インタビュー

小さな臓器“オルガノイド”研究が拓く未来――新たなアイデアを生み出す思考とは

小さな臓器“オルガノイド”研究が拓く未来――新たなアイデアを生み出す思考とは
武部 貴則 先生

大阪大学 大学院医学系研究科 器官システム創生学 教授、東京医科歯科大学 統合研究機構 教授、...

武部 貴則 先生

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2013年、当時26歳だった武部 貴則(たけべ たかのり)先生(東京医科歯科大学 統合研究機構 先端医歯工学創成研究部門 教授)は、世界で初めてiPS細胞を用いた肝臓オルガノイド(ミニ臓器)の作製に成功しました。オルガノイド研究は、移植医療のみならず病態解明や創薬分野の発展にもつながるといわれています。現在も再生医療研究をリードする武部先生に、オルガノイドの可能性やご自身の研究ポリシーについてお話を伺いました。

オルガノイド(Organoid)は、“Organ(臓器)”に“-oid(~のようなもの)”をつけた、“臓器のようなもの”を意味する単語です。オルガノイドを定義するには、いくつか要件があります。1つは、実際の臓器と同じようにさまざまな種類の細胞によって成り立っていることです。加えて、それらの細胞が秩序の保たれた構造を持ち、実際の臓器のような機能が発現している必要があります。

オルガノイドは、ヒト多能性幹細胞(ES細胞やiPS細胞)*を用いたアプローチ以外に、生体の細胞/組織でも作製可能です。実際に2022年には、東京医科歯科大学のチームが、潰瘍性大腸炎(かいようせいだいちょうえん)患者さんにご自身の細胞(自家細胞)組織を使って作製された腸上皮オルガノイドを移植する手術を成功させています。これは、オルガノイドを移植治療に用いた世界初の症例となりました。

患者さん自身の細胞を用いたオルガノイドの移植は、ヒト多能性幹細胞より先行して検討されていましたが、自家細胞由来のオルガノイドには、患者さんが持っている病気の特徴をそのまま引き継いでしまうリスクがあります。一方、ヒト多能性幹細胞を用いたオルガノイドにそのリスクはありません。健康な臓器を作り、他人の細胞に対する拒絶反応が起こらない工夫ができれば、臓器移植に代わる移植治療として成立します。

しかし、オルガノイドの直接移植はまだまだハードルが高いため、私の研究室では体外デバイスの研究にも力を入れています。たとえば、腎不全の方に対する治療法に、人工腎臓と呼ばれる装置を使って体外で血液をろ過する“血液透析”があります。これと同じように、健康なオルガノイドを血液透析で使う回路のようなものと接続して循環させれば、肝疾患を持つ患者さんの代謝をサポートすることができるかもしれません。オルガノイドの直接移植に比べれば、臨床応用もより現実的でしょう。

*ヒト多能性幹細胞:ほぼ無限に増殖でき、体のさまざまな細胞に変化できる性質を持つ。ES細胞は受精卵の培養により作製でき、iPS細胞は血液や皮膚の体細胞から作製できる。

PIXTA
イメージ:PIXTA

オルガノイドは、病態解明においても重要な意味を持ちます。たとえば非アルコール性脂肪性肝炎NASH*は、食生活や運動習慣に依存して発症するといわれているので、NASHに至るまでのプロセスを正確に理解するには長い年月を要します。しかし、オルガノイドに30~40年間で摂取する量の油分を一気に与えたり、運動習慣がない方の肝臓を再現したオルガノイドを培養したりすることで、通常であれば何十年もかかるような病気の流れを圧縮して再現できるのです。プロセスを理解することは病態解明に大きく寄与します。

現在は、短期間でNASHを発症するオルガノイドモデルを用いてNASHの病態解明を進めています。最近では、エネルギー産生機能を持つミトコンドリアで異常が起こると、NASHを発症することが解明されました。さらに、さまざまなiPS細胞の比較によって、NASHを発症しやすい患者さんの特徴も明らかになってきています。2023年現在、NASHの治療薬はありませんが、病態が解明されれば今後の創薬研究が進む可能性も十分にあるでしょう。

また、オルガノイド研究が進むにつれて、治療のターゲットを明確にするためには、今までNASHと一括りにされていた病気をいくつかに分類する必要性があることも分かってきました。合併症の有無によっても治療法を変えていく必要がありそうです。オルガノイドは、ドナー不足が叫ばれる移植医療への貢献だけでなく、病態解明、さらには治療法の確立にも応用することが可能なのです。

*非アルコール性脂肪性肝炎(NASH):アルコールやウイルス感染などの原因がないにもかかわらず、肝臓に脂肪が蓄積し炎症や線維化を引き起こす病気。

2013年に血管構造を持つ肝臓オルガノイドを確立した後、2019年には多臓器オルガノイド(肝臓・胆管・膵臓(すいぞう)・腸)の一括作製に成功しました。肝臓に付属する胆管や、その先にある十二指腸の異常が肝臓に大きな影響を与えることを考えると、再生医療での使用を目的とした肝臓オルガノイドには付随する臓器の存在が欠かせないとの考えに至ったことが始まりです。最終的には肝・胆・膵・十二指腸同時発生の考え方にたどり着き、5~6年間かけて実現させました。

