連載生きるは「息る」〜一歩踏み込んで考える呼吸器の話

冷たい風が風邪を呼ぶ?

公開日

2019年01月23日

更新日

2019年01月23日

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2019年01月23日

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千葉大学 名誉教授、千葉大学真菌医学研究センター 呼吸器生体制御解析プロジェクト 特任教授、千葉大学医学部 呼吸器内科 非常勤講師、国際医療福祉大学医学部・大学院 特任教授

巽 浩一郎 先生

冬本番を迎え、インフルエンザをはじめ感冒(風邪)の患者さんが増える時期になった。「昨日は冷たい風が吹く中、長時間屋外にいて風邪をひいてしまった」「薄着のままうたた寝をして体を冷やしてしまい、熱やせきが出始めた」など、寒さと風邪を結び付けて考える人が多い。では冷たい風と風邪の間にはいかなる関係があるのか、考えてみたい。

「かぜ」とはなにか

「かぜ」「風邪」「感冒」――どれもかぜである。熱やせき、鼻水などの症状が出ると多くの人は「風邪をひいた」と考える。「今日はどうされましたか」との問いかけに、「どうも風邪をひいたようで……」と自己申告する患者さんをよく見かける。

風邪とは、それまで調和を保っていた体の調子が急に崩れた時に出てくる生体のアラーム(危険信号)である。ここには呼吸器系の症状(鼻水、せき)以外にも発熱、頭痛、吐き気、下痢といった全身の症状が含まれる。

「冷え」が感冒のトリガーに

風邪の中でも、感冒は一般にウイルスによることが多いと考えられている。典型的なのがインフルエンザウイルスで、感冒のひどい状態とも言える。インフルエンザは流行する。ということは、どう考えても他人からウイルスを“いただいて”いると思われる。インフルエンザの季節は、マスクをして他人からウイルスをいただかないよう懸命に努力している人が目立つ。

では、ウイルス性感冒はすべて周りの人からウイルスをいただいているのか? 必ずしもそうではないようである。周りに誰もいなくても冷えによって出現することがあるという状況的証拠から、「冷え」は感冒のトリガーになる。では、それはどのようなメカニズムによるのであろうか。

平時には常在微生物と共存

ヒトの上気道(鼻粘膜、口腔粘膜、咽頭粘膜)は常に外界にさらされている。ヒトは常に息をしているからである。われわれ人間は無菌室で暮らしているわけではない。常にばい菌だらけの環境で、はるか昔から生き伸びてきている。

一方で、ヒトの上気道には細菌、ウイルスなどからなる「常在微生物叢(びせいぶつそう)」が存在し、ひとつのエコシステム(ecosystem)を形成している。エコシステムは「生態系」という意味で、閉じた環境の中で互いに影響を及ぼしながら平衡を保っている。常在微生物叢を構成するのは、細菌としては肺炎球菌、インフルエンザ菌、ブドウ球菌など。ウイルスとしてはアデノウイルス、コロナウイルス、ライノウイルスなどである。これらの細菌、ウイルスは単独で病気を起こしうるが、「常在」の言葉が示すように常にそこにありながら、免疫系の抑止力のおかげもあり平和に共存している。

このような常在微生物叢がある上気道に、外から(外来性)細菌やウイルスが次々に「こんにちは」をしている。健康な人では多くの場合、上気道のエコシステムはそうした外来性細菌やウイルスを排除しているはずである。しかし、時に外から来る細菌、ウイルスの侵入力が勝る場合もある。それが感冒の発症である。

冷えで起こるエコシステムの乱れ

しかし、外界からウイルスが侵入するのが感冒とすると、冒頭で示したような、「冷え」が感冒のトリガーという現象の説明がつかない。ではどう考えるか。「冷え」は上気道系のエコシステムを維持している免疫系の乱れを起こすと考えると、何となく納得ができる。冷えただけで常在微生物叢が変化するとは考えにくい。そうではなく、常在微生物叢を取り囲みそれを維持している免疫系が、「冷え」により変化し一時的にバランスが崩れると考えると、何となく納得する。現代人は理屈がないとなかなか納得してくれない。

一方でインフルエンザウイルス感染症は、外からウイルスが訪れ、それが生体のエコシステムという防御網を打ち破って増殖、感冒を発症するというストーリーが成立する。近年の研究で、感染した場合、それに続いて細菌感染症(例えば肺炎球菌感染症)が起こりやすくなる、言い換えれば細菌が気道の細胞に接着しやすくなることがわかっている。このウイルスと細菌の連携は、生体の免疫力が低下している高齢者、ないしは局所(気道)免疫系が弱くなっている慢性の呼吸器の病気を持っている患者さんでは問題になる。もし、細菌感染症が成立してしまった場合は抗菌薬の出番になる。

「細菌はやっつければいい」のか?

最近の日本では除菌ティッシュが流行している。では、除菌は本当に病気になることを防いでいるのか?

上記エコシステムで説明したように、常在菌がいることにより、本当に悪い菌から守られているとも考えられる。ある程度、菌と共存することが必要である。いわゆる必要悪である(「悪」とすら言えないかもしれない)。免疫系の弱っている一部の患者さんでは除菌が必要になるが、一般人には、極度の除菌はかえって自身の免疫系を弱くしている可能性がある。

近代医学の歴史における金字塔は、ペニシリンの発見である。医学という学問は、最初は疫病、細菌感染症との戦いから始まっている。近代医学は、細菌をやっつけることに主眼をおいてきた。しかし、細菌を抗菌薬でやっつけにいくと、細菌側もそれに負けじと対抗してくる。近年問題視されている耐性菌の存在は、細菌をやっつけることだけで良いのかという疑問を生んでいる。

「風邪で医療機関を受診する」のは正しい選択か?

健常な人であれば、風邪は水分と栄養を十分に取って安静にしていれば、ほとんどの場合は薬を飲まずとも1週間程度で良くなる。そういう人にとっての風邪の上手な対処法は、大変な思いをして(待ち時間はつらい)医療機関を受診するのを避けることである。一方で、医療の手助けが必要な風邪もある。そうした場合には大変な思いをしてでも受診しなければならない。自分をよく知り、自分の健康は自分で守るのが原則である。

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