日本の首都である東京都のたばこ対策は、諸外国や国内の他都市に比べ、著しく遅れていることで知られています。たとえば、東京都庁本庁舎や東京都議会の敷地内では一部喫煙が認められており、たばこを吸わない職員や都民の受動喫煙被害などが問題視されています。
果たして、喫煙の権利とは他者の身体や生命を害してまで認められるものなのでしょうか。
東京都医師会会長の尾崎治夫先生に、東京都のたばこ対策の現状と受動喫煙防止条例制定の見通しについてお伺いしました。
現在、東京都医師会では健康寿命延伸のため、疾病予防に有効なたばこ対策を推し進めています。しかし、都市をあげたたばこ対策とは、関係団体がその重要性を理解し、一丸となって取り組んでいかなければ実現し得ないものです。
日本の首都であり2020年のオリンピック・パラリンピック開催都市でもある東京都の受動喫煙対策は、残念ながら遅れていると言わざるを得ません。47都道府県の各庁舎における受動喫煙対策を調査したデータでも、東京都の順位は低いものに留まっています。たとえば、東京都庁の職場敷地内には複数の喫煙室があり、なかには禁煙スペースにまで煙が届く構造のものもあります。
さらに、東京都議会では事務室や委員会室内での喫煙が容認されています。そのため、非喫煙者の都職員が喫煙者の都議会議員のもとへ政策説明などのレクチャーに行く際などには、職場における不可避的な受動喫煙が生じています。
若い世代の喫煙率が減少している今、こうした受動喫煙被害から若手職員らを守っていくことが私たちの役割であると感じています。
過去には東京都の内部でも屋内禁煙を主張する声と分煙を主張する声があり、都全体の方針は分煙となっていました。この方針が見直され、都がより厳格なたばこ対策へと乗り出す転機となったのは、2016年の東京都知事選です。新たに東京都知事に就任した小池百合子氏は受動喫煙防止条例の制定に積極的であり、東京都のたばこ対策には追い風が吹き始めているといえます。
2017年3月には一般質問の場で医師出身の都議会議員である和泉武彦氏により、受動喫煙防止対策に対する都知事の見解の明示が求められました。この質問に対し、都知事は改めて調査を行い、具体的対策への準備を加速させる考えを示しています。
2017年7月には都議会議員選挙が執行される予定です。東京都医師会は、罰則付きの受動喫煙防止条例・法律の成立を実現させるため、我々が考える禁煙推進に賛同する候補者を推薦したいと考えています。
東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年は、受動喫煙防止条例施行のひとつの目安時期となっています。国際オリンピック委員会(IOC)は「健康的なスポーツと健康に有害なタバコは相いれない」という考えに基づき、オリンピック開催都市の原則禁煙を求め続けており、1988年のカルガリー大会以降、全ての開催都市(国家)で受動喫煙防止法が制定されてきました。
しかし、オリンピックが開催される2020年の施行を目標としていては、2019年に東京都を含む日本の各都市で行われるラグビーワールドカップには間に合いません。
ラグビーワールドカップ開催時に受動喫煙防止の法的整備を施行するためには、今期議会で法案を成立させる必要があります。
東京都医師会は、現在国レベルでの法的整備に向けた取り組みを行っています。仮に国をあげた法的整備が迅速になされなかった場合には、まず東京都での受動喫煙防止条例の制定が実現するよう、東京オリンピック・パラリンピック開催に向けて都知事と協力していく所存です。
また、本項では多くの訪日旅客を受け入れる立場としての視点から受動喫煙防止対策を実施する必要性について記しましたが、これらの取り組みはオリンピック等の有無に関わらず、国民の生命と健康を守るために行われねばなりません。
日本のたばこ対策は世界標準に比べ、大きく遅れています。(詳しくは次項をお読みください。)一時的な受動喫煙対策で終わらせてしまうことなく、ラグビーワールドカップおよび東京オリンピック・パラリンピック開催を機に、国際基準に合わせていくという姿勢を持つことが重要です。
日本は、2004年にWHOが策定したFCTC(たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約)に署名しています。FCTCとは、第56回世界保健総会において採択されたたばこ規制に関する多国間条約であり、現在の締結国は180か国となっています。
2007年に締結国会議で採択されたガイドラインには、各国で条約が発効してから5年以内に、屋内の職場や公共の場、公共交通機関において有効な受動喫煙防止対策を実施するよう求めるとの旨が明記されています。日本を除く多くの締結国は条約を遵守しており、早々に屋内完全禁煙法の制定などを終えています。
