病理診断とは、患者さんの体から採取した病変の組織や細胞からつくられた標本を顕微鏡で観察し、診断を行うことを指します。なかでも、甲状腺疾患においては、細い針で採取した細胞を観察し診断を行う穿刺吸引細胞診が行われており、ほかの臓器のように針生検を行うことはほとんどありません。
神戸にある甲状腺を専門とする隈病院の病理診断科では、穿刺吸引細胞診の精度向上に積極的に取り組んでいます。また、同病院のスタッフだけではなく、院外の医師や細胞検査士*への教育にも力を入れています。今回は、隈病院 病理診断科 廣川 満良先生に甲状腺疾患における細胞診の特徴や、同病院の取り組みについてお話しいただきました。
*細胞検査士:日本臨床細胞学会が認定した細胞診業務を専門とする臨床検査技師。以下、“細胞検査士”とある場合はこれを指す。
甲状腺の結節性病変では、基本的に、細い針で病変の細胞を採取する穿刺吸引細胞診を行います。穿刺吸引細胞診は、侵襲が少なく、短時間で行うことができるため、患者さんへの負担が少ないという特徴があります。特に、甲状腺は血流が豊富な臓器で、周囲に内頸静脈などの血管があったり重要な神経が走っていたりするので、針生検と比べて合併症が起こる可能性の低い穿刺吸引細胞診が一般的に行われています。
当院では、穿刺吸引の約半数を病理専門医*が担当しています。病理専門医が担当することで、より正確な診断のための質の高い標本の作製につながると考えています。
*病理専門医:日本病理学会が専門医として認める医師。以下、“病理専門医”とある場合はこれを指す。
当院の細胞診外来はシステム化されているため、スムーズに進む点が特徴でしょう。患者さんが細胞診外来にいらして、カルテを開き、超音波検査の結果を確認している間に看護師がセッティングし、2回程針を刺せば穿刺吸引が完了するようになっています。それら全ての過程が数分で完了します。
細胞診を行う際には必ず結節を超音波装置で確認しながら行います。診断に役立つ場所から正確に細胞を採取しなければ意味がありません。針先がどこにあるのか超音波装置できちんと確認しながら穿刺吸引を行うようにしています。また、超音波装置で確認することで、血管や神経を極力避けながら安全な採取を行うよう努めています。
当院独自の取り組みとして、細胞診の経験や知識を共有する細胞診レビューを行っています。
たとえば、珍しい症例や、教育的に経験したほうがよいと判断した症例、ミスが生じた症例などがあれば、どのような症例であるか説明をつけて提示することにより、細胞診業務に従事する全員が自分の症例として体験できるようにしています。それは集まって行うカンファレンス形式ではなく、それぞれが空いた時間に納得がいくまで標本やレビューを確認することができる体制にしており、個々人の知識やスキルの向上につながっていると考えています。
当院では、病理診断支援システムにさまざまな集計機能を設けています。たとえば、確認したい期間を入力すると、穿刺吸引を行った医師ごとに集計結果が出るようになっています。この集計機能を用いると、医師ごとの検体不適正率を出力することができます。目的の細胞が採取できていなかったり、作製された標本に血液が混ざりすぎてしまっていたりすると、正確な診断ができない“検体不適正”という判断がなされ、もう一度穿刺吸引細胞診をしなければいけないことになります。
検体不適正は、極力避けなければなりません。甲状腺癌取扱い規約では、検体不適正率は10%以下が望ましいとしています。したがって、この集計結果から検体不適正率が高いことが分かれば、該当する医師に指導を行い、検体不適正率が改善するようアドバイスを行っています。
当然のことではありますが、病理診断業務においては、検体をなくしてしまったり、検体を取り間違えてしまったりするようなミスはあってはなりません。
当院では、全ての検体に番号をつけて業務を行っています。その業務内容は、いくつか設置されたカメラで朝の8時から夜の9時まで自動的に撮影され、そのデータを保存する安全管理システムを構築しました。当院では、これをカメラ利用下トレーサビリティシステム(Camera Associated Traceability System : CATS )と名付けています。撮影された画像はサーバーに3か月間保存しておきます。仮に検体が途中で紛失するなど何か不測の事態があれば、サーバーの画像を確認することで、どこでトラブルが生じたのか分かるような体制を築いています。
