本シリーズでは、新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の流行発生から世界拡大した最初の1年間をふり返りながら、近年まれにみる大流行が生じた原因を解き明かすことを目的にしています。最終回は、2020年の流行拡大を総括することで、新型コロナが長期にわたり世界流行を起こした原因を明らかにし、次なるパンデミックで対応すべき点について考えます。
「第3回 アメリカ大陸での拡大が新型コロナ流行の長期化を招いた」から続く
これまで3回にわたって詳述したように、2019年12月に中国で発生した新型コロナの流行は、2020年3月に西欧や中東に波及し、世界拡大への道を進みました。西欧での流行は4月以降、北米や南米においても拡大し、米国では年末まで流行が続きます。また、南米の温帯地域はこのとき、冬季に入っていたため、感染者数が大きく増加しました。アジアでもインドで8月ごろから大きな流行が発生しています。
このように、最初に流行が拡大した東アジアや西欧では、7~8月に流行が一時落ち着きますが、この時期に米国、南米、インドなどで感染者数が増加したのです。こうした地域を新たな震源地として、北半球では、秋の始まる10月以降、大規模な流行が拡大していきました。この北半球での流行は、南半球の国々へも再波及し、年末までには世界的な大流行に至ったのです。この時点で世界の累積感染者数は8300万人を超え、死亡者数は180万人にのぼっていました。
2020年年末に流行が拡大した原因としては、同年9月に英国で、より感染力の強い変異株(アルファ株)が発生したためという説があります。しかし、この変異株が全世界に拡大したのは2021年初頭からで、2020年末までの流行には大きな影響を及ぼしていませんでした。
それよりも、北半球では秋から冬になり、呼吸器感染症が流行しやすい季節に入ったことが、2020年年末の大流行の大きな原因と考えます。これに加えて、流行が1年近くに及ぶなか、世界中の人々が感染対策に疲れ、さらには各国政府が経済再建に追われ、対策の緩和を始めたことも一因なのです。
日本でも流行が発生してから厳重な水際対策がとられてきましたが、7月ごろからこの対策を緩和し、コロナ検査が陰性であれば一部の国への商用渡航を認める措置(ビジネストラック)を始めました。しかし秋以降の世界的な感染者数増加を受けて、12月にはこの措置を停止し、水際対策を再強化しています。
現代になってから、感染症の流行により国際交通が長期間止まったことはありませんでした。1918年のスペインインフルエンザ(スペイン風邪)の流行時は、第一次大戦の最中だったため、兵隊の輸送などで国際交通がむしろ活発になっていたようです。アジアインフルエンザ(1957年)や香港インフルエンザ(1968年)の流行でも多くの患者が発生しましたが、国際交通の停止までは行っていません。さらには2009年にメキシコから拡大した新型インフルエンザの流行の際も、検疫は強化されましたが、国際交通はほぼ通常どおりでした。
その一方で、今回の新型コロナの流行では、国際交通の停止だけでなく、社会生活全般の制限など、現代社会が経験したことのない感染対策が、長期にわたり実施されました。流行が発生した当初は、新型コロナへの恐れから、人々はそれに従いました。しかし、流行が1年近くになると国民も疲弊し、経済も悪化したため、各国で対策が緩和され、それが2020年秋からの世界的な大流行を起こす原因になったのです。
こうして考えると、感染対策への疲れが出る前に、流行を早期に抑え込むことが、いかに大切かが分かります。まずは中国での流行発生時に、もっと早く都市封鎖などをしていれば、その時点で拡大を抑えられていた可能性があります。さらには、2020年4月以降、米国やブラジルなどで起きた爆発的な感染者数増加にあたっても、各国政府がもっと強い対策をとっていれば、年末の大流行の火種を消すことができたかもしれません。
このように、新型コロナの流行が始まった2020年は、初期消火に失敗したために年末の世界的な大流行が起こりました。その最中にアルファ株という変異株が誕生し、翌2021年には、デルタ株、オミクロン株という変異株が立て続けに拡大したのです。
2021年初頭からは世界各国でワクチン接種が始まり、流行制圧の目途が立っていましたが、こうした変異株の度重なる流行によって、ワクチンの効果が減衰し、流行が長期化することになりました。
流行も2年目を迎えると、世界の人々の感染対策への疲れは、さらに顕著になっていきました。各国政府も経済の低迷を回復させるため、感染対策よりも経済再建の動きを加速させます。こうした流行長期化にともなう人々の行動や政府の政策が、さらなる長期化を招いていったのです。
新型コロナの流行は現在も続いています。すでに病原性も弱くなり、高齢者などを除けば健康上の脅威ではなくなっていますが、5年以上にわたる長期流行の原因は、変異株の度重なる出現とともに、感染対策に疲弊したためなのです。
本シリーズでは、新型コロナの流行が発生した最初の1年間を振り返りながら、多大なる被害が生じた背景を探ってきました。人類の歴史の中で、今回のような未知の病原体の世界流行はまれな出来事ですが、グローバル化が進行する現代社会においては、今後、同様な流行が起きる可能性は高まっているといえます。
現代社会で未知の病原体の流行を制圧する切り札はワクチンになるでしょう。新型コロナのように呼吸器感染症では、とくに重要な対策です。それが開発されるまでの期間は、水際対策や外出制限などの古典的な感染対策を駆使し、流行拡大をできるだけ抑えていく必要があります。今回のシリーズで対象とした最初の1年間はまさにそうした期間でした。
このワクチン開発前の時間に、感染対策でどれだけ流行を抑え込めるか。それが流行の長期化を回避し、人的ならびに経済的な被害を最小限にするためには、最も大切な対応だと思います。さらには、ワクチン開発までの期間を短縮することが、感染対策への疲れを軽減するためには欠かせない対応です。
今回の流行で私たちが得た貴重な経験を、次のパンデミック対策に生かしていくことが必要なのです。
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東京医科大学病院 渡航者医療センター 客員教授
1981年に東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学に留学し熱帯感染症、渡航医学を修得する。帰国後に東京慈恵会医科大学・熱帯医学教室講師を経て、2004年より海外勤務健康管理センターのセンター長。新型インフルエンザやデング熱などの感染症対策事業を運営してきた。2010年7月より現職に着任し、海外勤務者や海外旅行者の診療にあたっている。