2017年7月20日から21日の2日間にわたり、神戸国際会議場ほかで「第67回日本病院学会」が開催されました。今回の学会テーマは「医療人育成ルネサンス」。本テーマに沿って、各所で活躍する先生方の講演などが実施されました。
開会式において、学会長の内藤嘉之先生、日本病院会会長の相澤孝夫先生の講演に続き、日本医師会会長の横倉義武先生による講演が行われました。本記事では、横倉先生の講演内容をダイジェストでレポートします。
皆さんもご存じのように、今の医療界の最大の関心事は、いよいよ来年度(平成30年度・2018年度)に迫った診療・介護報酬の同時改定でしょう。本改定によって地域医療計画や介護支援計画がどのように変革していくのか、不安に感じておられるかと思います。
しかし、今回の開会式でもいわれたように、医療の基本は「人が人に行う技である」という点を忘れてはなりません。これは古来より現代まで変わらずにいます。ですから、すべての医療職はこの言葉を胸に、病める人に寄り添いながら医療を行うため、協調しなければなりません。
先に述べた診療・介護報酬の同時改定、そして社会保障と経済政策の財源確保のため、国や医療界はどのように動いているのでしょうか。
1990年にバブル経済が崩壊するまで、我が国の歳入と歳出の差はほとんどありませんでした。しかしバブルが弾け、一気に低迷した経済を立ち上げなければと国はあらゆる予算を使い景気の上昇に努めました。国の歳出は増加したものの、経済が上向かないまま歳入(税収)は増えません。このようにして、我が国の歳入・歳出の差はどんどん開いていきました。この大きな差をなんとか解決しようと、医療費の抑制が起こったのです。
少子高齢化に伴い、2025年問題に代表されるように今後は医療費の増加、そして社会保障費の負担増が見込まれています。政府は財政緊縮をねらってさまざまな策を講じています。そのひとつに、保険給付の対象なども狭められようとしているのです。そこで、医療現場はどうするべきか。
日本の誇れる医療制度のひとつが、国民皆保険制度です。この制度はなんとか堅持せねばなりません。持続可能な社会保障は、ただ財政縮小をすればいいというわけではなく、過不足のない適切な医療を目指していかねばならないでしょう。そのために、私たちは声をあげるべきです。
過不足ない適切な医療のひとつが、健康寿命の延伸です。現在、健康寿命と平均寿命の差はおおよそ10年です。これをできるだけ縮め、医療介護の必要な期間を短くすることが医療費の抑制につながります。
たとえば今や国民病ともいえる糖尿病、そのハイリスク群に早期介入し糖尿病性腎症の発症を抑える、COPD患者への早期の適切な医療介入を行い、在宅酸素療法が必要な患者をできるだけ減らしていく、などです。また、その他の疾患でも症状や患者に応じたコストを意識した医療も必要です。新薬が出たらやみくもに試すのではなく、現在の薬剤で効果が表れていれば継続する、などがその一例です。
我が国の経済政策は、経済再生諮問会議や規制改革推進会議などで検討され、決定されます。一時は消費税を現在の8%から12%へ引き上げをしなくても財源は確保できるという論調もありました。しかしその後、東証一部上場の有名企業の巨大損失など、日本経済は大きく揺らいでいます。さらに、世界に目を向けてみても経済状況は大きく変わっています。国はアベノミクスで増えた税収を医療に還元することで医療財源確保を検討していますが、果たしてそれは本当に可能なのか、私は疑問に感じています。
そこで私が日本医師会会長に就任した際、国の経済政策についてふたつの判断基準をつくりました。
もちろん、国の政策についてただやみくもに反対するのは賢明ではありません。しかし、国民の安全・安心できる医療を守ることができないおそれがある政策においては声をあげる必要があります。先行きの不透明な経済、不安定な雇用など国民不安が高まる昨今こそ、社会保障を充実することで安心できる将来を約束することが重要です。それがひいては社会の安全につながってゆくのだと考えています。
ですから、必要な医療・介護をきちんと国が提供するということを国民に示さなければなりません。
保険料や税が増えると社会保障の財源確保につながると考えられます。そこで、たばこ税を増やして社会保障費にあててどうかと私たちは提言します。