細胞診の報告書には、吸引物の肉眼写真や顕微鏡写真など、患者さんへの説明に役立つような写真を掲載するようにしています。顕微鏡で診断しているときにカメラのスイッチを押すと、自動的にその患者さんの報告書に細胞の顕微鏡写真が添付される仕組みを作っているのです。患者さんへ結果を説明するとき、これらの写真を用いて分かりやすく伝えられるように工夫をしています。
また、たとえば、月曜日に細胞診を行ったレポートは必ず木曜日までに担当の医師に返すなど、きちんと業務日程を決めています。このように、検体を受け付けてから報告するまでの日数をターンアラウンドタイムといいます。それをあらかじめ定め、病院全体で共有することにより、個々の症例の問い合わせをしなくてもよい体制を築いています。診断業務には、集中力と高度な知識が求められます。少しでも注意がそれると診断がやり直しになったり、間違いが生じたりすることがあります。事前にスケジュールを組み、可能な限り診断業務の妨げとなる問い合わせがないような環境を築く工夫を行っています。
当院は、院内のみならず日本全体の甲状腺疾患における細胞診のレベルを向上させたいと考え、さまざまな取り組みを行っています。そのひとつに“神戸甲状腺診断セミナー(KKSS)”の実施があります。神戸甲状腺診断セミナーは、甲状腺疾患における細胞診の知識や技術を学び合うことを目指しています。
もともとは、私が当院に入職したときから個人的に開催していたものでした。その後、病院の行事のひとつとして開催するに至ったのです。このセミナーは毎年1回行われ、今年が14回目になりました。
今では、全国から、細胞検査士、病理診断に従事する医師や、外科や内科の医師が300人程参加してくれています。リピーターとして、何度も参加してくださっている方も少なくありません。
神戸甲状腺診断セミナーでは、講義と実習の2本立てでプログラムを組んでいます。講義は毎回テーマを決めて、それに沿った11個の議題を設け、それぞれ20分程の講義を行っています。
実習では、教育的に価値がある症例をピックアップし、それを参加者に見てもらうようにしています。超音波の画像や細胞診、病理組織診の標本を提示しながら、どのような症例であるか体系立ててお見せするようにしています。最近のセミナーでは、顕微鏡像をモニターに提示して、実際の標本の見方を解説するライブビデオチュートリアルも実施しています。
また、正確な診断につながるよう適切な標本をつくる指導を行うこともあります。甲状腺は血流の豊富な臓器です。そのため、上手に標本を作らなければ、血液の中に細胞が埋まってしまい、細胞が不鮮明に見え、正確な診断につながらないことがしばしばあります。適切な穿刺法や塗抹法については、教育用ビデオを作成し、当病院のホームページで公開していますので、そちらもご覧いただければと思います*。
これらは一例ですが、このように、当セミナーはより正確な診断につなげるための大切な教育の機会となっています。
当院の病理診断科では、学会発表や論文執筆のチャンスが豊富にあり、病理専門医や細胞検査士が世界的に活躍しています。甲状腺細胞診の分野で活躍したいと望む方には、それに応える環境が整っています。
また、外科医、内科医をできる限り支援するのが、当院の病理診断科の使命のひとつです。基本的には日常業務の診断に関する支援はもちろんのこと、学会発表や研究の支援もほぼ断ることなく、積極的に協力しています。
さらに、当院では“隈病院甲状腺病理細胞診教育コース”という研修を行っており、甲状腺の病理診断や細胞診について学びたい方を全国から受け入れています。なお、この研修には2日間コースと3日間コースがあり、それぞれ5,000円、7,000円の費用で参加が可能です。たとえば、細胞診外来や超音波検査の見学、標本作製の指導、細胞診標本の観察法の講義などを行っています。希望する方はぜひ一度お問い合わせいただきたいと思います。
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