さまざまな症状があるにもかかわらず、西洋医学に基づく検査をしても異常が見つからないことがある。いくつもの診療科を受診しても病名がつかず苦しむ患者もいる。そうした症状は、漢方ならば治療できるかもしれない。徳島市のひろこ漢方内科クリニック院長で漢方専門医の高橋浩子先生に、漢方での治療が望ましい症状、受診時の注意点や信頼できる医師の見つけ方などについて聞いた。
「せんせ(先生)がおらんかったら、私はあのとき死んでいたよ」――そうおっしゃるのは、今も私のクリニックに通院し続けている80歳代の女性です。
その女性を初めて診察したのは、私が漢方を勉強し始めた頃でした。娘さんに手を引かれ、寝間着のまま診察室に入ってきた女性は化粧っ気のないくすんだ顔で白髪を振り乱し、とても50歳代(当時)とは思えないやつれようでした。話を聞くと、更年期世代であることに加えて非常に大きなショックを受ける出来事があり、1年ほど前から動悸や強い不安感に襲われていたといいます。同時に胸の痛み、血圧の変動、頭痛もありました。
かかりつけ医では高血圧、循環器科では狭心症、心療内科では不安神経症とそれぞれ診断され、降圧薬、冠血管拡張薬、抗不安薬、睡眠導入薬、鎮痛薬、胃薬2種類の7つの薬を半年間飲み続けていたそうです。それで症状が改善するどころか、ふらつきや倦怠感(けんたいかん)がひどくなるばかりだったといいます。
診察すると降圧薬で血圧を下げすぎている状態で、(狭心症などの)冠動脈疾患の危険因子はありません。そこで、減らせる薬はやめて睡眠導入薬と抗不安薬を半量だけ残し、新たに女神散(にょしんさん)*を1日3回処方しました。
それから2週間後、再診に訪れた女性は、髪を栗色に染めてきれいに化粧をし、別人と見まがうほどの変貌ぶりでした。「漢方薬はこんなにすごい効き方をするんだ」と私自身も驚くとともに、この経験がきっかけでもっと漢方の勉強をしようと思い、今に至ります。
*女神散:「血の道症」に対する効果が期待できる漢方薬。血の道症は漢方特有の考え方で、ホルモンバランスが崩れることにより不安やイライラ感などの精神神経症状、のぼせや頭痛、疲労感などの身体症状が現れる状態。
漢方で治療をするのが望ましいのは、症状はあるのに検査では異常がなく西洋医学的な病名がつかない方です。症状がきついのにどの診療科でも「異常ありません」と言われてしまう。異常がないのは本来喜ばしいことなのですが、医師が自分の不調の原因を語ってくれないと、患者さんはつらい思いをします。果ては「ストレスだろう」「年のせいだろう」「神経質だから」という話になってしまいます。
私が日々診ている中で一番多いのがそういった患者さんです。たとえば、めまいや耳鳴りで耳鼻咽喉科や脳外科を受診しても異常がないといったように、ほかの診療科で検査を受けたけれど原因が分からず薬も出されない、あるいは出された薬の効果を実感できないという患者さんが漢方内科にやって来るということが多いのです。
逆に、西洋医学による治療がふさわしいと考えられるのは、はっきりとした病名がついていて「この治療をすれば勝算がある」という病気・症状です。たとえば高血圧や糖尿病、がんなどは西洋医学での治療が向いています。
西洋医学は、ヒトの体を細分化して病気を臓器別に捉えます。それに対して精神も含めて体を全体で捉え、治療するのが漢方です。また、西洋薬は多くが化学的に合成された成分からなるのに対し、漢方薬の成分は多くが植物に由来する「生薬」です。
西洋医学では、「この臓器のこの病気には、この薬」と、病気に合わせて薬を処方しますが、漢方では患者さんの体全体をみて、漢方薬を処方します。
非常に単純化して説明すると、漢方薬は「冷やすもの」と「温めるもの」、「潤すもの」と「滞った水をさばくもの」といった効果効能に分かれます。冷え症の方に体を冷やす漢方薬を出してはいけないし、むくみのある方に潤す漢方薬を出してもいけません。同じ症状の患者さんに同じ漢方薬を処方しても、劇的に効果を発揮する方と、効いているか分からない方に分かれるのはそのためです。ですから、患者さんがどういう状態か把握し、それと矛盾しない漢方薬を投与する必要があるのです。
