インタビュー

肥大型心筋症のひとつ心尖部肥大型心筋症(APH)-その発見と画像診断の進歩

肥大型心筋症のひとつ心尖部肥大型心筋症(APH)-その発見と画像診断の進歩
坂本 二哉 先生

東京大学医学部 元教授、日本心臓病学会 創立理事長、半蔵門病院 循環器内科 霞が関ビル診療所 非常勤

坂本 二哉 先生

この記事の最終更新は2016年11月16日です。

心臓病のひとつである肥大型心筋症にはいくつかの型がありますが、その中のひとつである心尖部肥大型心筋症(しんせんぶひだいがたしんきんしょう)は、今から40年前に日本で初めて報告され、apical hypertrophic cardiomyopathy : APHと命名されました。日本人に多くみられるこの心尖部肥大型心筋症を見出した元東京大学教授・日本心臓病学会創立理事長の坂本二哉先生にお話をうかがいました。

私はもともと心音(しんおん)といって、心臓から聴こえている音のことを研究していました。それがなぜ超音波の道に入ったのかというと、心臓の動きと心音が密接に関係しているからです。心臓が動いているからこそ音が出ているのであり、その心音や心雑音などの原因を求める目的で超音波を始めたのです。

心音というのは皆さんもご承知の通り、ドックン、ドックンという2つの音で成り立っています。これをI音、II音といいますが、心臓から聴こえてくる音には他にもさまざまなものがあります。たとえば、I音に続いて生じる駆出音(くしゅつおん)というものが肺動脈弁でいつ起こるかということについては、私が世界で初めて発表しています。当時はエコーの画像上で心臓の弁が閉まるのと実際に音が出るタイミングがずれているというような、わずか100分の1秒の違いが私の興味の中心だったのです。そのほか、Ⅱ音、Ⅲ音、三尖弁や僧帽弁開放の序列、心雑音なども探求しています。

その後、心臓にある弁のひとつである僧帽弁(そうぼうべん)の動きなどを研究しているうちに、心筋症という病気の原因となる心筋の肥大が均一に生じるわけではないということがわかってきました。

ある症例で、エコーではどうしてもわからないけれど左室の肥大が考えられるという心電図のデータがありました。当時、私の上司である主任や教授たちは、心電図の特徴を虚血(きょけつ・何らかの理由で心筋に血液が行き渡らないこと)によるものだと考えていましたが、おかしなことに虚血にしては患者さんが若くて非常に元気そうな様子だったのです。

そこで私は、虚血ではなく心室のある一部だけが肥大しているのではないかという仮説を立てました。ところがエコーでその肥大を一生懸命探しても、なかなか見つからないのです。それもそのはずで、肥大している部分は当時の心エコーで描出できる範囲の外にあったのです。それは心臓の下端の尖っているところ、心尖部(しんせんぶ)と呼ばれる部分でした。

我々は当時新しく出てきたMモードスキャンという方法でそれをとらえることができないかと試行錯誤していましたが、うまくいきませんでした。しかし、ベクトル心電図という方法で調べたところ、やはり虚血ではなく左室肥大だという確証を得ました。そして最終的には東北大学の田中元直先生が開発された特殊な装置をお借りして、ようやく心尖部の肥大であることを突き止めることができたのです。

私がこの病気に心尖部肥大型心筋症(apical hypertrophic cardiomyopathy : APH)と名付けてこっそり論文を誌上発表してから、2016年でちょうど40年になりました。

Giant T wave inversion as a manifestation of asymmetrical apical hypertrophy (AAH) of the left ventricle. Echocardiographic and ultrasono-cardiotomographic study. Jpn Heart J. 1976 Sep;17(5):611-29.

実際にはそれよりもさらに20年ほど前から、そういう心電図症例を見ていますから、ざっと60年前からの話になります。私がその当時の苦労話を3万字ものエッセイにまとめて投稿した翌日、偶然、アメリカから1通のメールが届きました。心尖部肥大型心筋症(APH)の発見40周年を記念しての論文を送りましたというのです。日本では私にそのような言葉をかけてくれる方はありませんでしたが、この出来事は非常に感慨深いものでした。

Jan MF, Todaro MC, Oreto L, Tajik AJ:Apical hypertrophic cardiomyopathy: Present status.International Journal of Cardiology 222(2016):745-759
 

会話する2人の医者

心尖部肥大の証拠をようやく見つけた私は研究に取り組み始めましたが、当時の主任教授は頑としてそれを認めませんでした。私が日本循環器学会に出題したところ、「人様の言わないことを得意気に言うものではない」と教授から叱責を受けました。私は、他の人が誰も言わないことだからこそ発表するのではないかと反論しましたが、その後何年もの間黙殺され、発表が許可されることはありませんでした。

