連載明日に生かす「感染症ノート」

赤ちゃんの命も脅かす梅毒―20代女性の感染急増で懸念される「先天梅毒」のリスクとは

公開日

2023年09月29日

更新日

2023年09月29日

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2023年09月29日

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藤沢市民病院 臨床検査科

清水 博之 先生

性感染症のひとつである梅毒と診断される人が非常に早いペースで増加しています。梅毒と聞くと江戸時代、吉原の遊郭で流行していた歴史上の過去の感染症とイメージされるかもしれません。しかし現代でも身近に潜んでいて、誰もが感染する機会があるという認識が必要です。梅毒は大人だけでなく、赤ちゃんも感染することがあります。そして、梅毒は赤ちゃんの命を奪うこともある怖い病気です。赤ちゃんを梅毒から守るために、どうしたらよいでしょうか。

妊婦健診で梅毒に感染していることが分かった24歳女性

Aさんは結婚して3年目。妊娠していることが判明し、近くの産婦人科に妊婦健診を受けにやって来ました。超音波検査で計測したところ、妊娠8週と推定されました。その後、いろいろな感染症の検査のため採血も行いました。項目は梅毒、B型肝炎、サイトメガロウイルス、トキソプラズマなどです。もし妊婦さんがいずれかに感染していることが分かった場合、妊婦さんや生まれた赤ちゃんに治療が必要なことがあります。

後日、検査結果を聞きにもう一度産婦人科に行きました。主治医の先生から検査結果を説明してもらい、梅毒検査が陽性だったと告げられました。最初は半信半疑で信じられませんでした。何も症状がないからです。熱や発疹も出ていませんし、陰部の痛みもありません。

産婦人科の先生からは「梅毒の陰部の症状は痛みがないことも多く、また治療していなくてもいったん治まってしまうことがある」と言われました。いつ感染したのかは定かではありませんが、赤ちゃんに感染しないようにするため、その日からすぐに抗菌薬での治療を始めることになりました。

大きな副作用もなく抗菌薬治療が終わり、赤ちゃんも順調に発育し、元気な男の子が生まれました。赤ちゃんは念のため、新生児科医の診察を受けて、抗菌薬治療をすることになりました。そして治療が終わり、無事に退院となりました。その後順調に発達、発育をし、母児ともに健康に過ごしています。

感染者数 20代女性が突出して増加

国立感染症研究所のデータによれば、国内では2011年頃から梅毒の感染者が増え始め、2022年にはついに1万人を超えました。これはあくまで感染症法に従って国に報告された患者数をまとめた「感染症発生動向調査」の結果で、実際の感染者数はもっと多い可能性があります。

梅毒は男女ともに感染します。男性は全年齢層で増加していますが、女性は特に20歳代の若年者が突出して増加しています。ここで問題になるのは梅毒に感染する若年女性には、同時に妊婦が含まれる可能性があるということです。実際に2019年~2021年の感染症発生動向調査を解析したところ、女性感染者の7~9%は妊婦でした。年間およそ200人の妊婦さんが梅毒に感染しています。

妊婦さんが梅毒に感染していると何が問題なのでしょう。それはおなかにいる赤ちゃんにも感染することです。梅毒に感染した赤ちゃんは最悪の場合、死産になる可能性もあります。梅毒は、お母さんと赤ちゃんにとってはとても怖い性感染症です。妊娠が分かったら、適切なタイミングで検査を受け、もし梅毒と診断されたら適切な抗菌薬で治療をして、赤ちゃんを梅毒から守ることがとても重要です。

梅毒の症状は陰部の潰瘍だけではない

梅毒はスピロヘータという細菌の一種で、長さ6~20μm(1μmは1000分の1mm)のらせん状の形をしています。通常は皮膚や粘膜の小さな傷から体の中に侵入して感染し、その部位にしこりや潰瘍を作ります。この時期は1期梅毒と呼ばれ、感染から10~90日くらいの潜伏期間を経て現れます。その後、梅毒は血液、リンパ管を通して全身の臓器に到達して、発熱、発疹、リンパ節腫脹などさまざまな症状を引き起こします。この時期は2期梅毒と呼ばれ、1期梅毒の症状が出現してから約4~10週間くらい後になります。あらゆる臓器に急性、慢性の炎症を引き起こすため、ほかの病気と紛らわしく、梅毒は偽装の達人「The Great Imitator」という異名を持ちます。

梅毒が分かった妊婦さん、問題は赤ちゃんへの感染

性感染症としての梅毒は、文字どおり、性的接触で感染します。梅毒が多く存在する1期梅毒の陰部の病変などが、他者の粘膜に直接接触したときに感染が伝播します。これは梅毒が皮膚の病変に存在するときだけなので、通常は感染から1年以内くらいまで(1期梅毒と2期梅毒の前半だけ)になります。

