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連載難病・希少疾患患者に勇気を

人類が経験したもっとも悲惨な病気の1つ「プリオン病」の実態

公開日

2020年11月18日

更新日

2020年11月18日

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2020年11月18日

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1990〜2000年代にかけて、牛から人へ感染するとして問題となった“狂牛病”(牛海綿状脳症=BSE)。その原因が「プリオン」という特殊なたんぱく質です。プリオンが原因で脳の神経細胞などが壊れる病気の総称をプリオン病といい、さまざまな種の動物が感染します。BSEの騒動から時がたち忘れられつつあるプリオン病ですが、近年、欧米などで鹿に感染するプリオン病の一種が拡大し、大きな問題になっています。水澤英洋先生(国立精神・神経医療研究センター 理事長/総長)に、今重要な病気とされるプリオン病について聞きました。

プリオン病とは何か

プリオン病とは、感染性を持つ異常たんぱく質「プリオン」によって、主に脳内の神経細胞が壊れる病気のことです。中には、遺伝性のものや、動物から人へ「種の壁」を越えて感染するものもあります。1990年代から2000年代にかけて世界的に問題となったBSEもプリオン病の1つです。

ヒトに発症するプリオン病は、歴史的にはクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD、ヤコブ病)と呼ばれています。この病気も他のプリオン病と同様にいまだ治療薬がなく、急速に進行する認知症を呈して、発症後平均1~2年で100%死亡します。人類が経験したもっとも悲惨な病気の1つと言えるでしょう。

プリオンの研究は、1950年代アメリカの医学研究者ガジュセック博士がクールー病の調査を始めたことに端を発します。クールー病はニューギニアのフォア族に蔓延した脳の病気で、カニバリズム(人が人の肉を食べる行為・習慣)が原因で起こっていたことが判明しました(現在はカニバリズムが禁止されている)。クールー病さらにヤコブ病の脳組織をチンパンジーに移植して同じ病気を伝達できることを証明したのです。この感染性の証明に関するガジュセック博士の研究は、1976年のノーベル医学生理学賞を受賞しました。これらの病気は脳組織にスポンジのような空胞ができる海綿状脳症が特徴で「伝達性海綿状脳症(TSE)」と呼ばれるようになりました。

ただし、当時は感染の原因は明らかではありませんでした。その後、この病気を伝達する(感染させる)原因の研究が進み、たんぱく質のみからなる感染因子という意味でプリオンを提唱したアメリカのプルシナー博士が、1997年にノーベル医学生理学賞を受賞。このプリオンを詳しく調べると、正常なプリオンたんぱく質とアミノ酸の配列は同じなのに立体構造が微妙に異なることが分かりました。そのわずかな差で、恐ろしく毒性が上がるのです。

ヒトに発症するプリオン病のうち7割以上は原因がわかりません(特発性プリオン病=孤発性ヤコブ病)。次に多いのは遺伝性、そのほかに獲得性(後天性)があります。獲得性プリオン病とは、プリオンの由来が判明しているもので、日本ではほとんどが脳の硬膜(頭蓋骨の下にあり脳を覆う丈夫な膜)移植によるものです。

プリオン病の中にはさまざまな病気が含まれます。たとえば「家族性致死性不眠症(FFI)」もその1つです。家族性致死性不眠症では脳の視床という領域が壊れることによって、夜に興奮状態となり、幻覚、記憶力の低下、体温の上昇、大量の発汗などが起こって眠ることができなくなり、やがて認知機能障害などをきたします。発症から1年前後で意識がなく寝たきりの状態になり、2年以内に全身が衰弱し、肺炎などで死に至るケースが多いです。

近年、日本では人のプリオン病が年々増加しています。特に死亡数に関してはここ20年の間に年間115人から292人へと増加しています(図1)。背景には高齢化があるとされ、高齢化が進む日本では、さらにプリオン病が増える可能性があるのです。

図1
図1:2015年以降の患者数(罹患数)は、調査が未完了のため少なくなっています
 

これまでの研究で、アルツハイマー病やパーキンソン病などの病気でも、プリオン病と同じように特定の異常たんぱく質が原因であり、感染性を持つことがわかってきました。つまり、これらの病気もプリオン病の一種とも言えるのです。

鹿に蔓延するプリオン病、ヒトへの影響は?

プリオン病の中には、経口感染(病原体で汚染された食べ物や水による感染)するものがあります。その1つがBSEです。それまで羊や人のプリオン病は種の壁(同じ種の動物の間でしか感染しない)があるといわれていましたが、BSEはそのプリオンに汚染された食物を介してヒトに感染し、変異型ヤコブ病を発病することが明らかになりました。今から20年ほど前に英国を発端として広がり世界中がパニックに陥り、政治問題にまで発展しました。

さらに、近年問題になっているのが、野生の鹿に蔓延するプリオン病、「慢性消耗病(CWD)」です。数年間の潜伏期間の後に発病し、少しずつ痩せ衰え、よだれを垂らすようになり、3〜4カ月で死に至ります。その様子から、ちまたでは「ゾンビ病」と呼ばれることもあります。近年の研究で血液や唾液、ふん尿によって植物や土壌も汚染され、鹿から鹿へ水平感染することがわかってきました。

写真:PIXTA

CWDは、アメリカやカナダ、韓国、ノルウェー、フィンランド、スウェーデンで発生が確認されています。それらの国では、狩猟者への注意喚起や検査の実施などさまざまな施策が行われるようになりました。日本では、CWDが発生した国からのシカ科畜産物の輸入を停止しています。また、国内での発生はこれまで確認されていません。

現状、CWDが人のプリオン病の原因になった例はないと言われています。しかし私は、BSEの教訓を考えると「今のところ人に感染していない」だけである可能性を危惧し、研究の動向を注視しています。

プリオン病研究からつながる“新しい科学”

プリオン病は正常なたんぱく質が異常化して神経細胞を障害する病気だとお伝えしました。しかし、なぜ正常なたんぱく質が異常化するのか、そのメカニズムはまだ解明には至っていません。何よりも異常たんぱく質の構造そのものが分かっていません。私はこれまでの研究結果から、たんぱく質が異常化し伝播(感染)するのは、たんぱく質の普遍的な性質ではないかと考えています。実は、たんぱく質が異常化・凝集し線維化してアミロイドとして沈着する疾患はアミロイドーシスと呼ばれていて、人や動物の病気の原因にもなっています。その一部では感染性があることが分かっています。

プリオン病の研究を積み重ねて、このたんぱく質の異常化の本態を解き明かすことが、多くの病気の解明の糸口となり、ひいては「たんぱく質科学(プロテインサイエンス)」における新たな原理の発見につながることを期待しています。

アルツハイマー病など神経疾患の解明の鍵となるか——進むプリオン病の研究」に続く