明に腐心している医師は世界中にごまんといます。しかし医療の世界で難しいのは、新しいことをするには、患者さんが未知のリスクにさらされてしまうところです。法律のこともありますし、現代において本当に新しいことをしようとすることは限りなく不可能に近いことだと思っています。
しかし、それでも少しずつ今の医療の常識を変えていける存在が、私たち臨床医だと思います。
北里大学医学部循環器内科では多くの臨床試験を行っています。臨床試験は、今までの保守的な医療の枠組みを少しずつ変えていく可能性のある宝箱です。私たちが出したデータが、数年後、数十年後に世界を変える可能性を秘めているかもしれない。臨床試験にかかわる後進の医師には「君は世の中を変えるかもしれないことをやっているんだよ」と伝えています。
常識は突然、変わるものではありません。しかし、5年後、10年後と長いスパンを経てから振り返ると「あのときはこんなことをやっていたのに」と常識の変化にふと気がつくこともあるのです。
常識を変えることを恐れない。常識は簡単に変わるものではない。それでも、患者さんのために変えていく。たとえ少しずつだとしても、医療の常識が変化することは患者さんの受益であると信じていますし、私はこれからも医療の常識を変えていくために、みなと前へ進み続けたいと思っています。
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