医学部卒業前から
「ブラック・ジャックのように広い領域の外科治療ができる医師になれないか」
と憧憬をいだいていた私は、消化器外科に続いて呼吸器外科の修練を受け、その後カナダへの留学を果たします。
私がカナダに渡ったのは、1989年のことです。きっかけは、オーストラリアで開催された世界移植学会でした。学会の懇親会で、偶然隣合わせになったのは、カナダからやってきた医師。彼の話から私は、カナダでも肝臓移植が行われていることを知ります。
当時、日本では、京都大学の第2外科で肝臓移植を始めようとしている時期でもありました。
「肝臓移植の現場を、早くこの目で見てみたい」
そう思っていた私は、カナダに留学することを思い立ちます。日本人が少ない環境で勉強してみたいと望んでいた私にとって、カナダはうってつけの場所に思えたのです。
思い立った私は、学会で出会ったカナダ人医師の上司を紹介してもらうことができました。ファックスや国際電話でやりとりを続ける日々。
「来るのは構わないけれど、臨床に携われるかはわからない」
それが、カナダの移植チームのチーフの最終的な返答でした。
自主的な留学ということもあり留学費用もなかった私は、財団の奨学金に応募しなんとか留学費用を工面しました。
そうして念願叶って渡ったカナダでしたが、私は順風満帆とはいえない日々を送ることになります。
まず、カナダに行って早々に、「免許がなければ臨床に携わることはできない」と告げられました。私は「では免許をとります」と宣言し、研究に従事しながら、書類の準備などカナダで医師免許をとるべく行動を始めます。
しかし、当時のカナダでは外国人に医師免許を渡すことに大きなハードルがありました。アジア人への差別を感じるような場面が度々あり、スムーズに取得できないなか、何とか免許を取得することができたのです。
当時の私のボスは、免許をとったその日から、肝臓移植に携わらせてくれました。免許を取得していない頃から、何回か見学はしていましたが、実際に移植をするのは初めての体験でした。
日本にいた頃は、「欧米人の手術は荒っぽくて上手ではない」という評判を聞いていました。しかし、実際に彼らの移植を見て、その技術力の高さに驚きました。
念願叶い移植に携わることができるようになったものの、私はとにかく怒られっぱなしです。
「あんなに人生で怒られたことはない」
と今でも思うほど厳しい指導を受ける日々を過ごしました。嫌になりやめてしまう人も少なくありませんでしたが、私は最後までとことん食らいつき指導についていきました。そのおかげでしょうか。最終的には、上司や同僚にとてもかわいがってもらいました。彼らの指導には今でも感謝しています。
そうして人生に大きな影響を与えてくれた留学から戻ってきた私に、今度は思いもよらない道が開けます。カナダの留学から帰ってきたときには、すでに京都大学でも肝臓移植が始まっており、ちょうど軌道に乗り始めたくらいの時期であったと思います。
いろいろな事情が重なり、もう一度、消化器がんの手術をやり直すことになりました。当時、胆嚢摘出術ばかりでなく消化器がんにも腹腔鏡が導入され始めていました。1997年、当時腹腔鏡手術の第一人者のお一人、故大上正裕先生(慶應大学)が京都大学で講演される機会があり、大上先生の腹腔鏡への熱い思いに感化されました。
その翌年の1998年には、慶應大学で1週間手術を見学させていただき、大上先生から胆嚢摘出術の基礎を再学習するとともに、渡邊昌彦先生(現北里大学外科教授)には、私にとっては初めての大腸がん手術を5例見せていただきました。
1998年より勤務した国立病院機構京都医療センターでは、黒柳 洋弥先生(現・虎ノ門病院消化器外科 部長)と共に、腹腔鏡手術の研鑽を続けました。黒柳先生は、アメリカの腹腔鏡の第一人者である教授の元で学んだ医師です。そんな彼と苦労をともにし、目的のため腐心しました。
大学から教授の打診を受けたのは、ちょうどそんな頃です。教授を目指していたわけではなかった私にとって、これは予想外の道でした。
しかし、今、教授として後進の指導にあたることに、私は大きなやりがいを抱いています。教室の若い人たちを教育することにより自分も育てられていると感じることも少なくありません。素晴らしい人材に恵まれていることに感謝しています。
私は、若い人たちには、積極的に外の世界に出ていってほしいと思っています。チャンスがあるなら積極的に留学し、人との出会いを通じ成長してほしいと願っています。
私自身、人とのつながりを大切にすることで、自分の人生が豊かになったと感じています。お話ししたように、カナダへの留学では、それまでにない苦労もしました。アジア人への差別を身をもって体験しましたし、言葉が通じずに大変な思いもしました。
「日本にいたらこんなことはなかったのに」
そう思ったことも1度や2度ではありません。しかし、世界に出たことでいろいろな人と知り合うことができましたし、どんな苦労も最終的には喜びにつながったと思っています。今では、どんな経験も私の財産である。そう信じています。
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