突然意識を失って倒れる「失神」。原因として一番多いのは自律神経のバランスが崩れて脳の血流量が不足する「良性の反射性失神(血管迷走神経反射)」で、その場合には命にかかわることはありません。ところが、そうした心配無用なものとは別に、突然死に直結する失神もあります。そうした“怖い失神”の見分け方と予防法について知っておきましょう。
「生来健康でこれまで大きな病気をしたことはなく、家族にもこれといった病気はありません。2カ月前の会社の定期健康診断でも、特に異常を指摘された項目はありませんでした。ところが最近、胸が締め付けられるような症状を明け方に感じるようになりました。今朝は胸が締め付けられた後に気を失ったので心配になりました」。そういって、42歳の男性が受診しました。この男性のケースは、前述の“怖い失神”の疑いがあります。
国内で年間12万~13万人もの方が突然死をきたしています。突然死とは意識がなくなってから24時間(多くの場合は1時間)以内に死亡することを指します。そのうちの約60%(約7万人)は心臓の異常によるもので、これを「心臓突然死」と呼んでいます。直接の原因は「心室細動」や「心室頻拍」といった危険な心室不整脈です。
「心室」は肺や全身に血液を送り出す心臓下部の部屋で、この部分が痙攣(けいれん)したり小刻みに動いたりするこれら不整脈が一時的に生じると、脳の血流も減少するために一過性の「意識消失(失神)発作」が起こることが多いのです。こうした失神は心臓突然死のサインと考えられます。
心臓突然死の約90%は元々心臓に病気をもっていた人で起こります。そうした病気で最も多いのが、狭心症や心筋梗塞(こうそく)といった冠動脈疾患(「虚血性心疾患」とも言います)です。冠動脈疾患の多くは血管の動脈硬化によって生じます。動脈硬化が進むと血管の壁に「プラーク」という粥(かゆ)状の物質がたまって血管を狭くし、それが破れて血栓となると閉塞(=心筋梗塞)を起こします。
冠動脈は、心臓に酸素や栄養を届ける非常に重要な血管で、これが詰まるなどして血液が流れにくくなると心筋が弱まってポンプ機能が低下するとともに、心室不整脈の引き金にもなります。
閉塞を引き起こす動脈硬化の原因としては、加齢もありますが、それ以上に高血圧、糖尿病、脂質異常症(高コレステロール血症)、肥満(メタボリックシンドローム)のような生活習慣病が強く関与します。これらは定期健康診断でチェックすることが十分可能です。しかし、生活習慣病よりももっと危険なのが喫煙(たばこ)です。というのも、たばこは冠動脈疾患の原因となるプラーク形成にも多大な影響を及ぼしますが、それとは異なる心臓突然死を引き起こす原因にもなるからです。
血管壁にプラークが見られない正常な冠動脈でも、狭心症や心筋梗塞を起こすことがあります。冠動脈がれん縮(痙攣)することで起こる「冠れん縮性狭心症」という病気です。
冠動脈のれん縮を英語で「spasm(スパズム)」といい、これが起こると冠動脈の血流は突然、かつ完全に途絶えてしまいます。そして、その原因の90%以上がたばこです。ほかにストレスも原因として知られています。
動脈硬化の進んだ血管の場合、階段を駆け上がったり重い物を持ったりしたときのような労作時に冠動脈の血流低下が起こりますが、正常な血管のスパズムは夜間や早朝などの安静時に生じます。しかも、日本人は欧米人よりもスパズムを起こしやすいという特徴もあります。
冒頭で紹介した男性患者さんは、健康診断の検査値は全て正常でしたが、1日に20本以上のたばこを吸っていました。
冠れん縮性狭心症は、労作性狭心症よりも危険な不整脈が起こるリスクが高いのです。というのも、労作性狭心症であれば心臓に負担がかかる労作を一旦中止することにより、冠動脈の血流がある程度改善されます。しかし、冠れん縮性狭心症では、安静にしても血流が回復することはありません。加えて、スパズムが改善するとまったく血流がなかった心筋に血流がどっとおしよせることにより、不整脈がさらに起こりやすくなります(これを「再灌流<かんりゅう>性不整脈」といいます)。
冠れん縮性狭心症は、労作性狭心症ならば診断できるような一般的な検査では察知できないことも厄介な問題です。確定できる診断法は、脚の付け根や腕の動脈から心臓まで細い管を差し込んで造影剤を流す「冠動脈カテーテル検査」の際に、冠動脈れん縮を誘発するアセチルコリンまたはエルゴノビンという薬品を注入する負荷試験を併用することです。これで冠動脈にスパズムが生じたら、冠れん縮性狭心症と診断されます。
このほかに、夜間や早朝に胸痛発作が多いことから、携帯式の心電図計を24時間装着して記録を取る「24時間ホルター心電図」検査で心電図の変化と症状の一致性を調べることで診断できることもあります。
治療として最も重要なのが禁煙で、それにより発作の多くを抑えることができます。冠れん縮性狭心症と診断された患者さんには、まず禁煙指導が行われます。独力でたばこをやめられない人は、専門クリニックでニコチンパッチやガムなどを処方してもらうのも1つの方法です。
胸痛などの症状が出た時にニトログリセンなどの冠動脈を広げる「硝酸薬」を使用してスパズムの発現を抑えることも、ある程度可能です。そのため、冠れん縮性狭心症が疑われた患者さんには、発作時の対処のためにニトログリセン舌下錠/スプレーなどを常時携帯してもらいます。加えて、スパズムの予防薬を日頃から服用しておくことも大切です。最も効果があるのが、高血圧の治療などにも使われるカルシウム拮抗薬です。発作が夜間、早朝に多い患者さんには、就寝前に服用してもらいます。さらに、過度なストレスもなるべく避けるように指導します。
冠れん縮性狭心症は禁煙および薬物治療でほとんどの場合は発作(狭心症と不整脈)を予防できます。しかし、時としてこのような治療法でも予防できず、不幸にも心肺蘇生(そせい)が行われるに至った患者さんがいます。そのような場合は、体内(胸部)植え込み式の小型除細動器(ICD)の取り付けを検討する必要があります。
除細動器とは人工的な刺激で心室細動のような危険な不整脈を止める機器です。心停止時に第3者が使う自動体外式除細動器(AED)を自分自身に使用することはできませんが、ICDを埋め込んでおけば心臓突然死という最悪の事態を防げる可能性が高まります。
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