概要
腸骨棘裂離骨折とは、骨盤の両側にある腸骨の突起部分が、ジャンプやキック動作により、剥がれるように骨折することを指します。腸骨の突起部分である腸骨棘には、スポーツを行うときに使われる重要な筋肉や腱が付着しています。そのため、腸骨棘は筋肉に引っ張られて裂離骨折を起こしやすい骨のひとつとして知られています。なお、腸骨棘裂離骨折は一般的には、腸骨棘剥離骨折とも呼ばれています。
腸骨棘には、前腸骨棘と下前腸骨棘の2つがあります。それぞれの腸骨棘には次の筋肉が付着しています。
- 上前腸骨棘:太ももの大腿筋膜張筋、縫工筋という筋肉が付着しています。大腿筋膜張筋は、股関節を曲げたり膝関節を伸ばしたりするときに使われる筋肉です。縫工筋は、股関節を曲げる、外旋させる、膝関節を曲げるといった動作に関わる筋肉です。
- 下前腸骨棘:太ももの前側にある大腿直筋が付着しています。大腿直筋は、大腿四頭筋という、太ももの4つの重要な筋肉のひとつであり、股関節を曲げたり膝関節を伸ばしたりする動作に関わっています。
このように、上前腸骨棘と下前腸骨棘では付着している筋肉の役割が異なるため、裂離骨折の原因となる動作も異なる傾向があります。
原因
上前腸骨棘裂離骨折、下前腸骨棘裂離骨折は、いずれも成長期にあたる子どものスポーツ活動中に起こりやすいことで知られています。
なぜなら、成長期の子どもの腸骨には骨の成長に関わる骨端線が残っており、成人の腸骨に比べて強度が弱いからです。骨端線は成人身長になると閉鎖するため、裂離骨折なども起こりにくくなります。
また、成長期には骨の非常に早い成長に筋肉や腱の成長がついていけず、一時的に筋・腱の相対的な短縮状態に陥ります。このため、上・下前腸骨棘のような筋肉が付着している部分により大きな力が加わりやすいことも原因として挙げられます。
上前腸骨棘・下前腸骨棘の裂離骨折は、それぞれ次のような動作が原因で起こる傾向があります。
上前腸骨棘裂離骨折の原因
短距離走などでのスタートダッシュがきっかけとなることがあります。ダッシュの動作により大腿筋膜張筋や縫工筋が急激に収縮するため、上前腸骨棘が強く引っ張られて骨の一部が剥がれ、裂離骨折に至ることが多くなっています。
下前腸骨棘裂離骨折の原因
サッカーなどでのキック動作により、大腿直筋が急に収縮して起こることがあります。
このほか、どちらの腸骨棘の裂離骨折も、ランニング、ジャンプなど、筋肉の急激な収縮を伴う動作が原因となることがあります。
症状
主な症状は骨折した直後から現れる痛みです。痛みは強く、歩いたり立ち続けたりすることが難しくなります。
上前腸骨棘裂離骨折と下前腸骨棘裂離骨折では、痛みが現れる部位が次のように異なります。
- 上前腸骨棘裂離骨折:腰に手を当てたときに指で触れられる出っ張りの部分が上前腸骨棘です。この出っ張りの部分に痛みが生じます。
- 下前腸骨棘裂離骨折:上前腸骨棘よりやや下の鼠径部が痛みます。
検査・診断
問診
中学生や高校生などの成長期にある方が、スポーツ活動中に股関節あたりの痛みを訴え動けなくなったという場合、上前腸骨棘裂離骨折、下前腸骨棘裂離骨折の可能性が高いと考えて診察や検査が行われます。そのため、症状が現れたときの状況(何をしていたか、どこに痛みを感じるか)を医師に詳しく伝えることが診断に役立ちます。
画像診断
上前腸骨棘裂離骨折、下前腸骨棘裂離骨折が疑われる場合、基本的にレントゲン検査が行われます。レントゲン写真で、腸骨棘の一部が剥がれている様子を確認できれば診断をつけることができます。
骨折部位周辺の状態などをより詳しく調べるために、CT検査なども追加で行われることがあります。
治療
上前腸骨棘裂離骨折、下前腸骨棘裂離骨折では、多くの場合保存的な治療(手術を伴わない治療)が選択されます。
保存的治療
裂離骨折の保存的治療とは、手術を行わずに安静や冷却、固定などを行いながら、骨が自然にくっつくこと(癒合といいます)を待つ治療法です。
痛みが生じにくい姿勢をとり、患部を動かさないよう安静にして冷却します。冷却は炎症を抑える目的で行われます。
スポーツ復帰まで
患者さんの状態に応じて、徐々に松葉杖などを使った歩行を始めます。歩くときの痛みがなくなってから、股関節を動かす可動域訓練や筋力訓練を開始します。
典型例の場合、4週間~6週間でジョギングなどの軽い運動を再開することができ、2~3か月後にはスポーツ復帰できることが一般的です。
手術
骨片が腸骨棘から大きく剥がれてしまっている場合など、自然な骨癒合が難しいと判断される場合には、手術により剥がれた骨を正しい位置へ移動し、固定することもあります。
再発や悪化の予防
骨折後、骨癒合が十分でないときや筋力が低下している状態のときに、無理をして患部を使ってしまうと再発や悪化の原因になります。筋力訓練や可動域訓練は、主治医やリハビリテーションを行う医療者の指導を受けながら慎重に行っていきましょう。 スポーツ復帰後は、再発を防ぐために十分なストレッチを行うことも大切です。
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