仮にたばこを現在の440円から500円に値上げし、たばこ税を増やすと1,000億円以上の税収増につながると試算されています。これにより、増えた税収を本当に必要な医療財源にあてるという策です。
国は確かに多くの国債を抱えていますが、決して日本にお金がない、というわけではありません。企業の内部留保(利益剰余金)の額はおよそ380兆円、家計金融資産は1,800兆円にのぼっています。そこで、企業の内部留保の1%、約4兆円を労働者の賃金にあててはどうでしょうか。すると労働者の給与が上昇し、所得税や保険料が増えますからそこで財源を確保し、社会保障の充実をはかります。
また、莫大な家計金融資産は国民の将来の不安の表れです。実際に「老後のため」「将来の病気や介護のため」という理由で貯蓄を増やしている家庭は多くあります。その不安を社会保障の充実で解消すれば、経済の循環もよくなり、経済も上向くのではないでしょうか。
実は、医療・介護は需要や雇用においても大きなマーケットになっています。高齢者の増加からの医療・介護ニーズの増加、そして医療・介護を支える医療職・介護職の需要の増加です。地方都市に目を向けると、雇用数が最も多い業種は医療・介護です。ある都市では、全労働人口の20%が医療・介護職に従事しているというデータもあります。
従来、医療は消費されるものといわれていました、しかしながら現代では医療・介護が経済を支える大きな原動力となっています。そこで積極的にこれらの職の雇用を拡大し、賃金を上昇させれば、よい経済の循環につながるでしょう。
一部で公的医療費を抑制し医療の自己負担を増やそう、混合診療を無制限にやろう、民間医療保険を緩和ししようなどという声が上がっていますが、それには賛成できません。なぜなら、それは国民間の医療格差を助長させ、国民不安をさらに煽るものとなるからです。それは私たち医療に携わる者が一致団結し、阻止していくべきだと思います。そのために、先に述べた3つの提言をぜひ実行すべきだと思います。
よく、1995年の診療報酬を100としたとき、現在の診療報酬は増大しているとの指摘があります。しかし実際は、診療報酬本体はそれほど上がっていないのです。診療報酬は本体と薬価にわけられます。薬価はさらに医薬品と技術料にわけられます。増えているのは、薬価の技術料の部分、つまり技術料の大部分を占める人件費なのです。
医療職に携わる人数は、医療ニーズの増加に伴い増えています。たとえば医師は2002年と比べ約17%増、看護職も含めたその他医療職も約50%増です。つまり、この人員が必要なだけ、医療サービスの需要は増えているということを示しています。需要に応えるサービスの提供のために必要な人件費が、診療報酬で賄われているということです。
前述のとおり、国は財源を縮小し、国民の医療の自己負担を増やす方向で医療費の抑制を検討しています。しかし国民に必要な医療をあまねく提供するには、公費でしっかりとバックアップしていく必要があることは、医療格差の助長、国民不安・社会不安の増大の面からみても、いうまでもありません。ですから必要な医療費はしっかりと確保するよう、医療界が一致団結して主張する必要があります。
加えて、医療を提供する側もより効率的な医療、コストを考えた医療を提供するために変えていかなければならないことが多くあります。
先ほども述べたように、健康寿命の延伸は持続可能な社会保障に大きく寄与するものです。ですから早期に適切な医療介入が求められます。
診療報酬・介護報酬同時改定に伴い地域医療構想の評価も大切です。 医療介護連携の評価や、やりがいをもって働けるような医療・介護従事者の評価もそのひとつです。かかりつけ医を中心とした医療、地域包括ケアシステムをつくり、患者さんが本当に必要な医療・介護を受けられるように密に連携しなくてはなりません。具体的には地域包括支援センターなどと連携し、患者さんのそばにかかりつけ医が寄り添い、症状改善のために努めることです。そしてかかりつけ医をバックアップする病院の役割も今後重要になってきています。
日本医師会では、今後ますます重要となってくるかかりつけ医の能力の維持・向上のため「日医かかりつけ医機能研修制度」をはじめました。この研修制度は基本研修、応用研修、実地研修の3つにわかれ、かかりつけ医の質の向上ができるようになっています。
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