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蚊が運ぶ危険な感染症 その予防法は?

公開日

2019年06月27日

更新日

2019年06月27日

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2019年06月27日

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東京医科大学 特任教授、東京医科大学病院 渡航者医療センター 部長

濱田 篤郎 先生

蚊は感染症を媒介する昆虫であることをご存じでしょうか。日本でも1960年代ごろまでは日本脳炎が各地で発生していたので、多くの国民がそれを知っていました。しかし、今の日本で、蚊は「刺されるとかゆみをおこすだけの害虫」といったイメージが強いようです。その一方で、熱帯や亜熱帯の国々では、日本脳炎だけでなくマラリアデング熱黄熱など数多くの蚊媒介感染症が今も流行しています。今回は海外で流行している蚊媒介感染症と、その予防法についてご紹介します。

黄熱:野口英世の命を奪った熱帯病

黄熱はアフリカや南米の赤道周囲で流行している感染症で、原因となる「黄熱ウイルス」をシマカが媒介します。この病気の流行地域には、黄熱ワクチンの接種証明書(イエローカード)がないと入国できない国もあるので、旅行会社が入国を予定する人にワクチン接種を受けるよう指導しています。

吸血するヒトスジシマカ
吸血するヒトスジシマカ=米CDCのイメージライブラリーより

旅行会社が旅客にワクチン接種を推奨することは、あまりありません。それというのも旅のイメージダウンにつながるからなのですが、黄熱に関しては、入国できなくなるので積極的に推奨しているのです。

東京医科大学病院では2016年から黄熱ワクチンの接種を行っています。このワクチンは従来、検疫所でのみ接種されていましたが、最近はそれ以外の病院でも接種が受けられるようになりました。詳細は厚生労働省検疫所のホームページをご覧ください。

当院に黄熱ワクチンの接種で受診する人には次のような説明をします。まず、この病気が蚊に媒介されることをお話しします。ワクチンもあるけれど、蚊に刺されない注意が必要であることを説明します。そして、流行国では毎年20万人近い患者が発生していることや、発病すると肝臓や腎臓が障害され、死亡するケースも多いことをお伝えします。ワクチンは入国時に要求されるからというだけでなく、自分の健康を守るためにも必要なのです。

すると、「日本の旅行者で黄熱にかかった人はいますか?」という質問を受けることがあります。私の知る限り、黄熱にかかった日本からの渡航者は野口英世くらいです。彼は1928年に西アフリカの英領ゴールドコースト(現在のガーナ)で、この病気により亡くなりました。

それでは、旅行者は感染リスクが低いかというと、決してそうではありません。その証拠に、欧米諸国からは多くの旅行者がアフリカや南米を訪れていますが、毎年のように黄熱患者が発生し、死亡例も報告されています。2018年にはブラジルのリオ・デジャネイロ近郊で大流行があり、有名なカーニバルの最中だったため、10人以上の外国人旅行者が発病しました。こうした旅行者がワクチン接種を受けていれば、100%近く予防できたはずです。日本人でかかった人が少ないのは、アフリカ、南米に滞在する旅行者が少ないからにすぎません。

黄熱ワクチンの効果は10年間とされていましたが、最近の研究では1回接種すれば一生涯有効であることが明らかになっています。これに伴ってイエローカードの有効期限も、2016年からは無期限になりました。

マラリア:日本人旅行者の死亡例も

当院で黄熱ワクチンの接種を受ける人には、マラリアの予防対策も指導しています。この病気も蚊(ハマダラカ)が原因となるマラリア原虫を媒介します。

マラリアにかかると高熱、貧血、黄疸(おうだん)などの症状がみられます。とくに熱帯熱マラリアという種類は重症型で、脳や腎臓の合併症をおこしやすく、すぐに治療薬を投与しないと死亡率がとても高くなります。