では梅毒感染した妊婦さんから、どうしておなかにいる赤ちゃんに感染するのでしょうか。赤ちゃんは子宮の中で、胎盤を通してお母さんからさまざまな栄養を受け取っています。お母さんの血液中にわずかでも梅毒が存在した場合、胎盤を通して一部赤ちゃんの体内にも入ります。そのまま梅毒がとどまれば、赤ちゃんの梅毒感染が成立することになります。お母さんの血液中に梅毒が存在する時期というのは、感染してから長いと4年間といわれています。つまり、普通の性的接触による感染時期に比べてはるかに長い期間、母から子へは感染性が続くことになります。

先天梅毒とは

梅毒に感染した赤ちゃんでも、生まれた時点で6割以上は無症状か、あってもわずかです。先天梅毒に特徴的な症状は、発疹、鼻汁、全身性リンパ節腫脹、黄疸(おうだん)、肝腫大などがあります。生まれたときにこれらの症状が目立たなくても、多くは生後3カ月までに現れてきます。このような症状に加えて、耳の難聴や目の角膜炎などが後から明らかになることもあり、後遺症を残すこともあります。生活の質が大きく下がることにつながるため、先天梅毒にならないためも梅毒感染妊婦さんの早期発見、早期治療が望まれます。

梅毒と診断されたら少しでも早く、正しい治療を

先天梅毒はもともと国内で年間数例しか報告されていませんでした。しかし、2014年頃から年間10人を超えるようになり、現在は20人前後が報告されています。このまま若年女性の梅毒感染者が増え続ければ、先天梅毒もさらに増えていくことが予想されます。

妊婦健診で梅毒と診断されたら、できるだけ早めに治療を始めることが大切です。なぜなら治療から4週間以内に赤ちゃんが生まれた場合、感染する確率が高くなるといわれています。妊婦さんの体内の梅毒をできるだけ早くに減らせば、赤ちゃんの感染する可能性も減らせるのは当然です。

治療は長い間、日本ではペニシリン経口製剤(アモキシシリン)を1日3回、4週間の内服治療が中心でした。しかし、これは海外では標準的な治療ではありません。国内では、ペニシリン経口製剤で妊婦を治療したときの先天梅毒に至る確率が、早期梅毒は0%でしたが、後期梅毒は33%であったという報告もあります。海外では長時間作用型のペニシリン筋注製剤が推奨されています。日本でも2021年9月にこのペニシリン筋注製剤が承認されました。この薬は、感染から1年以内の早期梅毒なら1回の注射で治療完了です。感染から1年以上の後期梅毒なら毎週1回、3回注射が必要です。筋注製剤なので少し痛みがありますが、従来の内服治療だと4週間毎日内服しなければならなかったので、この筋注製剤の恩恵は大きいと思います。

梅毒はそもそも予防が大切

梅毒は性感染症ですので、普段から不特定多数との性交渉を避ける、コンドームを適切に使用するなどの基本的な予防行動が大切です。ただし、それだけでは100%防ぐことはできません。梅毒感染妊婦さんの約70%は無症状ですので、しっかりと妊婦健診を受けていただくことが早期発見、早期治療につながります。

妊婦の梅毒感染例でいつ診断されたかを調べた調査(2020年)によると、妊娠19週までに診断されている例が81%、妊娠20週以降に診断されている例が19%でした。約8割の妊婦さんが妊婦健診で診断できていることが分かります。一方で、約2割の妊婦さんは妊娠後期に診断されていることも無視できません。これは妊婦健診を受けていなかった妊婦さんや、最初に検査したときは梅毒検査陰性だったのに、その後に感染してしまった妊婦さんが含まれます。性感染症にかかる可能性の高いハイリスク妊婦さんは、妊娠後期と出産時にも梅毒検査を行うことが必要です。

また、もう1つ重要なことは、パートナーも同時に感染している可能性が高いことです。ほかの性感染症にも総じていえることですが、1人だけ診断・治療しても、パートナーが検査や治療を受けていないと、再度感染してしまうことがあります。これをピンポン感染といいます。せっかく早期に治療しても再感染しては意味がありません。パートナーにも理解していただき、一緒に検査、治療を進めていきましょう。

最後に、今回ご紹介したケースで、妊婦さんはしっかり治療を受けたのに、赤ちゃんは抗菌薬治療をすることになりました。これはなぜでしょうか。理由は赤ちゃんが梅毒に感染していないという確証がないからです。生まれたばかりの赤ちゃんはお母さんからの血液成分が含まれるため、採血して梅毒と診断することが難しいです。そして、お母さんが梅毒の治療を始めたときは、すでに妊娠が成立した後になります。いくら早期診断して早期治療しても先天梅毒の確率がゼロになるわけではありません。このような場合は、大事をとって赤ちゃんは治療を行うことが多いです。このような心配をしなくともすむように、そもそも梅毒に感染することがないよう日頃から性感染症の予防意識を持っておくことがとても大切です。
 

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