
手をつないでいた子どもが突然勢いよく走り出し、意図せずして腕を引っぱってしまうことは非常によくあることです。しかし、このような動作が原因で、子どもの片腕が急に動かなくなってしまうことがあります。病名こそ知られていないものの、決して珍しくはない子どもの病気「肘内障(ちゅうないしょう)」について、国際医療福祉大学成田病院 救急科部長の志賀隆先生にご解説いただきました。
親御さんが子どもの手を引っぱったときや、子どもが肘を打ったあと、片腕を「だらん」と下げたまま動かさなくなってしまうことがあります。1年を通して小さなお子さんによくみられる症状で、特に休日になると来院される患者数が増えますが、「肘内障(ちゅうないしょう)」という疾患名は一般の方にはあまり知られていません。

「肘内障(ちゅうないしょう)」とは、肘の輪状靭帯と橈骨頭(とうこつとう)がはずれかける「亜脱臼」を起こしてしまった状態であり、輪状靭帯が発達していない1歳未満から6歳くらいの子どもに多い疾患です。実際に私も、まだ歩くことのできない赤ちゃんの肘内障を整復した経験があります。
※整復とは:脱臼や骨折が起きた部分を正常状態に戻すこと。
肘内障の約50%は、子どもの手を引っぱったときに起こります。このほかの50%は、子どもが転んで手をついたときや腕をひねったとき、肘を打ったときなど、多岐に渡ります。
肘内障を起こすと腕を動かせなくなるため、子どもは片腕をだらんと下げた状態になります。肘を動かさない限り骨折のような激しい痛みは生じないため、多くのお子さんは泣くことなく、少し寂しそうな表情をされています。このような特徴から、病院の待合室に患者さんが座っていると、一見しただけで「あのお子さんはおそらく肘内障だろう」と推測できることが多々あります。
前項でも述べた通り、肘内障は骨折のような激痛を伴いません。一方、骨折すると骨を包んでいる骨膜が破れるため、理論上は動かさなくとも「常に痛い」という状態が続き、ほとんどのお子さんは病院でも大声で泣いています。特に骨折した部位を指で押すと激しく痛みますが、脱臼ではこのような症状はあまりみられません。
また、骨折した部位は腫れることがありますが、肘内障では腫れは生じません。
このほか、腕は動かないものの手指は動く、循環の障害のサインである 手の指の変色もみられない(青白くならない)ことも肘内障の特徴です。また、医師が患者さんの手に触れると、きちんと触られているという感覚(触覚)を感じます。
そのため、(1)感覚(2)運動(3)循環 が正常に機能していることが判断できた時点で、医師は肘内障の可能性を疑い、保護者の同意を得て整復を試みます。
私たちはこれらの判断を約1分程度と短時間のうちに行っています。また、上記のように肘内障を疑う特徴が揃っており、なおかつ「引っぱった」という情報が得られた場合は、その時点で整復を試みるため、レントゲン検査は行いません。

肘内障の治し方(整復の方法)には2種類あります。ひとつは前腕を内側方向へと倒すように圧をかける「回内法」(左のイラスト)、もうひとつは、外側方向へと倒し、更に肘を曲げる「回外・屈曲法」(右のイラスト)です。どちらの場合も、患者さんの撓骨頭の部分に片手を置いて圧をかけ、もう一方の手を使って整復を行います。
日本では回外・屈曲法のほうが広く知られており、かつては医学の教科書などにもこの方法が掲載されていましたが、1998年に「成功率は回内法の方が高い」という報告がなされており、当院でも回内法を優先的に行っています。(Pediatrics. 1998[PMID:9651462])
整復には軽い痛みが伴うため、医療者の方には成功率が高い回内法から行うことをおすすめします。
整復が成功すると、外れかけていた関節がはまるため「プチッ」といった音が聞こえます。この時に小さな痛みが生じるため泣いてしまうお子さんが大半ですが、「クリック感があり患児が泣いたときは成功した」と考えることができます。
その後、5分~15分ほど時間を置いて患者さんに「万歳」の姿勢をしてもらうと、腕が元通り使えることを確認できます。
冒頭でも触れましたが、一般の方には「肘内障」がほとんど知られていないため、親御さんは一瞬の整復でお子さんの腕が動くようになった様をみて、「奇跡が起きた」かのように驚かれます。
1度目の回内法で関節が正常にはまったという手ごたえがなかった場合、回外・屈曲法を行います。ですから、肘内障をみる医師は両方の整復法に習熟していることが理想的です。
2度目の回内法と回外・屈曲法を試みても整復がうまくいかない場合は、レントゲン撮影をして他の疾患ではないことを確認したうえで、日を改めて整形外科で整復を試みることとなります。ただし、明らかに肘内障が疑われる特徴が揃っている場合、骨折など他の疾患であったケースはほとんどありません。別の日に同様に整復すると成功する症例がほとんどで、整形外科の先生からもやはり肘内障だったという旨の報告が届きます。

