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連載健康聴寿な耳のトリセツ

ドライヤー15分でもリスクに――WHOが難聴対策に乗り出すわけ

公開日

2019年03月05日

更新日

2019年03月05日

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2019年03月05日

掲載しました。
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国際医療福祉大学耳鼻咽喉科 教授

中川 雅文 先生

難聴を予防しよう【1】

加齢とともに徐々に低下してくる聞こえ。加齢性難聴と呼ばれる変化は誰にでもやってきます。しかし、生活態度や生活習慣を変えるといったちょっとした注意によって、聞こえの能力を生涯にわたって保つことは可能です。

周囲の人から聞こえに指摘

「先生、耳の検査してもらえませんか。周りの人から『耳が聞こえてないんじゃないか』って言われるんですよ」

そう言って来院した20代の男性は最近、遠くから呼びかけられても気づかなかったり、集団で会話しているときに話の内容が聞き取れなかったりということが何度もあり、友人らから上記のような指摘を受けたのだそうです。

話を聞くと、この男性は音楽を大音量で聞くのが大好き。移動中の自家用車ではドアや窓も閉めていても車外で聞こえるほどのボリュームで音の洪水に身をゆだね、仕事を終えて帰宅後はスマートフォンにヘッドホンをつなぎ、ほぼフルボリュームで数時間、音楽に浸るのが日常だそうです。

自覚症状について尋ねると、少し考えて「そういえば最近、音がくぐもって聞こえるような気がします。同じ音楽を聴いていても前より高い音の成分が減っているのでおかしいと思っていました。それから、音がどの方向から聞こえてくるのか分かりにくくなったかな」といいます。

WHOが難聴対策をスタート

音は、会話や音楽を楽しむための大切なソースですが、つきあい方を間違えると「聞こえにくさ」や「聞こえなさ」をもたらしてしまう悪者に変わってしまいます。

現代文明は便利さと引き替えに、趣味や教育の現場や家庭のなかに難聴の原因となるような騒音を持ち込んでしまいました。生活音による難聴、そうした問題が専門家の間で話題に上りはじめたのは2010年ごろのことです【1】。

世界保健機関(WHO)は、喫煙、がん、有害物質、小児の肥満など多くの課題への対策と予防の取り組みを手がけてきました。そのWHOが2015年、いよいよ難聴対策もこれらと同格の「喫緊に解決すべき重要な案件」として取り組みをスタートしました。“Make Listening Safe(耳を守って、かしこく聞こう!)”というキャンペーンを始めたのです【2】。さらに2017年、世界的にも権威のある医学雑誌Lancetが、中年期の難聴の放置が認知症の最大のリスクであると報告。キャンペーンに追い風が吹きます。

WHOがキャンペーンをスタートした背景として(1)世界では11億人の若者が、難聴のリスクに直面している(2)世界の若者(12~35歳)の4300万人はすでに聴覚障害である(3)高所得あるいは中所得クラスの国でこの問題が深刻さを増している――ということがあります。

若者に難聴が急増している原因は、言うまでもなく、不適切な音デバイスの使用など趣味の騒音です。

難聴対策は、高齢になってからでは時すでに遅し。40歳代、いや10歳代から始め、ひとりひとりが一生を通じて取り組むべき課題となったのです。

雷の音で難聴も?

WHOから1日に許容される音曝露(音の大きさと時間)の目安が示されています。

私の勤務する国際医療福祉大学病院(栃木県那須塩原市)のそばには雷発電を研究する電力技術研究所塩原実験場があります。それくらい雷の多発する場所なのです。ここで地元住民の聴力検査をすると、生活習慣病や既往症や職歴では説明のつかない難聴の人を見受けることがあります。おそらく、頻繁に雷が近くに落ちる音によって聴力が損なわれていると思われます。私は那須にいるとき、雷に備えて耳栓を携行するように心がけています。

さらに、WHOの目安を見ていちばん驚いたのは「ヘアドライヤー15分」でした。長い髪の毛のセットにそれくらい時間がかかることはまれではありません。ロングヘアーの娘さんがいるなら、ドライヤーを使用する際には耳栓をしたり1日の総時間をとにかく少なくしたりする必要があるでしょう。自動車の長時間の運転や海外旅行の長時間フライトといった移動の時間も、配慮がないと耳にダメージを与えるようです。

スマホの音量は60%までに

そしていまWHOが若者に向けて積極的に出しているメッセージがこれです。

スマホ+イヤホン:59分(91dB)

