患者さんがくじけることなく継続可能な乳がん治療の提供を目指して

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患者さんがくじけることなく継続可能な乳がん治療の提供を目指して

患者さんの思いに寄り添う姿勢を大切にする井手 佳美先生のストーリー

菊名記念病院 乳腺外科 部長
井手 佳美 先生

「人を救う職業に就いてほしい」――家族の影響で医師の道へ

私が医師になることを考えたのは、女性として結婚や出産をしても仕事を続けていくには資格を持って働ける職業に就くのがよいのではと、両親から助言を受けてきたことが影響していると思います。ほかにも、理系の科目が好きだったことや、人を相手に仕事をしたいと思ったことなどがあり、複合的に考えて大学受験前に医師を志しました。

子どもの頃は飛行機に憧れがあり、パイロットや飛行機の設計に関わる仕事に就きたいと思っていた時期もあります。しかし、今は亡き祖父から「飛行機は戦争のイメージが……」「人を救う職業に就いてほしい」と言われて、何となく口にすることができなくなっていました。言葉にしなくなると、志す気持ちも薄れてくるものですね。祖父が言う“人を救う職業”とは恐らく医師のことを指していたのでしょうから、医師を選んだことには祖父の希望も影響していると思います。

乳腺外科で出会った恩師が医師としての目標に

私が医学生だった頃は、専門とする診療科は卒業と同時に決める時代で、ポリクリ(臨床実習)といって見学をした診療科の中から選択する方式が取られていました。迷った診療科は、外科、眼科、循環器科です。その中でも、手術を受けた患者さんが「先生、ありがとう」と言って退院されていく様子や、短い期間で診療を行う短期決戦型の治療スタイルに惹かれたので、最終的に外科を選びました。

外科から乳腺外科に専門領域を絞ったのは、医師になって6年目のことです。研修先の豊橋市民病院でご指導いただいた吉原 基(よしはら もとい)先生(現・公立西知多総合病院)のような医師を目指したいと思ったことがきっかけでした。

吉原先生は、外科全般の手術をこなしながらも乳腺外科の診療に部署内で1番精通しており、乳がん領域の知識も豊富で、同僚や先輩からとても頼りにされていました。その姿を間近に見ていた私は、体力が少ない女性としては乳腺外科を勉強して自分の得意分野を持つことは強みになるし、周囲からも重宝される存在になれるのではないかと考えました。

私の人生に影響を与えてくれた方々

今でも困ったときには相談に乗ってくださっている吉原先生をはじめ、医師になってから多くの恩師や先輩方との出会いがありました。私がまだ乳腺を専攻していない頃、手術のたびに大学から来て、術前の皮膚切開の部位など細かな配慮事項についてもご指導くださった小倉 廣之(おぐら ひろゆき)先生(現・浜松医科大学医学部附属病院)。

「先生に会いたい、と患者さんに思ってもらえるようにならないと。患者さんが病院に来なくなったら治癒率は下がるんだから」と印象的な方法で説明してくれたのは、西村  誠一郎(にしむら せいいちろう)先生(現・静岡県立静岡がんセンター)。確かに、定期的にお薬を取りに受診してもらえれば患者さんの乳がんの治癒率向上につながるため、私もなるべく“安心して診察を受けてもらえる医師”になろうと心がけています。

初めてお会いしたときに太陽のような温かいオーラを感じた“スーパーママドクター”の明石 定子(あかし さだこ)先生(現・昭和大学病院)。驚くべき求心力と鋭い洞察力をお持ちの中村 清吾(なかむら せいご)先生(現・昭和大学病院)。大学院時代にお世話になり、数々の人生の教訓とともに博士号取得へ導いてくださった瀬藤 光利(せとう みつとし)先生(現・浜松医科大学)。瀬藤先生に共にご指導を受け、共著論文も複数作成し、経済学や社会学にも明るい医師の夫。日々、出会う人たちに助けられて生かされていると思っています。

治療効果を損なわずに患者さんの希望をかなえたい

乳腺外科の手術は、外科の手術としてはそれほど難しくないと思っています。ただし、複数の治療法を組み合わせる“集学的治療”が行われることが多いので、ほかの治療法との組み合わせや、どのように生活に組み込んでいくか、患者さんの事情を考慮して受け入れてもらえる方法を提示できるか、長期にわたる術前術後の補助療法をどう支えていくかを考えなければなりません。

患者さんにとって治療がストレスとなる事実は変えられませんが、なるべく病院に来るのが億劫(おっくう)にならないよう、何とか患者さんが頑張れる提案をしたいと思っています。昔は“お医者さま”という言葉に代表されるように、医師の指示が絶対とされるような風潮がありましたが、今は変化してきています。私は、そんな絶対的な指示力を持った医療とは対照的な、柔軟性があって治療効果の損なわれない治療法を考えるとき、クリエイティブな感覚にやりがいを覚えます。患者さんの生活スタイルや希望を組み込みながら、ご納得いただける治療をいかに提案できるかということです。

