小児がんやAYA世代(思春期から青年期)のがんは、いわゆる希少がんが多く、専門的な治療が必要です。しかしながら、小児がんやAYA世代のがんを専門的に診療できる医療機関は限られており、若年者特有の課題を抱えることもあります。小児がん・AYA世代のがん診療に取り組む、北海道大学病院 小児科教授 真部淳先生に、小児がんやAYA世代がんの特徴や課題についてお話を伺いました。
小児がん(15歳未満の子どものがん)にかかる方の数は年間2000人程度といわれています。がん全体の年間罹患数が100万人程度ということを考えると、小児がんは大人のがんに比べて発生率がかなり低いことが分かります。
また、大人と子どもとではかかるがんの種類にも大きな違いがあります。大人がよくかかるがんとしては、大腸がん、胃がん、肺がんなどが知られていますが、子どもがこのようながんにかかることはめったにありません。
逆に子どもに多いがんとしては、急性リンパ性白血病(大人に多いのは骨髄性白血病)、脳腫瘍、肉腫、神経芽腫などあまり聞き慣れない珍しいがんが挙げられます。通常がん診療では、大腸がんや胃がんは消化器外科・内科、肺がんは呼吸器外科・内科というように臓器別の診療科が中心となって診療することが一般的ですが、小児がん診療では小児科が中心となって、これらの多様ながんの診療にあたっています。
大人と子どもで、かかりやすいがんにこれだけ大きな違いがあるのは、小児がんの多くが子どもの成長に関与して発症するからです。たとえば神経芽腫、網膜芽腫などの芽腫は、本来胎児期に体のどこかのパーツになるはずだったものが、どのパーツにもならずに残ってしまったのをきっかけにがんとなります。そのため、生まれてから2歳あたりまでの幼い子どもに発症することが多いです。また、骨肉腫は骨が著しく成長する10歳代に、急性リンパ性白血病は扁桃が大きくなる2~5歳の間に発症することが多いです。
このように小児がんでは、体の成長に合わせて発症するものがいくつかあります。ただし、ごくまれにこのような成長に関係なく、生まれつきがんにかかりやすい遺伝子を持っていてがんにかかってしまう子どももいます。
ここで紹介したさまざまな小児がんは小児慢性特定疾患(いわゆる難病)に指定されており、医療費助成制度*などを受けることによって、金銭的な負担を軽減して治療を受けることができます。
*「小児慢性特定疾病医療費助成制度」と呼ばれる制度で、18歳未満で発症した場合に20歳の誕生日の前日まで医療費の助成を受けることができます。
15~39歳までの思春期~青年期にかけてのがんも、いわゆる一般的な大人がかかるがんとは異なる特徴があります。この世代はAdolescent(思春)&Young Adult(若年成人)の頭文字をとってAYA世代と呼ばれており、患者数は小児がんの患者さんよりも多く、毎年2万人程度といわれています。
AYA世代の方は、大腸がん、胃がん、肺がんなどの大人が多くかかるがんを発症することもあります。しかしその割合は低く、どちらかというと脳・脊髄腫瘍、軟部肉腫、胚細胞腫瘍など、小児がんでよくみられるようながんのほうが多いという特徴があります。また、小児がん以外のがんでは、30~39歳の方を中心に子宮頸がんの患者さんが多いことも特徴です。
小児がんやAYA世代のがんは専門的に治療を行える医療施設が少なく、大規模な治験・臨床試験を行いにくいという現状があります。一般的ながんと比較して患者数が少ないためです。
また、AYA世代のがんは小児がんとも異なる特有の問題を抱えています。まず、適切な医療機関にかかれない傾向があることです。AYA世代の方が小児でよくみられるがんにかかった場合、専門的に診断・治療している診療科の多くが小児科のため、大人がかかる診療科では専門的な診断・治療が難しいという問題があるのです。
また、AYA世代のがんは、患者さんの金銭面の負担が大きいということも重要な課題です。小児がんは小児慢性特定疾患に指定されるため、医療費の補助を受けることができますが、小児がんでよくみられるがんに大人がかかった場合には、このような補助を受けることができません。