マラリアはアジアからアフリカ、中南米までの熱帯や亜熱帯の広い地域で流行しています。日本の旅行者がかかることも多く、流行地域で感染し帰国後に発病する輸入症例が毎年50人以上にのぼっています。アジアや中南米では流行が森林地帯などに限定されており、旅行者が訪れる都市やリゾートでの感染リスクはほとんどありません。一方、赤道周辺のアフリカでは町や自然公園などでも流行しており、日本からの旅行者が感染する例が少なくありません。さらに、アフリカでは重症型の熱帯熱マラリアが流行しているので要注意です。

2011年10月、南米・ボリビアの首都ラパスで30歳代の日本人夫婦がマラリアで死亡しました。このご夫婦は世界一周旅行の途中で、直前まで東アフリカに滞在していました。そこでマラリアに感染したようです。ラパスに到着後、お2人とも高熱がみられたため、病院を受診しましたが、マラリアの検査はしてくれませんでした。ラパスではマラリアが流行していないからです。それから数日後、奥さんはホテルの部屋で、ご主人は搬送先の病院で亡くなりました。

マラリア予防の基本は蚊に刺されないことです。ハマダラカは夜間吸血するので、殺虫剤で室内の蚊を駆除することや、蚊帳の中で眠るなどの対策も有効です。

蚊の対策に加えて、アフリカのようにマラリアの感染リスクが高い地域に滞在する場合は、予防内服という方法をお勧めしています。これは、マラリアの治療薬を定期的に服用して予防する方法で、日本では「アトバコンプログアニル塩酸塩」や「メフロキン塩酸塩」という薬が販売されています。トラベルクリニックなどの医師と相談し、出国前に処方を受けておくといいでしょう。

飲み薬

また、流行地域に滞在後1週間ほどして高熱がでたら、医療機関を受診してマラリアの検査、治療を受けることが大切です。早期発見すれば、マラリアは飲み薬で治療することができます。

デング熱:日中の町で感染の危険

蚊が媒介する感染症として、海外旅行者に最も頻度の高い病気がデング熱です。この病気も熱帯・亜熱帯で流行していますが、なかでも患者数の多いのがアジアと中南米です。とくに今年(2019年)は、東南アジア各国で例年の倍近くの患者が発生しています。

この病気の原因はデングウイルスで、高熱、発疹、関節痛などの症状がみられます。一部の患者は出血やショックなど重症化しますが、死亡するケースは少なく、点滴などの治療により1週間ほどで回復します。

この病気を媒介する蚊(シマカ)は町中でも繁殖するため、東南アジアの都市やリゾートでも感染のリスクがあります。日本からの旅行者が感染することも多く、輸入症例が毎年200人以上報告されています。

デング熱も予防の基本は蚊に刺されないことですが、前述のマラリアを媒介するハマダラカと異なり、この媒介蚊は昼間に吸血する習性があります。ですから、昼間、蚊の多い場所に立ち入る時は、皮膚に虫よけのスプレーやローションを塗るなどして、蚊に刺されない対策をとることが大切です。最近は日本でも効果の高い虫よけ薬が販売されているので、出国前に薬局などで購入しておきましょう。

デング熱の流行地域でも感染リスクがとくに高いのが工事現場の近くです。工事現場には水たまりが多く、蚊が繁殖しやすいためです。最近、東南アジアの都市部ではビルの建設工事が盛んに行われているので、その周囲を歩く時も蚊に刺されないように注意しましょう。

熱帯や亜熱帯の国では蚊が媒介する感染症が日常的に流行しています。こうした国に滞在する際には、蚊の本当の恐ろしさを知り、虫よけ剤の活用やワクチン接種など、十分な感染予防対策をとるようにしてください。

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東京医科大学 特任教授、東京医科大学病院 渡航者医療センター 部長

濱田 篤郎 先生

1981年に東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学に留学し熱帯感染症、渡航医学を修得する。帰国後に東京慈恵会医科大学・熱帯医学教室講師を経て、2004年より海外勤務健康管理センターのセンター長。新型インフルエンザやデング熱などの感染症対策事業を運営してきた。2010年7月より現職に着任し、海外勤務者や海外旅行者の診療にあたっている。