ところが、日本では各省庁の方向性が合致しておらず、ガイドラインに示された期限である2010年を大幅に超過した2017年現在においても、有効な受動喫煙対策法は制定されていません。これは、国際条約不履行ともいえる行為なのではないでしょうか。
アメリカはFCTCには批准していませんが、各州が独自に受動喫煙を防ぐための厳しい法整備を敷いています。
たとえば、カリフォルニア州では建物から20フィート(約6m)以内の場所での喫煙が禁じられています。そのため、日本のようにベランダで喫煙することはできません。
このことからも、日本と世界のたばこ対策状況の差異がおわかりいただけるでしょう。
たばこによる健康被害を防ぐためには、法整備と共に喫煙者の禁煙を促すための措置をとることも重要です。これは、受動喫煙被害を減らすだけでなく、喫煙している人自身の生命と健康を守ることにも直結します。
喫煙者を大幅に減少させる最も効果的な方法は、たばこの値上げであると考えます。
現在日本ではたばこは1箱400円程度で購入できますが、世界標準である800~1,000円に値上げすることができれば、喫煙者は現在の約半数にまで減ると試算されています。
たばこの値上げに関する議論の際には、必ずといってよいほど税収減を懸念する声があげられますが、段階的な値上げを実施したタイのデータによると、税収はほとんど変わりません。
たばこ税には(1)国たばこ税(2)たばこ特別税(3)道府県たばこ税(4)市町村たばこ税があり、5:5程度の割合で国と地方それぞれに配分されます。
私の地元である東久留米市では、約170億円の市税収入のうち市たばこ税が6億円という大きな額を占めています。このことからもわかるように、たばこ税を貴重な財源と考えている自治体も多く、たばこの値上げや禁煙推進に消極的な姿勢を示す地方議員も多数います。
しかし、たばこによる健康被害や依存性の高さは科学的根拠をもって明らかにされており、日本では喫煙が成人死亡の決定因子第1位となっています。死亡を含む健康被害を与える商品を広く国民に売り、自治体運営のための重要な財源とする姿勢そのものに、私は大きな疑問を感じています。
また、喫煙を法律や条例で制限することに対し、喫煙の権利や喫煙の自由を主張する声があがることも多々あります。これは、たばこは嗜好品であり、喫煙すること、やめることは本人の自由意思に任されるという発想に基づく主張だと考えます。
しかし、昭和45年(1970年)に最高裁判所により以下の判決がなされており、上記の理屈は通用しません。
【喫煙の自由に対する制限 最高裁判決昭和45年9月16日】
「喫煙の自由は、憲法13条の保障する基本的人権の一に含まれるとしても、あらゆる時、所において保障されなければならないものではない。」
ご存知の通り、憲法13条は幸福追求権と公共の福祉について規定しています。上記の判例は、喫煙の権利は幸福追求権の一種として認められるものの、公共の福祉に反する場合には制限に服しやすいものであると解されており、たばこによる健康被害や依存性が科学的に証明された今日では、他人の生命や身体、健康を侵害する場合、喫煙の自由は制限される必要があると解釈されています。
(参照:https://www.tokyo.med.or.jp/nosmoking/docs/no_smokingQandA.pdf 東京都医師会タバコ対策委員会 Q&A )
この判例からも、法整備などによる受動喫煙防止のための介入は認められてしかるべきといえます。
東京都医師会は、本記事に記した見解のもと、地区医師会や歯科医師会、薬剤師会など、関係する医療団体と連携し、禁煙推進に積極的に取り組んでします。
次の記事では具体的な禁煙推進活動や、たばこの害から非喫煙者だけでなく喫煙者を守るために地域の医療者にできることをお話しします。
2019年1月19日に「救急電話相談の現況と展望 ~救急看護・救急医療の新たなフィールド~」を下記のとおり開催させていただくことになりました。
■概要
救急安心センター事業(救急電話相談)における 事業の質改善 や 看護師教育 は これまでも行われてきましたが、事業の全国展開が進む昨今にあっては 医師・看護師・運営事業者・自治体を包括した、更に統合的な取り組みが求められます。
本会では、
・各団体における試みにつき意見交換することで 更なる向上に繋げること
・とくに相談看護師のスキルとはなにかを明らかにし、専門性のあり方を検討すること
を目的とします。
■日程・会場
日程:2019年1月19日 12時30分~17時00分
会場:東京都医師会館2階講堂
※参加費は無料です。当日直接会場までお越しください。
■主催:日本臨床救急医学会・日本救急看護学会
共催:東京都医師会
■URL
東京都医師会 会長、おざき内科循環器科クリニック 院長
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