(症例写真提供:志賀隆先生 右の画像に後方Fat pad signがみられる)
レントゲン撮影で確認することは、「異常の有無」です。骨折であれば何らかの「異常」がみられ、肘内障であれば「正常」であることが確認できます。
肘の骨折の中でも多い撓骨頭骨折(とうこつとうこっせつ)のレントゲン画像では、変形や骨折線がみられます。また、骨折線がみられない場合でも“Fat pad sign”の有無により、骨折か肘内障かを見極めることができます。骨折すると、骨から脂肪層がはがれて肘関節に液体貯留が起こります。これがFat pad signであり、上部に掲載した症例写真では右側の画像にFat pad signがみられます。Fat pad signが確認できた場合、肘内障の整復を行うことは推奨できません。そのため、肘内障をみる医師には「肘のレントゲン画像を読むスキル」も必要です。
可能であれば発症後1日は公園など遊べる環境へ行くことや、保育園でのお外遊びを控えることが理想です。しかし、小さなお子さんに対して遊ぶことを制限するのは現実的には難しいことです。「可能な限り」あるいは「アクティブに遊びすぎない場所に行くという選択肢があれば」程度に考えるのがよいでしょう。
肘内障は輪状靭帯が発達していないことが原因で起こるため、基本的には8歳頃を過ぎるとほとんどみられなくなります。発症のピークは1歳未満から6歳頃であり、10歳を超える患者さんはほとんどみられません。しかし、当科には20歳を超えた大人の患者さんが来院されたこともあります。橈骨頭骨折を疑ったものの、レントゲン検査を行っても前項で述べたような異常はみられず、整形外科に紹介したところ肘内障と確定診断がつきました。
このような経験から、大人でも肘内障になることはあるといえます。
とはいえ、私が経験した症例は上記の1件のみであり、基本的には大人になって肘内障を起こすことはないわけではないものの、極めて稀であるといえます。
インターネットなどでは「肘内障になりやすい人は肘関節に歪みがある」という情報が見受けられますが、実際にはこのような事実はありません。もしも歪みがあるとしたら手術を行う必要がありますが、肘内障の患者さんに対して手術治療を行うことはありません。
肘内障になりやすい人とは、繰り返し述べてきたように輪状靭帯が未発達な子どもであり、成長と共に頻度は減っていきます。
一度肘内障を起こしているお子さんは、その後も何らかのきっかけで肘内障を繰り返してしまうことがあります。すると、当然ながら保護者の方は「一生治らないのではないか」と心配されてしまいます。しかし、輪状靭帯は成長に従って発達していくため、年齢が上がると共に確実に起こる回数は減っていきます。
実際の診察の場でも保護者の方に対して、「しばらくは再発の可能性があるものの一生付き合っていく病気ではないため、不安になりすぎず希望を持っていただきたい」とお伝えしています。
肘内障の予防としてできることがあるとすれば、「手を引っぱらないこと」にほかなりませんが、これは現実的には非常に難しいことです。手をつないで歩いていたお子さんが突然勢いよく走り出してしまうなど、ほとんどの肘内障は意図せずして起こります。
ただし、既に肘内障を起こしたことがあるお子さんをお持ちであれば、お父さんとお母さんお二人がお子さんの手を握って、体を持ち上げるといった動作は控えたほうがよいでしょう。
このほか、肘内障は転んだり肘を打つことでも起こるため、保護者の方が目を離した隙に発症することもあります。お子さんに転んだ様子があり腕が動かないようであれば、肘内障や骨折の可能性を考え、病院を受診しましょう。
また、多くの患者さんが夜間や休日など時間外に来院されることから、保育園や幼稚園など「肘内障」という病気や原因を知っている大人(保育士さんなど)が子どもをみているときには起こりにくいと考察することもできます。
ですから、まずは一般の多くの方に「肘内障」という病気があること、その原因や症状を知っていただくことが、肘内障対策の第一歩になるのではないかと考えます。
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