手術をしたらおしまい、の外科医にはなりたくない!

東京都済生会中央病院 呼吸器外科 部長
梶 政洋 先生

手術をしたらおしまい、の外科医にはなりたくない!

外科医として技術を磨きながら、とことん患者さんと付き合う梶政洋先生のストーリー

公開日 : 2017 年 07 月 05 日
更新日 : 2017 年 07 月 14 日

技術的な貢献で人の役に立ちたい。選んだのは、外科医の道。

「自分も医師になり、人の役に立ちたい!」

幼い頃に出会った医師に憧れを抱き、そう思ったことを覚えています。漠然と「将来は人の役に立ちたい」と思っていた私にとって、病気の患者さんを治療する医師は、まさにその願いを叶えるにふさわしい存在でした。

その一方、私は幼い頃から高校球児であった父の影響で野球に力を注いでいました。ポジションはピッチャー。野球は大学まで続けるほど熱中していましたし、プロ野球選手に憧れたこともあります。

小学校で同じチームでエースピッチャーを争っていた同じ左腕の同級生は、プロ野球に入って大成しました。彼は、今ではパ・リーグ 福岡ソフトバンクホークスの監督にまでなっているのですが、「自分も野球の道を選んでいればどうなっていたかな」と夢想することはあります。

しかし、実際のところはプロ野球選手になるほどの自信はとてもありませんでした。一生の仕事としてやりがいのある仕事は何かと煎じ詰めて考えていった結果、最終的に選択した職業、それが幼い頃から夢に描いた医師だったのです。

なかでも外科医を選択した理由は、技量を磨くことによって直接患者さんに貢献したいという思いがあったからです(もちろん、外科医以外であっても医師は皆そうなのでしょうが、外科医は特に技術的な要素が強いと感じていました)。

技術を磨き、手術により直接患者さんを治すことができる外科医こそ私の目指す医師の姿だと思い、強い憧れを抱き外科医になることを決めました。

外科医は最初に色々な分野を広く修行してから専門を選ぶのですが、学生時代から憧れていた恩師であり、呼吸器外科の泰斗(たいと:その道の大家)である正岡 昭教授の門を叩きました。特にがんの治療に携わりたいという思いから、肺がんの治療を専門とする呼吸器外科を選択します。

研究よりも臨床が好き。何よりも患者さんを直接治療したい。

当初から「直接患者さんの手術に携わって貢献したい」という強い思いはあったものの、研修医にはまだ執刀できるほどの技術も手術をする機会もありません。

また、外科医の仕事は手術だけで終わりではなく、術後の患者さんの管理、特に運悪く合併症を起こしてしまった方の治療や、がんが再発してしまった方、さらにはがんが進行し終末期に入ってしまった方の診療にあたることがとても大切です。

テレビで観る外科医の仕事といえば、何よりも手術。しかし、現実はまったく違いました。医師と患者さんの間には、もっと泥臭い人間対人間の付き合いがあったのです。

この気づきは私の目指すべき外科医像を変えるとともに、ある強い思いが生まれました。

それは、「手術をしたらおしまい、の外科医にはなりたくない」という思いです。手術が終わった後もとことん患者さんと付き合う外科医になりたいと思った私は、改めて、何よりも実際の現場である臨床を大切にしたいと強く思うようになりました。

当時私が所属していた大学では、大学及び関連病院で4年間修業し、卒後5年目には大学に戻り研究に従事し学位を取得するというのが通常のコースでした。しかし、このまま学位を取得し、医師として赴任することになったとしても、手術の経験も不足しており外科医としての実力が足りないことは明らかでした。

「今は研究よりも、とにかく外科医としての技術を身につけたい」

芽生えた強い思いとともに、大学を飛び出した私が目指した場所。それは、超一流の外科医がそろうといわれる国立がんセンター(現・国立がん研究センター)でした。

超一流がそろう環境で、外科医として技術を磨く日々。

念願叶い国立がんセンターで働き始めた私は、実際に先輩医師たちの手術を見て、その高い技術力に、大きな感銘を受けたことを覚えています。

「やはり超一流は違う!ここで研鑽を積み、外科医として技術を磨きたい」

当初の予定は3年間でしたが、外科医としてさらに技術を磨きたいと思った私は期間を延長し、結局、国立がんセンターには5年間在籍することになります。

国立がんセンターは、当初の目論見通り、技術や知識を学ぶにはぴったりの場所でした。最先端の現場で研鑽を積む先輩医師たちの手術を間近で見て、一緒に手術に入り、直接教えを受けられるといった経験は大きな収穫でした。

直接手ほどきを受けた先生方はみな現在の呼吸器外科の重鎮となられています。たとえば、近藤晴彦先生(現・杏林大学医学部教授)、中山治彦先生(現・神奈川がんセンター部長)、淺村尚生先生(現・慶應義塾大学医学部教授)といった錚々たる面々です。特に淺村尚生先生には大きな影響を受けました。

淺村先生は肺がんの分野では、世界的な医師です。初めて淺村先生から指導を受けたのは医師になり5年目のことで、そこから23年もの月日が経ちましたが、今でも一緒に手術に入っていただき指導を受けることがあります。

現在でも厳しい指導を受けることが多々ありますが、教わる度に、基本に立ち返ることや新たな発見につながっています。身近にこのような方がいること、さらに相談ができ、指導を受けられる環境は非常にありがたいことだと思っています。

外科医は、いくつになっても日々の修練が必要で、最先端の技術から遅れないでいることは、非常に重要であると考えています。

自分の知っていることだけで動いてしまうと、井の中の蛙になってしまいかねません。それを避けるためには、外科医は外からの刺激を受けながら、常に自ら技術と知識をブラッシュアップする必要があります。

S150x150 5ca195d7 a070 4a97 ab3c 35d27ed90c51

東京都済生会中央病院 呼吸器外科 部長

梶 政洋 先生

1990年より名古屋市立大学及びその関連病院にて一般外科を習得。1994年より専門を呼吸器外科に定め、国立がんセンター中央病院にて肺がんを中心とする修練を開始した。修練は外科手術のみではなく、画像診断学、病理細胞診、化学療法など多岐にわたり、各方面の一流レベルの先輩医師に鍛えられ、大いに啓蒙された。1999年、大学帰局後は学位取得のため肺がんの臨床と基礎の懸け橋となるテーマを選び、臨床を行いながら研究にも勤しみ、2002年に学位を取得。その後は臨床の現場一筋に打ち込み、2005年より東京都済生会中央病院に赴任し現在に至る。

新着ストーリー記事

ストーリー記事をもっと見る

梶 政洋 先生の記事