以前、大きな乳がんのある患者さんに、乳房を残したいなら部分切除よりも全摘して乳房再建(失われた乳房を再建する手術)をしたほうがよいと提案したことがあります。しかし、患者さんは「どうしても自分の乳房を残したい」と言うので、再手術の可能性などさまざまな危険性について詳しく説明したうえで部分切除を行いました。その結果、がんを取り除くとともに乳房の形も可能な限り残すことができ、できあがりを見て自分でも驚きました。こんなふうに、患者さんから教えていただき、新たに認識が変わることもあります。

乳房の形は細部までのこだわりを大切に

乳房の形にどこまでこだわるかということも、乳がん治療を行ううえでは重要だと考えています。たとえば、女性の乳房は臥位(がい)(寝た状態)と座位(座った状態)では形が違います。寝ると外側に垂れ、座ると下側に垂れるからです。手術は臥位で行うので、起きたときの形が正確には分からなくなります。そこで私は、座位と臥位では乳頭が体の真ん中のラインからどれくらい動くかを術前に測定し、それを考慮したうえで手術台の上で形の度合いを見るように努めています。

(わき)のリンパ節を切除する手術では、正面から見えにくいよう大胸筋の外側に傷を入れるようにしますが、寝た状態では後ろに入れたつもりの傷も、起きたら意外と前に来てしまうことがあります。私の場合は術前に、ポイントになる箇所を医療用のペンで書いて対策を取っています。本当に細かなことですが、時間を取って忘れずに行うようにしている工程です。

診察は患者さんと並んで語り合うような気持ちで

乳房の薄い部分にできたがんの場合、多くは切除後に変形が強くなることが一般的です。それでも手術後に、患者さんから乳房の形について「想像していたより全然変形しなくて、嬉しかった」と言ってもらえると、私もとても嬉しいです。術前に悩んでいた患者さんが、術後のでき栄えに満足してくださり、術前から術後の治療経過をパワーポイントにまとめて持ってきてくれたこともありました。「迷っている患者さんがいたら、私が手術した患者さんはこんなにうまくいきましたよ、って見せてあげてください」と言ってくれたのをよく覚えています。もちろん、見た目のでき栄えは治療効果とはまったく関係ないのですが、プラスアルファの部分にも寄り添う気持ちを大切にしています。

もう1つ、医師として大切にしているのは、患者さんとお話しするときの姿勢です。担当する患者さんとは向かい合って話をすることが多いですが、いつも横に並んで時々顔を覗き込みながら話しているような気持ちでいます。

診療、手術、緩和ケアなど、さまざまな治療が患者さんの人生の側面にあり、私が存在することが患者さんの人生にプラスになっていることが存在意義だと考えています。「そうあるべきで、そうあらねばならない」というような使命感にも似た自負が、私が医師を続けていくうえでの原動力です。

自分の経験が患者さんの理解に役立つ医師という仕事

人から必要とされる職業は世の中にたくさんあり、医師はそのうちの1つだと思っています。だから、特に“医師になってよかった”と思うことはありませんが、“働いていてよかった”と思うことは度々あります。共働きの女性が増えているなか、患者さんの境遇をより深く理解できるからです。乳腺外科を受診する患者さんにはお子さんのいる女性も多く、私も子どもの世話をしながら自分の治療の時間を作る大変さは共感できますし、年を重ねて更年期症状に悩まされている方にも寄り添うことができています。

自分も女性として年を重ねていくこと、社会で仕事を持っていること、母であり妻であることなどが、患者さんの背景の理解に直結して役に立っているという実感があります。おかげで自分の加齢を肯定できるという点でもありがたいなと思っています(笑)。自分の人生の経験が患者さんの役に立つ特殊な職業であることは、医師という仕事の醍醐味です。

若手の医師の皆さんへ

私は後輩の医師と話をするとき、私自身のやり方や経験と、エビデンスに基づいた遵守していかねばならない事実とを適切に分けて伝えるように心がけています。このような考え方は、異なる環境で育ってきた医師同士が良好かつ有用な同僚関係を築くのに大切ですし、患者さんに治療法を提供するうえで、“譲ってよいこと”と“推し進めなければならないこと”とを区別しながら、患者さんに受けいれてもらいやすい治療方法を提供することにつながると考えています。

臨床の現場では、医師だけでなくコメディカルなどのスタッフも含めて目的を共有するようにしてほしいと思っています。自分たちの目的は患者さんの状況を好転させることにあるのだと、一人ひとりの役割に落とし込んで考えられるとよいですね。仕事に負荷がかかったとき「どこが駄目だった」「誰のせいだ」と責任の押し付け合いにならないよう、全員が同じ方向へ向かっていると理解することが重要です。

後輩の医師の皆さんにはいつも「私が病気になったら、この先生方に治療してもらうことになる」という思いで接しています。どの診療科に進むことになっても、ぜひ成長を続けていってほしいと思います。

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