連載難病・希少疾患患者に勇気を

希少疾患「肺高血圧症」診療の進歩―肺血管拡張薬から血管の再生へ

公開日

2022年03月09日

更新日

2022年03月09日

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2022年03月09日

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「肺高血圧症」という言葉を聞いたことがありますか。肺高血圧症とは肺動脈(心臓から肺に血液を送る血管)における血圧の上昇を指します。原因となる病気は多岐にわたりますが、患者数の少ない希少疾患であるため、専門医が少なく適切な診療が難しいという課題があります。かつては「診断=短期間で命を失う」病気でしたが、1999年に生命予後を改善する薬が登場し、最近では血管の変化を元に戻す根本的な治療薬の研究が進んでいます。長年にわたり難治性病態の解明に尽力する桑名正隆先生(日本医科大学大学院医学研究科アレルギー膠原病内科学分野教授)に、肺高血圧症診療の進歩について伺いました。

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「診断=短期間で命を失う」病気だった

肺高血圧症の原因となる基礎疾患はさまざまな領域に及び、関わる診療科も多岐にわたります。一方で患者数は少ないため各領域の専門家が多くない、さらに治療法の研究に必要なエビデンス(科学的根拠)の構築が難しいという特徴があります。代表的な症状は「体を動かしたときの息切れ」ですが、同じ症状をきたす病気は山ほどあり、適切な診断にたどり着きにくいという点も大きな課題です。

かつて肺高血圧症は、治療介入しなければ診断から3年以内にほぼ全ての患者が亡くなる、「診断=短期間で命を失う」病気でした。その頃の唯一の治療法は脳死心肺同時移植でしたが、国内でその選択肢はなかったのです。移植を受けるためには、多額の治療費・渡航費などをかけて海外で移植を受けるほかありませんでした。

肺血管拡張薬の登場と生命予後の改善、一方で課題も

しかし、日本では肺動脈を広げる「肺血管拡張薬」が1999年に登場したことで治療成績は向上しました。現在では肺血管拡張薬の種類も増えています。肺血管拡張薬が登場してから20年余り。これだけ短期間で生命予後が改善した病気はほかにはありません。治療薬の進歩は、肺高血圧症の診療に大きな変革をもたらしました。

一方、留意すべき点も残されています。それは、肺血管拡張薬が有効であるからといって定型的な使い方があるわけではない、つまり個々の患者に合わせた「個別化医療」が重要であるという点です。基礎疾患により治療法は異なりますし、たとえ同じ基礎疾患があったとしても病態、重症度や合併症により使用する薬剤や治療戦略が変わってきます。このような点から、肺高血圧症診療は一筋縄ではいかない、専門性の高い分野となっているのです。

また、治療薬の登場によって短期の死亡率は大きく低下しましたが、比較的若年で発症するため、5年10年という長期での生命予後をみると必ずしも「十分に改善した」とはいえません。この点を克服するために現在進められているのが、個別化医療を実践するための治療アルゴリズムの作成や、バイオマーカー(タンパク質や遺伝子など生体内の物質で、病状の変化や治療の効果の指標となるもの)など、できるだけ簡便な方法によって病態を鑑別するための研究です。

「血管の再生」に関わる根本薬開発の可能性

肺血管拡張薬により治療成績は飛躍的によくなりました。しかし、肺血管拡張薬はある意味で“対症療法”でもあります。高血圧症の患者に対して降圧薬を用いて生命予後を改善する(=患者は降圧薬を飲み続けなければならない)のと同様に、肺血管拡張薬は肺動脈圧を下げて生命予後を改善することはできても、肺高血圧症の根本にある肺血管リモデリング(血管内部を構成する細胞が異常に増殖し、血管の内側が厚くなること)という病的変化を元に戻せるわけではありません。また、肺血管拡張薬は肺血管のみならず全身の血管を拡張することから、顔面紅潮、頭痛や低血圧などの副作用が起こります。このような現状から、肺高血圧症診療を専門に行っている医師は肺血管リモデリングを元の状態に戻す治療薬を渇望していました。

最近、肺血管リモデリングを改善する治療薬の候補がいくつか出てきたのです。残念ながら日本で承認されたものはまだありませんが、海外の臨床試験などで肯定的な結果を示すものがあり、期待が寄せられています。血管新生(既存の血管から新しい血管が形成されること)という現象があることからも分かるように、血管は比較的再生する能力が高い臓器であり、その点でも今後の新薬の開発に期待できます。

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専門施設のリストや患者会の情報を参考にしてほしい

希少疾患ゆえに適切な情報の共有、専門医療の均霑化(きんてんか)、エビデンスの構築が難しいという課題を踏まえ、2015年に日本肺高血圧・肺循環学会*(JPCPHS)が設立されました。本学会を通じて、多分野の医師・医療者が「肺高血圧症」をキーワードに集まり、その英知を結集させて診療、研究、後進の育成を推し進めています。これまでは単施設でのデータのみで研究が思うように進展しませんでしたが、国内の専門施設が協力してレジストリを立ち上げ、質の高い臨床データを集約することが可能になりました。

*2022年7月には第7回日本肺高血圧・肺循環学会学術集会が開催予定

肺高血圧症の課題を克服するべく、欧米では治療薬の使用を専門施設に限定している国があります。たとえば英国やフランスでは、専門施設でのみ治療薬が保険償還されるというシステムを運用しています。こうすることで必然的に専門施設に患者が集積し、結果的に治療のエビデンスを構築しやすい状況が生まれるのです。

現状、日本で同様のシステムを導入するのは難しいのですが、その代わりJPCPHSでは肺高血圧症の診療を行う国内の専門施設のリスト化を行っています。患者さんやご家族に役立ててもらうことはもちろん、非専門医にも本リストの存在を広く知ってもらい、肺高血圧症が疑われる患者さんを適切なタイミングで専門施設に紹介する際に役立ててほしいと考えています。というのも、肺高血圧症診療は専門性の高い分野であるがゆえに、適切な診断・投薬が行われずに病状が悪化してしまうケースが少なくないからです。

専門施設のリストは、本ページの「肺高血圧症の診療を実施している施設紹介」で確認できます。また、肺高血圧症は「患者会」の活動が活発で、学会との連携も積極的に行われています。情報収集にはもちろん、支え合う仲間を見つけるための大切な場にもなりますので、肺高血圧症に関わりのある方はぜひご参加ください。

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。

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