僧帽弁逸脱症とは、左心房と左心室の間にある僧帽弁が左心房へと飛び出した状態です。
僧帽弁が逸脱しても無症状である方も多いですが、僧帽弁の周辺組織が壊れることで、重大な合併症(病気が原因となって起こる別の症状)が起きる可能性もあるため、注意深く経過をみなければなりません。
本記事では、記事1『僧帽弁逸脱症とは? 症状と原因について』に引き続き、国際医療福祉大学三田病院の菅野道貴先生に、僧帽弁逸脱症の診断や治療についてお話を伺いました。
僧帽弁逸脱症が疑われる場合、最初に行うのは聴診です。
聴診では、僧帽弁逸脱症にみられる特徴的な、パチッという「クリック音」が確認されます。
また、左心室から左心房へ血液の逆流が起こっている場合には、収縮期にザーっという雑音が強く聞こえます。
体格がよい場合など体表から心臓までの距離が遠い方は、心音が聞こえにくいこともあり、はっきりしない場合は心臓超音波検査を行います。
聴診によって僧帽弁逸脱症の可能性が高いと判断された場合には、超音波(エコー)によって診断を確定するための検査が行われます。
その他にも合併症を確認するために、心電図検査やレントゲン検査、血液検査が行われることがあります。
また、僧帽弁閉鎖不全症の合併が疑われる場合には、心臓のカテーテル検査を行います。
カテーテルとは医療用の管で、これを足の付け根や腕、手首などの血管から挿入し、心臓付近まで移動させると、血液の逆流の程度や心機能などについて詳しく調べることが可能です。
さらに経食道超音波検査を行い、より正確に僧帽弁の状態を把握します。経食道超音波検査とは、口から超音波のついた内視鏡(体の内部を観察・治療する医療器具)を挿入し、食道側から心臓をみる検査です。
心臓は食道と隣接しており、食道側から心臓を観察することで、より鮮明に僧帽弁の状態を確認することが可能です。
僧帽弁閉鎖不全症の手術では、手術時間を少しでも短縮するために、僧帽弁の状態や心機能について詳細に把握する必要があります。ですから、これらの検査は診断をつけるだけでなく、手術をスムーズに行うための術前検査としても重要であるといえます。
僧帽弁逸脱症のみ発症し、僧帽弁閉鎖不全症などの合併症をともなわない場合には、心機能には影響がないことがほとんどです。そのため、基本的には治療せず、定期的に検査を行って心機能を確認しながら経過を観察します。
どれくらいの頻度で検査を受けるのかは、人それぞれですが、だいたい半年〜1年に一度は検査を受けることをお勧めしています。また、経過観察中に左心室が少し大きくなっているなどの気になる所見があった場合には進行を疑い、検査に来ていただく頻度を上げることもあります。
僧帽弁逸脱症に僧帽弁閉鎖不全症が合併している場合、血液が逆流し、心臓に負担がかかっている可能性があります。そのため、僧帽弁閉鎖不全症が進行して症状があらわれている場合には治療が必要です。
また症状がなくても、僧帽弁が閉鎖不全を起こし、心臓が肥大している場合や心機能の低下がみられる場合にも治療を検討します。
僧帽弁閉鎖不全症の治療は、大きく分けて薬物療法と外科手術の2種類があります。
血液の逆流によって息切れなどの症状が出ている場合には、利尿薬の投与で経過をみます。利尿薬は、代表的なループ利尿薬を用いて、十分な効果が得られなければサイアザイド系利尿薬というものを併用します。さらに、予後を良くするために抗アルドステロン薬が投与されることもあります。また、心機能や血圧のコントロールのためにβ遮断薬やACE阻害薬、ARBといった薬を投与することがあります。
薬物療法で症状の改善がみられない場合や、症状がなくても心臓に大きな負担がかかっていると判断された場合には手術を行います。
僧帽弁閉鎖不全症の手術には、弁を形成する(整える)「僧帽弁形成術」と、弁を交換する「僧帽弁置換術」の2種類があります。
僧帽弁形成術は、僧帽弁の元の機能を取り戻すために弁を整える手術です。僧帽弁の状況に応じて、人工弁輪と呼ばれる補強材を縫い付けたり、弁の一部を切除して整えたり、腱索の調整を行ったりします。
僧帽弁の一部のみが逸脱して起こる僧帽弁閉鎖不全症の場合には、僧帽弁形成術が行われることがあります。一方で弁の組織が著しく壊れているなど、僧帽弁形成術の適応が難しい場合もあります。
僧帽弁置換術は、僧帽弁を人工弁に取り替える手術です。人工弁には、牛や豚の組織から作られた生体弁と炭素繊維やチタンでできている機械弁があり、それぞれメリット・デメリットがあります。
生体弁は、寿命が短いため、10〜20年くらい経つと新しい弁に取り替えなければなりません。一方で機械弁は、半永久的に使用できると考えられています。しかし、機械弁は血栓ができやすいため、血液が固まらないように抗凝固薬という血液をサラサラにする薬を飲み続けなければなりません。
どちらの人工弁を僧帽弁置換術に用いるかは、それぞれのメリット・デメリットを理解し、担当の医師に相談しながら決定する必要があります。
先ほども述べたように、僧帽弁逸脱症と診断された場合でも、基本的には合併症がなければ治療の適応にはなりません。運動制限などもないため、スポーツを楽しむことも可能です。
ただし高齢の方の場合は、高血圧など心臓に負担がかかりやすい状態になっていることがあります。ですから、血圧のコントロールなど体の調子を整えながら経過観察をしていくことが大切です。
僧帽弁逸脱症は、僧帽弁が逸脱しているという構造の異常であり、それ自体では心機能が低下したり症状が出たりといった大きな問題は起こらない場合がほとんどです。
しかし、合併症をともなった場合には、自覚できるような症状があらわれます。患者さんご本人が一番理解している「症状」というのは、病気の入り口として非常に重要です。なぜなら患者さんの症状が基準となって、どのような検査や治療を行うのかが決定されるからです。
ですから病気をできる限り早期に発見するためにも、日常生活で、胸に違和感がある、動悸がみられる、息切れしやすいなどの気になる症状がある場合には、遠慮せずに医療機関を受診することをお勧めします。
すげのクリニック 院長
すげのクリニック 院長
日本循環器学会 循環器専門医日本内科学会 認定内科医日本心血管インターベンション治療学会 CVIT認定医日本心臓リハビリテーション学会 心臓リハビリテーション指導士日本医師会 認定産業医
2012年より栃木県北部にある国際医療福祉大学にて、地域医療に貢献しながら循環器内科を専攻して虚血性心疾患をはじめ、心不全や不整脈などを経験。
2015年から、福岡山王病院 ハートリズムセンターで熊谷浩一郎医師と共に不整脈治療を行い、現在は循環器センターで横井宏佳医師と共に冠動脈治療のみでなく、頸動脈・腎動脈・下肢動脈などの血管内治療 (カテーテル治療) を行っている。
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