「りんご病」――このかわいらしい名前の病気を、1度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。りんご病は幼稚園や保育園、小学校などで集団発生することもあり子どもに特有の病気というイメージが強いかもしれませんが、大人でも発症するということはあまり知られていません。大人のりんご病は症状が分かりにくく、診断まで長い時間がかかったり、診断できないまま治っていたりすることも珍しくありません。風邪のような症状とともに足が痛いといった不調がある場合にはりんご病かもしれないのです。
もともと健康で元気だった30代男性Aさんは、ある日突然、両足が痛くなって歩けなくなり来院。妻が押す車椅子で診察室に入って来ました。
「立ち上がると足、特に足の裏が痛くて、とても歩けません。どこかに足をぶつけたこともありませんし、痛くなる前に赤く腫れていたところもありません。足先がむくんでいるようで、靴が履きづらかったです」と訴えます。仕事にも支障を来しており、とても不安な様子です。
このように、一見しただけでは原因がよく分からない足の痛みで病院を受診されたとき、医師はいろいろな病気を頭に浮かべて、さらに詳しい問診に進みます。Aさんのような症状を訴える患者さんでは例えば、痛風▽深部静脈血栓症▽足底筋膜炎▽関節炎▽腰椎(ようつい)疾患(椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄<きょうさく>症、腰椎すべり症)▽閉塞(へいそく)性動脈硬化症▽末梢神経障害――などが考えられます。実は、候補の中にある「関節炎」の原因のひとつにりんご病があるのです。
りんご病は「伝染性紅斑」が正式な病名で、「ヒトパルボウイルスB19」というウイルスによる感染症です。1年を通していつでもかかる可能性があり、4~6年ごとに大きな流行が起こっています。2018年5月ごろから始まった流行が現在も続いており、大人の患者さんもたくさんいます。
原因となるウイルスは、唾液やせきなどに含まれるしぶきを介してヒトの体に入り、感染後4~15日間くらいの症状がない潜伏期間を経て、最初に風邪のような症状から始まります。幼児期から学童期、つまり小学校に上がる前後の年齢の子どもたちならば、感染から約3~4週間してから両頬の赤い発疹を発症することが多いのです。りんご病という病名は、発疹により頬がリンゴのように赤くなることに由来します。
子どもがりんご病にかかると、外見の症状から分かるので、採血などの特別な検査をしなくても診断は比較的簡単にできます。しかし、問題は大人で、りんご病の1番の特徴である頬が赤くなる症状はほとんど出ません。手足に出る淡い発疹、関節の痛みや手足のむくみが唯一の症状であることが多く、りんご病の可能性を疑うことが難しいのです。
では、りんご病で関節が痛くなるケースはどのくらいあるのでしょうか。過去の報告を見てみると、子どもでは10%未満ですが、大人の場合は60~80%とかなり高い割合で出現するようです。特に女性は男性の2倍という報告もあります。
また関節痛の程度もさまざまで、軽度のものから、ひどいと冒頭で紹介したAさんのように歩けなくなるほどになることもまれではありません。痛みが出る場所としては、特に手足の指の関節が多いようです。まれに数カ月から数年続くこともあり、関節リウマチと勘違いされることがありますが、決してリウマチのように関節が破壊されて固まってしまうようなことはありません。
もう1つの症状であるむくみはどのくらいあるのでしょうか。これも過去の報告を見てみると、大人のりんご病では80%の患者さんで出現するとされており、ほぼ全例で見られると言えます。関節痛と同じく手足の先(指先、足首、足底)がむくみやすく、「指がむくんで曲げにくい」「指輪が抜けなくなった」などの訴えが見られます。
歩けなくなったAさんからさらに詳しく話を聞くと、小学校で教員をしていることが分かりました。「そういえば、足が痛くなる少し前に風邪のような症状がありました」「担任をしているクラスで、りんご病と診断された児童が何人かいました」とおっしゃいます。そして、本人は気づいていませんでしたが、よく見ると手足に淡い発疹も見られました。
ここでりんご病を疑って血液検査をしたところ、ヒトパルボウイルスB19に感染していたことを示す抗体が検出され、診断が確定しました。働き盛りの30代という若さで突然歩けなくなってしまい、そして診断がつかずにいる間Aさんも奥さんもとても不安だったことでしょう。りんご病はさまざまな症状が現れますが、健康な大人であれば特別な治療をしなくても本人の免疫の働きでいずれは良くなります。足の痛みには鎮痛剤で対応してもらい、長時間の立ち仕事など足に過度な負担はかけないように日常生活を送っていただくよう説明しました。その後、徐々に関節の痛みは消えていき、再び教師として忙しい毎日を送っているようです。
これまで説明してきたように、りんご病は多岐にわたる症状が現れますが、基本的には単なるウイルス感染であり、後遺症なく自然治癒します。そして、1度感染すると、症状が出ない「不顕性感染」であっても免疫ができ、再度かかることはないといわれています。
しかし、りんご病に注意しなければならない人もいますので、最後にお伝えしたいと思います。
まず、「溶血性疾患(遺伝性球状赤血球症、サラセミア、鎌状赤血球症)」をもつ患者さんです。りんご病の原因ウイルスは赤血球に感染し一時的に赤血球生産量が減少するため、一時的に軽い貧血になります。通常は症状が現れるほどの貧血にはならず、問題になりません。ところが、もともと赤血球の寿命が健康な人に比べて短い溶血性疾患の患者さんは、重い貧血になることがあります。
そして、妊婦さんも注意が必要です。妊娠中の女性がりんご病に感染した場合、ウイルスがへその緒を通っておなかの赤ちゃんに移動し、赤ちゃんに貧血を起こすことがあります。心臓に負担がかかって心不全になり、体がむくんで「胎児水腫」と呼ばれる状態になることもあります。もし妊娠中にりんご病にかかってしまった場合、こまめに産婦人科で赤ちゃんの状態を超音波でチェックする必要があります。
りんご病は、子どもの頬に赤い発疹が出る時期にはほとんど感染力がなく、感染しやすいのはそれ以前の風邪のような症状があるときです。ですから、周囲のお子さんがりんご病になったと気付いてから感染予防をしても手遅れになることがあります。また、りんご病に限らず、妊婦さんが気をつけなければいけない病原体は、インフルエンザ、サイトメガロウイルス、風疹などたくさんあります。どこでウイルスに遭遇するかは分かりません。日頃からこまめに手洗いや手のアルコール消毒をし、外出するときは必ずマスクを着けるなど、基本的な感染予防策を行うことがとても大切です。
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藤沢市民病院 臨床検査科
藤沢市民病院 臨床検査科に所属する感染症内科医。出身は小児科であり、幅広い年齢の患者さんに対応できる医師。一人ひとりの患者さんに優しく丁寧な診療を行っている。