イヤホンの最大出力はおよそ120dB。少なくとも日本製とアメリカ製のものの仕様はそうなっています。このイヤホンでスマホの音量目盛りを60%未満にしたとき、最大値はおよそ91dBとなりますので、設定画面であらかじめ最大音量を制限しておくのが一番です。

専門家は、こうした目安でもまだまだゆるいと考えています。難聴を真剣に予防するには、最大値を70dB以下にすべきだと主張する専門家は少なくないのです。電話のベルの音(70dB)、駅ホームのチャイム音(85dB)、地下鉄の車内(80dB)でさえも、耳には良くないということになります。私たちは意識を変える時期にきているように思います。

親の知識や配慮がなければ、何も知らない子どもたちは難聴が進むばかりです。学校行事としての運動会や音楽会、あるいは娯楽としての花火大会や音楽祭、コンサートといったレクリエーションの場でさえも「賢く耳を守る!」という配慮が必要なのです。

聞こえのメカニズム

聞こえのために耳を守らなければいけないのはなぜでしょうか。それを理解するには、音はどうやって「聞こえて」いるのかの説明が必要です。

音を「聴く」つまり「検知→知覚→認知」しているのは脳の働きです(聴くことと認知することについては別の機会にお話しします)。そして、音を神経を伝わる信号に変えるまでが耳の役割です。

耳は大きく「外耳」「中耳」「内耳」の3つのパートに分けられます。

外界の音はまず、耳介と外耳道からなる外耳に届きます。外耳は集音管のような働きをし、言葉の周波数がより積極的に鼓膜に届くような構造をしています。

鼓膜から先の中耳は、鼓室とも呼ばれる空洞をもっています。鼓膜にツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨という3つの小さな骨(耳小骨)が連鎖し、鼓膜で受け止めた音の振動がテコの原理によって弱まることなく内耳に伝えられます。

大きすぎる音への“安全装置”も

中耳の働きは単純に音を伝達するだけではありません。実は大きすぎる入力に対する“安全装置”も備えているのです。耳小骨に備わる「耳小骨筋」がそれです。耳小骨筋には「鼓膜張筋」と「アブミ骨筋」の2つがあり、体の中ではもっとも小さな筋肉とも言われます。自動車のコンピューター制御サスペンションが乗り心地を巧みに調節してくれるように、24時間休むことなく耳小骨の動きを制御して、うるさい音から耳を守る働きをしてくれているのです。その働きによって、聞こえのダイナミックレンジ(最小から最大の範囲)が適正に保たれています。

内耳は、聞こえを担当する「蝸牛(かぎゅう)」と、バランスを担当する「前庭」からなります。蝸牛の中には有毛細胞と呼ばれる神経細胞が約1万5000個、ずらっと並んでいます。有毛細胞の感覚毛に伝わった音の振動が電気信号に変換され、神経を通じて脳に送られます。有毛細胞には約1万2000個の外有毛細胞と約3000個の内有毛細胞があり、わたしたちの聞こえには、外有毛細胞がいつもよいコンディションにあることがとても大切です。

外有毛細胞の感覚毛は壊れやすく、大きな音などで持続的にダメージを受けると回復させることは難しいと考えられています。中耳に近い位置から蝸牛の奥に向かって高い音→低い音を感じる有毛細胞が並び、手前側の方が強い音の刺激にさらされやすいため、通常、聞こえは高い音から損なわれてゆきます。中耳にある安全装置をもってしてもなお、耳を守ることなしにはあっという間に傷んでしまいます。

WHOは定期的な聞こえの検査をするよう人々に促し、聴覚の重要性に対する認識を高めてもらうことなどを目的に、スマートフォン用の聴覚検査アプリを開発し、無償で配布しています。iPhone用はApp Storeから、Android用はGoogle Playから、「hearWHO」と検索しダウンロードできます。皆さんぜひ試してみてください。

この連載では、耳を守るための戦略、難聴予防、難聴対策、そして難聴を放置するとどうなるのなどの話題について順を追ってお話しさせていただく予定です。それではまた次回!

  ◇  ◇  ◇

参考資料

  • 【1】Vishakha Waman, Ph.D. Rawool: Hearing Conservation: In Occupational, Recreational, Educational, and Home Settings.(Thieme,2011)
  • 【2】Make Listening Safe:https://www.who.int/pbd/deafness/activities/MLS/en/

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