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膵がんの治療選択肢――切除不能局所進行膵がんに対する粒子線治療を中心に解説

膵がんの治療選択肢――切除不能局所進行膵がんに対する粒子線治療を中心に解説
寺嶋 千貴 先生

兵庫県立粒子線医療センター 医療部放射線科長兼放射線科部長

寺嶋 千貴 先生

目次
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膵がんはがんの大きさや転移の有無などの進行度によって治療方針が大きく分かれます。遠隔転移(がんが最初に発生したところから離れた臓器で発生すること)はないけれども手術で切除できない“切除不能局所進行膵(せつじょふのうきょくしょしんこうすい)がん”に対する治療には複数の選択肢がありますが、放射線治療もその1つです。その放射線治療の一種である粒子線治療(陽子線治療や重粒子線治療)は、X線による通常の放射線治療と比較して正常組織への影響が少なく、X線抵抗性のあるがんにも効果が得られやすいという特徴があります。

2022年4月1日から保険適用されることが決定した切除不能局所進行膵がんに対する粒子線治療を中心に、膵がんの治療選択肢について兵庫県立粒子線医療センター放射線科において放射線科長を務める寺嶋 千貴(てらしま かずき)先生にお話を伺いました。

膵がんは、がんの大きさや広がり、遠隔転移の有無などによって治療方針が分けられます。また、進行度に加えて、患者さんの全身の状態などから、手術、薬物療法、放射線治療を組み合わせて適切な治療を行います。

基本的に切除可能な膵がんについては手術で切除します。加えて、手術後に化学療法(抗がん剤治療)を行います。これは、膵がんの切除手術後に補助化学療法として抗がん剤治療を行うことによって、予後がよくなることが明らかになっているからです。

なかには切除前に放射線治療を行う場合もありますが、この場合の放射線治療はあくまで補助療法であり、切除可能な膵がんはできる限り手術で切除することが重要です。

切除不能局所進行膵がんに対してはいくつかの治療法がありますが、どの治療法がよりよいかはまだ確立されていません。現状では大きく分けて2つの治療法があります。

詳しくは、切除不能局所進行膵がんの治療選択肢の項目で説明いたします。

遠隔転移がある膵がんは全身の治療が重要であるため、化学療法を標準治療として行います。

切除不能局所進行膵がんとは、遠隔転移はないが周囲の重要な血管などにがんが広がっているために手術で切除しても取り切ることが難しく、再発率の高い膵がんの状態を指します。切除不能局所進行膵がんの治療選択肢は大きく2つに分けられます。以下では、それぞれの治療法についてご説明します。

CTやMRIなどの画像診断では遠隔転移のない“切除不能局所進行膵がん”であっても、ミクロな遠隔転移が潜んでいる可能性があり、後述する放射線治療の効果も明らかになっていないため、現時点においてはまず全身の治療である化学療法を行うことが標準治療とされています。特に最近では化学療法が進歩しており、化学療法によってがんが縮小し、切除が可能な状態にまでがんが小さくなることがあります。その場合には切除によって根治を狙うことができます。

化学療法はあくまで全身の治療であるため、がんが全身に広がっていない可能性が高い“切除不能局所進行膵がん”に対しては局所的に強い治療である放射線治療を行うことで、化学療法単独よりも予後改善が期待できる場合があります。放射線治療にはX線、粒子線治療(陽子線や重粒子線)などがあり、膵がんに対してもこれらが行われています。放射線治療の作用増強のために、原則的に化学療法の同時併用を行います。最近では放射線治療の前に一定期間の化学療法を行うことで、さらに治療効果が高まることが期待されています。

最近の化学療法の進歩はめざましく、“切除不能”膵がんであっても化学療法を行うことで“切除可能”膵がんと判断されるまでがんが縮小することが期待できるようになってきました。膵がんは切除できるなら切除を行うことがもっとも治療効果が高いと考えられますので、まず化学療法を行うという選択が重要です。

ただし、最初に行った化学療法が効かなければがんが増悪し、遠隔転移を起こしてしまう可能性があります。そうなると“局所進行”膵がんではなくなりますので、放射線治療(X線や粒子線治療)の適応ではなくなってしまいます。逆に先に放射線治療を行ってしまうと、たとえがんが縮小したとしても、放射線による組織障害が強く、切除ができなくなります。これらの点が実際に我々も悩む点であり、個々の患者さんでよく考えて適応を判断すべきだと考えています。