当時、私は厚生省の班会議で肥大型心筋症の研究班に参加しており、今でいう肥大型心筋症の拡張相というものを初めて見つけて症例報告を出したところ、他のメンバーから強い反発を受けました。私は実際にそういう症例があるから報告したのですが、絶対に認めないというのです。その次に心尖部肥大型心筋症を報告した際にもやはり散々に叩かれ、結局、厚生省の班会議のメンバーからも外されることになりました。

我々の心尖部肥大型心筋症(APH)が世界的に注目される転機となったのは、1985年にカナダ・トロント大学のDr. E. ​​Douglas Wigleが書いた心筋症のレビューでした。その長文のレビューでは、肥大型心筋症の型として閉塞型、非閉塞型、左室の中部狭窄型と心尖部肥大型というものをそれぞれ示し、日本からの我々の論文が引用されていました。

日本人は日本の論文に対して否定的であり、日本の論文を引用すると自分の論文の質が下がるとさえ考えられていたため、国内では誰も我々の論文を引用してくれませんでした。ですから、1985年のWigleのレビューによって日本人が初めて心尖部肥大型心筋症に注目したのです。

その前年の1984年には、リスボンで行われた心筋症の世界会議に招かれ、およそ300人の研究者を前に心尖部肥大型心筋症の発表を行いました。そのときにはアメリカのDr. Braunwaldが大変興味を示していろいろと質問もしてくれたのですが、“You created a new disease”といってくださり、とても楽しい思いをしました。そのときに発表したものは後にPostgraduate Medical Journalに掲載されています(Postgrad Med J. 1986 Jun; 62(728): 567–570.)。

それから世界では心尖部肥大型心筋症が少しずつ認められるようになってきました。しかし日本では主任教授が認めないといっている限りは難しく、国内ではその後も非常に辛い思いをしてきました。発表してから40年の歳月を経て、最近では私自身もこだわりが薄れてきていたところでしたが、ありがたいことに2001年には大阪の国際会議でレビューをしてほしいという話がありましたし、また四半世紀以上にわたって診てきた患者さん26人のデータを取りまとめ、数年前、この病気の長期予後を熊本のアジア心エコー図学会で発表する機会を持つことができました。

私が1990年に東京大学を定年退職して都内某病院に院長として招かれたとき、当時最新鋭だったImatronという超高速CT(Computed Tomography:コンピューター断層撮影)の装置を導入してもらいました。そこでは放射線科の医師(その後、東京慈恵会医科大学教授)の関谷透先生と超高速CTに一生懸命取り組み、APHを含め、彼と一緒に「超高速CTによる心臓病診断の実際」という本を出しました。

CTでは通常、心臓が斜めになっているために断層撮影をするといびつな形に撮れてしまいます。このImatronでは斜めに体を置き、スライスの断面が心臓の長軸と直角になるようにするという方法がとられており、非常に良い像が得られたのです。

また、現在私が診療を行っている霞が関ビル診療所の所長である鈴木順一先生も、ちょうどその頃東大病院中央検査部に移られ、MRI(Magnetic Resonance Imaging:核磁気共鳴画像)でいろいろと心臓撮影の工夫をしておられました。通常のMRIで心臓を正確に撮影するのは難しいのですが、鈴木先生が独自の方法を考案して、体位を工夫することによって心臓の長軸をまっすぐに出すことができるようになりました。したがってそれを直交する正確な短軸を描出でき、これによってより詳しい解剖学的診断ができるようになったのです。

このように、心臓に対する画像診断技術の発達は私の心尖部肥大型心筋症の研究には欠かせないものでした。東北大学から借りた断層エコー装置に始まり、超高速CTのImatronを使い、心臓MRIの本を書くに至り、左室造影法では発見しえない例を含め、ようやくほぼ完成の診断域に達したといえます。

超音波の分野では、日本超音波医学会と日本心エコー図学会の理事長を兼任していた東京大学の竹中克先生が私の一番弟子ともいうべき存在でした。彼はエコーでのさまざまな技法を研究し、その中のひとつであるコントラストエコーできれいに心臓を描出するという方法を考えました。このことも我々の研究を大いに助けてくれました。

ちょうどその頃、アメリカのDr. Eugene Braunwaldが電子ジャーナルを作るにあたり、真っ先に心尖部肥大型心筋症を取り上げてくれて、私と竹中克先生と鈴木順一先生の名前が載りました。そこにはきれいなコントラストカラーエコーが載っています。そういうことがきっかけとなって心尖部肥大型心筋症がより広く知られるようになったのです。

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