心臓の左心房と左心室の間には「僧帽弁」と呼ばれる2枚の弁があります。僧帽弁は、血液の循環が円滑に行われるために欠かせないものです。しかし、なんらかの原因で僧帽弁が通常よりも左心房側に飛び出した状態になる「僧帽弁逸脱症」を引き起こすと、それにともなって心不全や不整脈といった命にかかわるような合併症(病気が原因となって起こる別の症状)を発症するおそれがあります。
僧帽弁逸脱症とはどのような病気なのでしょうか。国際医療福祉大学三田病院の菅野道貴先生にお話を伺いました。
僧帽弁逸脱症とは、僧帽弁が左心房側に飛び出した状態になる病気です。
私たちの心臓の左心房と左心室の間には「僧帽弁」と呼ばれる2枚の弁があります。
僧帽弁は心臓の収縮・拡張にともなって、閉じたり開いたりしながら、血液が逆流することなくスムーズに流れるようにサポートしています。
しかし、なんらかの原因で僧帽弁が左心房側に飛び出すと「僧帽弁逸脱症」という状態になります。僧帽弁逸脱症を発症すると、場合によっては僧帽弁が正常に機能せず、左心室から左心房へ血液の逆流が起こることもあります。
また、僧帽弁逸脱症は無症状であることが多いですが、重大な合併症(病気が原因となって起こる別の症状)を引き起こす可能性もあり、注意深く経過をみる必要があるといえます。
検査の精度が向上するにつれて、従来見過ごされていたような僧帽弁逸脱症がより正確に診断されるようになってきていると考えられます。
実際に、症状が出ていなくても検診などで僧帽弁逸脱症が偶然発見されるというケースは珍しくありません。たとえば学校の検診で心雑音を認めた、もしくは心電図検査を受けたところ不整脈があり、さらに超音波検査を行うと僧帽弁逸脱症がみつかったということもありました。
僧帽弁逸脱症の原因には、マルファン症候群やエーラス・ダンロス症候群、全身性エリテマトーデス(SLE)などの病気が挙げられます。
マルファン症候群…大動脈や骨格、肺、目など全身の組織が脆くなり、さまざまな障害が生じる遺伝性の病気
エーラス・ダンロス症候群…皮膚や骨格、血管など全身の組織が脆くなり、さまざまな障害が生じる遺伝性の病気
全身性エリテマトーデス(SLE)…膠原病(自分の体のある部分を敵と間違えて、激しい反応を全身に起こしてしまう病気)の一種で皮膚など全身に症状があらわれる病気
また、原因不明の特発性の粘液腫様変性によって起こる僧帽弁逸脱症もあります。
僧帽弁と心臓は、心室内の乳頭筋から伸びている「腱索」という組織の線維束でつながっています。しかし僧帽弁に粘液腫様変性が生じると、線維でできたコラーゲンの層が薄くなり、腱索がゴムのように伸びてしまうため、僧帽弁が左心房側に飛び出します。
さらに、逸脱した僧帽弁に負担がかかると、腱索が破壊され、僧帽弁閉鎖不全症が引き起こされます。僧帽弁閉鎖不全症とは、僧帽弁が完全に閉じない状態のことで、血流をコントロールできず、左心室から左心房へ血液が逆流し、心不全や不整脈が起きる可能性があります。
僧帽弁逸脱症は、自覚症状が現れないことが多く、そのまま進行しない場合もあります。
特徴的な症状があるわけではないため、セルフチェックを行うことが難しいです。そのため、合併症による症状があらわれてはじめて診断されることもあります。
記事2『僧帽弁逸脱症の診断と治療』でお話ししますが、合併症をともなわない僧帽弁逸脱症の場合、日常生活に大きな支障が出ることはほとんどありませんので、基本的には治療をせずに経過観察のみを行います。
僧帽弁逸脱症が進行すると僧帽弁閉鎖不全症を合併し、重度の場合には心不全や不整脈が起こります。それにともなって、胸の違和感・痛み、動悸や息切れといった症状が現れます。
僧帽弁が逸脱し、大きな負担がかかって弁周辺の組織の構造が壊れると、「僧帽弁閉鎖不全症」が引き起こされます。
僧帽弁閉鎖不全症とは、僧帽弁が完全に閉鎖しなくなり、左心室から左心房に血液が逆流を起こす病気です。
軽度の場合は症状がありませんが、重度になると心臓や肺に負担がかかるため、息切れや呼吸苦、むくみなどの症状があらわれます。さらに僧帽弁閉鎖不全症にともなって、心房が痙攣するように動く、心房細動という不整脈が引き起こされると、動悸や胸の違和感、痛みなどの症状があらわれます。
僧帽弁逸脱症は、すぐに治療が必要な病気ではありませんが、前項で述べたような僧帽弁閉鎖不全症、心房細動などの不整脈が引き起こされると、心機能が低下し、命にかかわる危険性があります。
また、血液の逆流が起こることで左心房内に血栓という血液のかたまりができることがあります。血栓は左心房から左心室、大動脈を通り頭へと移動すると、脳の血管を詰まらせ、脳梗塞を引き起こす原因となる可能性もあります。
さらに、血液の逆流によって、僧帽弁が細菌に感染し、「感染性心内膜炎」が起こることがあります。通常、細菌が侵入した場合でも、僧帽弁が正常であれば感染を起こすことはありませんが、弁の機能に異常があると、細菌に感染し、繁殖しやすくなります。細菌が繁殖すると疣贅と呼ばれる細菌のかたまりが形成され、血栓と同様に血管を詰まらせる原因となるため治療が必要となります。
すげのクリニック 院長
すげのクリニック 院長
日本循環器学会 循環器専門医日本内科学会 認定内科医日本心血管インターベンション治療学会 CVIT認定医日本心臓リハビリテーション学会 心臓リハビリテーション指導士日本医師会 認定産業医
2012年より栃木県北部にある国際医療福祉大学にて、地域医療に貢献しながら循環器内科を専攻して虚血性心疾患をはじめ、心不全や不整脈などを経験。
2015年から、福岡山王病院 ハートリズムセンターで熊谷浩一郎医師と共に不整脈治療を行い、現在は循環器センターで横井宏佳医師と共に冠動脈治療のみでなく、頸動脈・腎動脈・下肢動脈などの血管内治療 (カテーテル治療) を行っている。
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