冬に流行する病気と言えば最初に何を思い浮かべるでしょうか。毎年必ず流行して、多くの人が発症するインフルエンザは最も有名な「冬の感染症」だと思います。発症すると高熱が出て、全身の倦怠(けんたい)感が強く、普段健康な人であってもインフルエンザはとてもつらいものです。現在は治療薬が何種類か出ていますが、できればしっかりと予防をして、発症を未然に防ぐに越したことはありません。発症予防は本人だけのためではなく、周りにいる家族、同僚、同級生などにインフルエンザをうつしてしまうことを防ぐためでもあります。今回は、今年は流行が早まりそうな気配のあるインフルエンザウイルスを取り上げたいと思います。
幼稚園にいつも元気に通っている4歳のAくん。10月に入って朝晩肌寒い日が多くなったある日、急に38℃台の発熱とせきが出始めました。水分はある程度飲めていたので様子を見ていましたが、翌日になっても高熱が持続していました。お母さんは最近見ていたテレビのニュースで「今年はインフルエンザがすでに増え始めています」と言っていたことを思い出して、心配になり小児科を受診しました。
小児科の先生に尋ねてみたところ、やはりインフルエンザの患者さんが少しずつ出始めているとのことでした。Aくんは喉の奥が赤く腫れていて、顔を赤らめてぐったりした印象です。インフルエンザの症状に似ていることから、綿棒を鼻の穴の奥に入れて検査をしたところ、インフルエンザA型が陽性になりました。
発熱の原因がインフルエンザウイルスと判明したので、抗インフルエンザ薬を処方されました。その後は速やかに熱も下がり、食欲も改善。幼稚園の登園停止日数が過ぎたため、Aくんは再び元気に幼稚園に通い始めました。
お母さんは毎年きちんと、家族全員でインフルエンザワクチンを接種していました。今シーズンもそろそろ接種の予約を取ろうかと思っていたのですが、流行が早まっていたために、間に合いませんでした。
インフルエンザは「普通の風邪」と何が違うのでしょうか。
風邪は、さまざまな種類のウイルスが原因の感染症で、くしゃみ、鼻水、喉の痛み、せきなどの症状が目立ちます。熱はそれほど高くなく、倦怠感もあまりなく、日常生活に大きな支障はないことが多いです。一方、インフルエンザはインフルエンザウイルスによる感染症で、38℃以上の高熱、せきの他に、頭痛、関節痛、筋肉痛、倦怠感などの全身症状が特徴です。風邪に比べてインフルエンザは症状がつらいことが多いわけです。
もうひとつ、インフルエンザが怖いのは「合併症」です。特に子どもではインフルエンザ脳炎・脳症を発症することがあり、この場合は後遺症を残したり亡くなったりすることもまれではありません。また、高齢者や免疫の低下した人では肺炎を合併することもあります。
インフルエンザは風邪とは似て非なるものと認識しておくことが大切です。
インフルエンザは例年、12月から3月に流行します。しかし今シーズン(2019~20年)のインフルエンザの動向は、これまでとは少し違うようです。国内の流行状況は、全国約5000の定点医療機関から毎週報告されるインフルエンザ患者数を集計して、1カ所当たりの患者数を算出。これが1.0を超えると流行が始まったと判断します。今年は第37週(9月9~15日)に全国集計で1.17となり、学級閉鎖や休校になっている学校も報告されています。ちなみに、昨シーズン(2018~19年)は第49週(12月3~9日)に初めて1.0を超えたため、今シーズンはおよそ2カ月早くインフルエンザの流行が始まったことになります。
インフルエンザの治療薬は次々に新しい薬剤が登場し、現在は5種類の抗インフルエンザ薬があります。カプセル、錠剤、ドライシロップ、吸入薬、点滴静注などさまざまな剤型があり、患者さんに合わせて選択できます。これらの薬を使うメリットは、発熱期間が1~2日間ほど短くなることと、排泄(はいせつ)するウイルス量が早くに減少させられることです。ただし、抗インフルエンザ薬にも吐き気や嘔吐(おうと)、下痢などの消化器症状や、体質に合わない場合はじんましんが出るなど、副作用がないわけではありません。
そもそもインフルエンザは普段健康で、免疫が正常な人では、必ずしも治療の必要はありません。また、抗インフルエンザ薬の効果が期待できるのは、発症してから48時間以内です。時間がたってしまった場合に使用しても、副作用の心配をするだけということになりかねません。
発症してしまった後で躍起になって抗インフルエンザ薬で治療するくらいなら、予防に全力を注ぐことがはるかに大切です。インフルエンザは毎年数多くの日本人が感染・発症するので、なおのこと予防による社会全体の利益は大きいわけです。
国内で流行しているインフルエンザウイルスはA(H1N1)亜型、A(H3N2)亜型(香港型)、B型の3種類です。同じ「型」であって毎年少しずつ「形」が変化しています。ワクチンはこの形に合うものである必要があるため、毎年ワクチンの中身も変わります。ですから、毎年接種する必要があるのです。
厚生労働省のインフルエンザQ&Aによると、ワクチンを接種することで、例えば高齢者については34~55%の発症を阻止でき、82%の死亡を阻止する効果があるとされています。ワクチンによって100%発症を防げるわけではありませんが、重い合併症や死亡する確率を減らすことができ、健康被害を最小限にとどめることが期待できます。
インフルエンザワクチンは13歳以上の人は原則として1回接種で充分な効果が期待できますが、13歳未満の子どもは確実な免疫をつけるために2回接種が必要です。またワクチンの効果は接種してすぐに現れるわけではありません。接種から2週間くらいして免疫がつき始め、4週間ほどで充分な量に達し、3~5カ月間持続します。例年は11月から遅くても12月までに接種を完了しておくことが望ましいとされていましたが、すでに流行が始まっている今シーズンはできる限り早めに接種することが望まれます。
ワクチン接種は予防の重要な第1歩。しかしそれ以上に大切なのは、日常生活での感染対策です。インフルエンザウイルスは飛沫感染と接触感染でうつります。発症者のくしゃみやせき、会話のときに口から出るしぶきと一緒にウイルスが排出され、それを吸い込むことで感染します(飛沫感染)。また、手に「環境表面」のウイルスが付着して、その手で無意識のうちに鼻や口などの粘膜を触ることでも感染します(接触感染)。環境表面というのは、例えば家庭内であればドアノブや手すりなど、外出中であればエレベーターのボタンや電車のつり革など、日常生活の中で至るところの環境が感染源になります。
冬に流行するウイルスはインフルエンザだけではありません。またウイルスは目に見えません。多くの人が集まる場所や、風邪症状のある人と接触するときにはマスクを着用したり、小まめにアルコールの手指衛生剤などで消毒したりすることで、知らないうちに感染してしまうことをある程度予防できます。また、特に小さい子どもがいる家庭では、外出先から帰ってきた周囲の人は、まずは手洗いをしてから子どもと接触する習慣をつけておくことも大切です。
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藤沢市民病院 臨床検査科
藤沢市民病院 臨床検査科に所属する感染症内科医。出身は小児科であり、幅広い年齢の患者さんに対応できる医師。一人ひとりの患者さんに優しく丁寧な診療を行っている。