漢方には「証*」という考え方があり、それに合わせて治療をしたり漢方薬の処方を考えたりします。当院では、初診の患者さんにタブレットではなく手書きで問診票を書いてもらいます。文字の、力強さや症状の表現の仕方の観察から始まり、診察室に入ってくるときの勢いや歩き方、表情や声、訴え方など全てを見るところから診察は始まっているのです。私は日常的に、そうやって最初から証をとっています。
*証:その人の体質、体力、抵抗力、症状の現れ方などの個人差を表すもの。
「漢方は安心安全で、漢方薬に副作用はない」と思い込んでいる方が多いのですが、それは危険な考え方です。私は初診の患者さんには必ず、漢方薬にも副作用があり得ると説明しています。
漢方薬に対する過度な期待を持っている方もいます。高血圧や糖尿病などで西洋医学的な治療を受け、西洋薬によって数値が安定しているのであれば、それを飲んで生活習慣を整えればよい状態が持続するはずなのです。ところが、「西洋薬は体に悪い」などを理由に、そうした薬を漢方薬に置き換えたいとおっしゃる方が時々います。しかし、漢方薬を飲んでも血糖値は下がらないし、血圧も西洋薬ほどには下がりません。
もう1つ気を付けていただきたいのが薬の「飲み合わせ*」で、より注意してほしいのが漢方薬同士です。
あるとき、高血圧で当院を受診していた80歳代の女性が重症の不整脈発作を起こしたため、救急搬送を依頼しました。不整脈の原因は血中カリウム濃度の極端な低下で、紹介状には服薬として「降圧薬」しか書かれていないが漢方薬も処方しているのではないかという問い合わせが、搬送先の病院からありました。病院で聞き取りしたところ、その患者さんは整形外科でこむら返りに効くとされる芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)と、便秘薬として大黄甘草湯(だいおうかんぞうとう)をそれぞれ1日3袋処方されていたということでした。その両方に生薬の甘草(カンゾウ)が含まれており、これだけで許容される1日最大配合量を大きく超えてしまいます**。その患者さんは、漢方医以外から漢方薬をもらっているのが申し訳なくて秘密にしていたとのことでした。
このようなこともあり得ますので、ご自分が服用している薬についてきちんと把握するとともに、正しく医師に申告してください。
*薬の飲み合わせ:複数の薬を服用したときにそれぞれに含まれる成分が打ち消しあったり逆に掛け合わさったりすることで、期待される効果が出なかったり強くなりすぎたりすること。
**甘草にはカリウムの排出を促進する作用があるグリチルリチン酸が多く含まれ、多量に摂取すると低カリウム血症が生じやすくなる。
漢方治療を受けたくて受診先を探す際、一番確実なのは“生の口コミ”です。当院を受診したきっかけでは、家族や友人、職場の同僚など身近な人の話を聞いたという方が一番多いです。逆にインターネットの口コミは、誰が書いているのか、実際の体験に基づくのかも定かではなく、正しいかどうか分からないので注意が必要です。また、どんな標榜科でも「漢方」を前面に出しているところは、漢方専門医でなくても漢方の知識と経験を持った医師が漢方治療をしていると思います。漢方治療を受けたくて受診先を探す際、一番確実なのは“生の口コミ”です。当院を受診したきっかけでは、家族や友人、職場の同僚など身近な人の話を聞いたという方が一番多いです。逆にインターネットの口コミは、誰が書いているのか、実際の体験に基づくのかも定かではなく、正しいかどうか分からないので注意が必要です。また、どんな標榜科でも「漢方」を前面に出しているところは、漢方専門医でなくても漢方の知識と経験を持った医師が漢方治療をしていると思います。
先にお話ししたように、漢方では証をみて治療をします。患者さんを見極めようという医師の態度は非常に重要です。実際に受診したとき、医師がきちんと患者さんの様子を見て、丁寧に話を聞くかも信頼できる受診先の判断材料になり得ると思います。
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