MN作成
がんに対する放射線治療

がん細胞は細胞分裂によって増殖します。細胞分裂する場合には必ず生物の設計図であるDNAの情報を元にタンパク質が合成され、DNAもコピーされます。放射線治療はこのDNAを破壊することで細胞分裂にエラーを起こさせます。細胞分裂にエラーが起こると、元の細胞も、分裂した細胞も両方とも正常な細胞の機能を持たず細胞が壊れてしまい、結果的に腫瘍細胞数(しゅようさいぼうすう)が減少し、腫瘍が縮小していきます。

放射線治療に使用される線源には、質量を持たない光子線(電磁波)の波長の一種であるX線と、質量を持つイオンを使う粒子線があります。治療に用いられる粒子線には陽子線と重粒子線があり、陽子線は水素イオンを、重粒子線は炭素イオンを加速器で加速させて体に照射します。

粒子線をはじめとする放射線治療では患者さんが治療台に横になり、体の外から放射線を当てる“外部照射”という方法が一般的です。数回に分けてさまざまな角度から放射線を照射し、なるべく正常組織を守りつつ、がん細胞のみを破壊します。

ご提供
深部線量曲線

粒子線はX線と比べてより集中的にがん細胞に放射線を当てることができるため、正常細胞への悪影響を抑えることが可能です。

陽子線と重粒子線には照射角度と照射範囲、生物学的効果の違いがあります。兵庫県立粒子線医療センターでの使い分けをどのように行っているかをお示しします。

陽子線は360度どこからでも照射できる“ガントリー照射”が可能である一方、重粒子線は45度刻みの照射に限定されます。最近、一部の施設では重粒子線治療でもガントリー照射が可能な機器が開発されていますが、まだ一般的とはいえません。

ご提供画像
陽子線と重粒子線の治療後の線量分布図

陽子線と重粒子線の治療後の線量分布図などを比較すると、重粒子線のほうが正常細胞へ及ぼす影響範囲を抑えられます。

兵庫県立粒子線医療センターは、陽子線治療と重粒子線治療をどちらも実施することができる施設です。治療前に陽子線と重粒子線の両方のシミュレーションを行い、線量分布(線量の集中性)や周囲正常組織への影響を検討します。その結果、より治療効果が期待でき、なおかつ副作用を抑えられると考えられるほうを選びます。

陽子線治療の照射回数

切除不能局所進行膵がん、および膵がんの術後局所再発の場合は5週間で25回照射を行います。

重粒子線治療の照射回数

切除不能局所進行膵がん、および膵がんの術後局所再発の治療は3週間で12回照射を行います。

陽子線治療や重粒子線治療を終了した後も、多くの患者さんが化学療法を継続されます。

切除不能局所進行膵がんに対する粒子線治療の生存期間は、20~24か月と報告されています。これはX線による放射線治療や化学療法を単独で行うよりも良好な結果であると考えられています。

  • 膵がんが切除可能と判断されている場合はできる限り手術での切除をおすすめしています。また、遠隔転移がある場合は粒子線治療の適応にはなりませんので、化学療法が優先されます。
     
  • 最近では、粒子線治療の前に化学療法を受けていただくことで、切除可能になれば切除を、切除に至らない場合には粒子線治療を行うという方法も提案することがあります。
     
  • 当センターでは、閉塞性黄疸(へいそくせいおうだん)*や胆管炎の治療のために胆管に金属ステントを入れている方は原則的に粒子線治療を受けられません。金属ステントが留置されている状態で粒子線治療を行うと、金属ステントが胆管の周囲組織を損傷して、非常に重篤な合併症をきたすことが多いからです。それを防ぐために、金属ステントをプラスティックステントに交換してから粒子線治療を受けていただくことは可能です。しかし、金属ステントは必ずしもプラスティックステントに交換できるとは限らないということはご了承ください。

*閉塞性黄疸:胆汁の通り道である胆管が腫瘍や胆石などによって閉塞してしまい、胆汁が体内に蓄積されてしまう状態。皮膚や眼球が黄色くなる、体がかゆくなるなどの症状が現れる。

従来、膵がんに対する粒子線治療は先進医療であったため医療費は全額自己負担でしたが、2022年4月1日より“切除不能局所進行膵がん”に対する粒子線治療が保険適用となりました。これに伴い患者さんの費用負担が1~3割に軽減されますので、経済的な理由から粒子線治療を諦めていた方に治療選択肢が広がることが期待されます。

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  • 兵庫県立粒子線医療センター 医療部放射線科長兼放射線科部長

    寺嶋 千貴 先生

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