私の研究室では、基本的にコンセプトの実証を行った後、スタートアップ企業へ受け渡す形を取っています。最近では、血友病などの出血性疾患を肝臓オルガノイド移植で治療できることを確認したので、今後はどこかの企業に託したいと思っています。

私は主に肝臓のオルガノイドを研究していますが、オルガノイドは肝臓以外にも脳や目、腸や腎臓など、さまざまな臓器に応用されており、その研究元を調べるとほぼ全てのオルガノイドが日本人によって作製されています。つまり、日本人研究者はオルガノイド領域で世界を率いる存在だといえるのですが、一方でオルガノイドを応用した創薬、疾患研究、移植医療の領域では世界がリードしている状況です。これは日本における課題といえるかもしれません。

研究対象を決めるうえでは、たった1人であっても、誰かを助ける未来が想像できる研究を選ぶようにしています。研究室でも、根底にあるポリシーとして共通認識させています。

また、研究戦略を組む際は、あまり直線的に考えないように指導しています。世界を見れば同じことを考えている研究者は数多くいます。時に別の着眼点を持ってみたり、異なるコンセプトを組み合わせてみたりする中で、初めて“今まで誰もやっていないこと”に出合えることがあるのです。私は思いついたことをどんどんブラッシュアップして“ブレ”させて、“ズレ”た視点を取り入れることを繰り返す作業に時間をかけています。学生に対しても、普通では到底考えないような発想や視点につながるようなインプットをしてあげたいと思っています。

私は現在アメリカにも拠点を置いていますが、アメリカと日本では研究者に対する教育方針が大きく異なります。たとえば、アメリカでは仮説主導の考えが重要視される一方、日本では仮説自体を考えない学生も少なくありません。サイエンス思考を徹底的に叩き込まれるアメリカの教育は、日本の若手研究者にもぜひ経験してもらいたいですね。

一方で、徹底しすぎた仮説主導型の研究からは、現状を大きく変える発見はあまり生まれない印象もあります。私の研究室では“やってみたらできた”現象を先に捉えて、そこから仮説形成を行うことを推奨しています。現象が仮説につながるまでの曖昧なフェーズを耐え得るだけの時間的・精神的な余裕が必要ですが、それが大きな発見を生む鍵になると思っています。

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2050年には、世界人口が約100億人に達するといわれています。100億人には、100億通りの医療が存在するはずです。これからは、ある病気だけをターゲットにした治療ではなく、患者さんを総合的に捉えて、一人ひとりの状態を見ながら治療する時代になっていくでしょう。このようなビジョンを、私たちの研究グループでは“My Medicine(マイ・メディシン:個人ごとの素因に最適化された系統的医療を提供すること)”と呼んで目標に掲げています。My Medicineの実現に向けて直接的、あるいは間接的にでもオルガノイドが関わっていくことが私たちの夢であり目標です。

ほかにも、横浜市立大学を拠点として“ストリート・メディカル”という取り組みを行っています。医療の実践の場を、自宅や街、地域(ストリート)に移し、病気を診るのではなく人を観ることで、健康を維持し病気を予防できるような工夫を確立していこうという活動です。生活習慣病が増加する現代では、脂肪肝糖尿病認知症など複数の病気を合併している方が多く、特定の病気にのみターゲットを絞った治療は困難です。こうした病気をいかに生活の中で緩和、軽減、改善、あるいは予防するかということを考えたときに、治療が果たせる役割は限られていると思うのです。そのため最近では、ゲームやデジタルセラピーを活用した取り組みをしています。オルガノイド研究とはまったく関係ないと思われがちですが、研究によって人や病気への理解が進んでいくと、そこから導き出された治療法もゆくゆくはストリート・メディカルと連動していくのではないかと思っています。

また、2021年には“一般社団法人STELLAR SCIENCE FOUNDATION(SSF)”を設立しました。世界における研究競争が激化するなか、国際的地位の低下が懸念される日本が再び世界を牽引するため、研究環境の整備や、発見・発明を加速していく新たな仕組みが必要だと考えたのです。経営者やアーティストなど、普段交わることのない方々と研究者をつなげることで、日本の研究者が社会から切り離されてしまいがちな現在の環境を変えることが狙いです。大学が研究者や教員を研究所に派遣する構造ができれば、ゼロイチに特化した研究室やビジネス向きの研究室など、インフラを変えていけるかもしれません。日本の教育では標準化した研究を教え込まないので、ゼロイチに特化した研究をする余裕はアメリカよりもあるはずです。それがSSFの狙いです。

  • 大阪大学 大学院医学系研究科 器官システム創生学 教授、東京医科歯科大学 統合研究機構 教授、横浜市立大学 特別教授/コミュニケーション・デザイン・センター センター長、シンシナティ小児病院 オルガノイドセンター 副センター長、シンシナティ小児病院 消化器部門・発生生物学部門 准教授

    日本再生医療学会 理事日本分子生物学会 会員日本癌学会 会員日本臓器保存生物医学会 会員日本移植学会 会員国際幹細胞学会(ISSCR) Board of Director

    武部 貴則 先生