飛び出した椎間板に神経が圧迫され、腰や下肢などにしびれや痛みなどが生じる腰椎椎間板ヘルニア。背骨が曲がって動きにくくなるなど、日常生活を送るのが大変なほどの痛みが現れる場合もあります。治療については服薬や手術が検討されますが、それでも痛みが残る場合もあります。今回は、腰椎椎間板ヘルニアの概要や治療、治療を行っても残る痛みに対する“脊髄刺激療法”について、ひらまつ病院 麻酔科 中央手術部部長である平松 利章先生(麻酔科標榜医)にお話を伺いました。
背骨をつなぐクッションの役目をしている椎間板の一部が突出し、背骨の中を通っている神経を圧迫することで腰やお尻の痛み、下肢のしびれなどが生じる病気です。加齢や腰に負荷がかかるような姿勢での作業、喫煙などで起こりやすくなると知られています。
治療法としては、コルセットの着用や消炎鎮痛薬(炎症と痛みを抑える薬)の内服、神経ブロック注射などによる保存的療法が挙げられます。ストレッチや筋力強化訓練などの理学療法を行う場合もあります。これらの治療で改善がみられない場合や下肢の脱力、排尿障害がある場合は手術をして圧迫の原因を取り除く治療を行いますが、手術後も痛みが残るケースもあります。
保存療法や手術療法を行っても残る痛みに対しては、脊髄刺激療法(SCS)という選択肢があります。海外では40年前から行われており、日本では1992年に保険適用となった治療法です。
脊髄刺激療法とは、脊髄(背骨の中を通る太い神経)に微弱な電流を流すことで痛みを和らげる治療法です。通常、皮膚などで感知した刺激は電気信号として末梢神経から脊髄を通り、さらに脳に伝わってはじめて「痛い」と感じます。この痛みが脳に伝わる前の脊髄に微弱な電流を流すと、本来の刺激による電気信号が伝わりにくくなり、結果痛みが軽減するという仕組みです。
脊髄刺激療法では、硬膜外腔(脊髄を覆う硬膜の外側にあるスペース)に、背中からリードという導線を挿入します。加えて、お尻や腰など目立たない部分にジェネレーターという小さな刺激装置を植え込んでリードと接続し、電気刺激を送ります。
リードを挿入する際に医師が電気刺激の流れ方や強さを調節しますが、お渡しするコントローラーを使えば患者さんご自身で簡単に調節可能です。痛みが強いときは電気刺激を強めにしたり、使用しない場合は電源を切ったりすることもできます。なお、電気刺激と聞くと痛い治療を想像される方もいるかもしれませんが、流すのは弱い電流であり、患者さんが感じるのは“トントン”*という心地よい範囲の感覚であることが多いです。
*感じ方には個人差があります。
痛みの感じ方に個人差があるように、脊髄刺激療法の効果も個人差があるため、トライアル(お試し)期間・本植え込みの二段階にわけて治療を行います。トライアルではリードのみを挿入し、電気刺激は体外から与えます。痛みの軽減が実感できた場合はジェネレーターの植え込み(本植え込み)へと進みますが、期待した効果が得られなかった場合はトライアルのみで終了し、リードは抜去します。
本植え込みでは皮膚を切開しますが、トライアル期間のみの場合に残る傷跡は針の穴程度なので、不必要な傷を体につけずに済みます。
薬物療法の場合、薬の効果が切れると再び痛みを感じますが、脊髄刺激療法の場合はリードを埋め込んでいる限り痛みを和らげる効果が持続します。痛みの原因となる病気の進行具合によっては効果が得にくくなる可能性もありますが、基本的に薬物療法のように数時間で効果が切れるようなことはありません。
脊髄刺激療法は、痛みの程度に合わせて患者さんが自ら電気刺激の強弱を調節できるのが特徴です。実際の痛みやつらさは患者さん本人にしか分からず、薬の効き目や合う・合わないにも個人差があります。その点、脊髄刺激療法はトライアルで効果を試せる治療法であり、本植え込みした場合は自身で痛みのコントロールをすることが可能です。
痛みが和らぐことで通院回数や服用する薬の種類を減らせる可能性があるため、QOL(生活の質)の向上が目指せます。なお、服用している薬がある場合は相談が必要ですが、治療不可となるような特定の病気はありません。
脊髄刺激療法は、腰椎椎間板ヘルニアそのものの治療法ではないため、病状が進行する可能性は残ります。また、痛みを完全に取り除く治療でもなく、あくまでも“生活に支障がない程度に痛みを和らげること”を目標として行うものであることをご理解いただく必要があります。
リードを埋め込む際に血腫と呼ばれる血の塊ができる可能性があります。また、皮膚の表面を傷つけるので感染症も起こり得ます。そのほか、激しい運動などにより挿入したリードの位置が変わった場合は、再手術を検討することになります。
当科では慢性的な痛みに悩まされている患者さんと「これからどのように治療を進めていきたいか」というお話をしながら、脊髄刺激療法を行う提案をして、実施を決定します。
当科では、まず診察を行って腰のX線とMRIを撮ります。脊髄刺激療法の適応となるかどうかを判断し、実施が決定した場合は採血や心電図などの一般的な手術前の検査を行います。手術前日に入院をしていただき、トライアル当日は局所麻酔下で30分程度の手術を行います。手術後は1~2週間程度リハビリテーションでいろいろな動きをしていただき、痛みの軽減が実感できるかどうかを確認していただきます。
本植え込みは局所麻酔+鎮静下で行い、所要時間は1時間半前後です。基本的にほとんど眠った状態で行いますが、患部の状態によっては電気刺激の位置を確認するために手術中に少し目を覚ましていただくこともあります。
本植え込み後は1週間ほど経過観察し、問題がなければ退院となります。退院後は月1回程度の頻度で受診をしていただき、機器の動作確認や電気刺激の調節を行います。通院頻度に関しては、特に問題がなければ間隔を空けられるようになります。
植え込みをした直後はジェネレーターの位置が変わることがあるので、6週間ほどは大きく手を上げるなどの動作は避けていただいています。それ以外に気を付けていただくことは特にありません。飛行機の搭乗や携帯電話の使用も制限はなく、ジェネレーターの電源を切ればMRI検査*も可能です。当科では充電式の機器を使用しているので、電池交換をする必要もありません。
*MRI検査時には植え込み後に渡される脊髄刺激療法手帳などを提示し、適合性を確認する必要があります。
脊髄刺激療法は保険が適用される手術であり高額療養費制度を利用すると、費用の負担は自己負担限度額までとなります*。たとえば70歳以上で現役並み所得者(月収28万円以上、課税所得145万円以上など窓口負担3割の方)の場合、自己負担限度額は44,400円、70歳未満で53万円以上の月収がある方の場合、83,400円となります。
*別途加入している公的医療保険への申請が必要となります。
薬物療法や手術療法で痛みが改善せず「我慢するしかない」と考える方もいらっしゃるかもしれません。日本ではまだあまり普及していないものの、脊髄刺激療法という選択肢が残っていることをまずは知っていただきたいです。脊髄刺激療法は効果に個人差があるため、トライアルを実施してみないと不明な部分がありますが、手術という言葉から連想されるような、体に大きな負担がかかる治療ではありません。
これまで脊髄刺激療法についてご存じなかった方は、新たな選択肢の1つとして、まずはお話だけでも聞いていただければと思います。
医療法人ひらまつ病院 副理事長/中央手術部 部長
平松 利章 先生の所属医療機関
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