小児がんやAYA世代のがんは、がんごとの症例数が少ないために医師も診療に悩むことが多々あります。このような課題を解消するために、2013年より厚生労働省が全国15か所の医療機関を小児がん拠点病院に指定するなど、小児がん患者の集約化と地域連携を進めてきました。また、2014年に設立された日本小児がん研究グループ(JCCG)では、小児がんの治療や研究を行う200以上の医療機関が参加し、協力して大規模な臨床研究を行っています。
このように小児がんやAYA世代のがんを取り扱う医療機関が協力して治療や研究を行うことにより、患者さんが受診する医療機関に迷うこともなくなるほか、将来的には小児がんの診療技術がさらに高まることが期待されます。
また、近年ではようやくAYA世代のがん患者さんを専門とする医療機関が増えてきました。私が所属する北海道大学病院でも、2019年に小児がん・AYAがんセンターを設立し、AYA世代のがん患者さんの診断・治療・サポートを行っています。
一方で、これから取り組むべき課題も多く残されています。小児がんの場合、患者さんはもちろん看病する保護者の方やその兄弟のサポート体制はいまだ不十分といえます。ソーシャルワーカーの介入などによって徐々に改善されてはいるものの、家族の負担が大きいことは事実です。困ったことがあれば、病院のソーシャルワーカーや「がんの子どもを守る会」などの患者会を利用するなど、ぜひ1人で抱え込まずに相談してほしいと思います。
AYA世代のがん診療にも、さまざまな課題が残されています。AYA世代のがん患者さんに対するサポートは小児がんと比較しても弱く、医療機関のみならず患者会などのピアサポート*も不十分といえます。今は新型コロナウイルス感染症の流行などによって患者同士の交流が難しい側面もありますが、今後AYA世代のがん患者さんに対するサポートがさらに豊かになることを願っています。
また、AYA世代のがん患者さんが多い理由の1つに、子宮頸がんワクチンの接種が広がっていないことが挙げられます。実はAYA世代の方のうち、20~39歳までのがん患者さんのおよそ80%は女性であり、そのうちの半数は子宮頸がんであるといわれています。このような状況を打破するためにも、子宮頸がんワクチンに対する正しい啓発は非常に大切であるといえます。
また小児・AYA世代のがんに共通した課題として、病気の治療と進学や就労などのライフイベントの両立、治療後の人生計画に関わる妊孕性(子どもを作るために必要な臓器や機能)の温存、たとえば卵子・精子の保存などが挙げられます。2021年4月から小児・AYA世代のがん患者を対象とした妊孕性温存治療費の助成が始まるなど、これらの課題は徐々に改善されつつありますが、まだまだ取り組むべき課題も多々あります。患者さんが自分の望む人生を歩んでいただけるよう、これからサポートしていきたいと考えます。
*ピアサポート:同じ病気を持つ人やその家族など仲間同士で支え合うことをいいます。
私が診療のうえで大切にしていることは、子どもでも大人でも患者さん本人やそのご家族に自分の病気のことをよく理解してもらうことです。
1980年代は患者さんに大きなショックを与えないようにするため、大人であっても本人にがんを告知しない風潮がありました。そのため、多くのがん患者さんががんであることを知らずに、あるいは気付いていても必死で隠す周りの家族のために知らないふりをして亡くなっていきました。子どもであればなおさら、がんを告知するなど考えられないことでした。
しかし、1980年代半ばには大人の患者さんにがんを告知するようになり、1990年代からは少しずつ子どもの患者さんにもがんを告知するようになってきました。子どもにがんの告知をすることに、最初はさまざまな病院からの反発がありました。しかし、自分がどんな病気なのかを知ることによって、かえって真剣に治療に取り組むようになる患者さんもいます。そのため、私は現在も小学校1年生以上の患者さんにはご自身の病気のことを詳しく説明しています。
私は、患者さんにうそをつかない、聞かれたことには誠実に答えるという姿勢を持つことで、患者さんとの信頼関係も良好になり、協力して治療に臨めるようになると考えています。今後も小児がん患者さんやAYA世代のがん患者さんの力になれるよう、さまざまな取り組みを行っていきたいと思います。
真部先生著書『小児白血病の世界―病態の解明から治療まで』(2021/04,中外医学社)
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